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放課後探偵は今日も鈍感

作者: 犬上義彦

「放課後探偵は今日も憂鬱」シリーズの第4弾です。

独立した短編なので、他を読んでいなくても、そのままお楽しみいただけます。



   放課後探偵は今日も鈍感



 俺は山越雅之、探偵だ。

 中学生男子なら誰でも一度はそう名乗ることに憧れるものだ。

 現実にはなかなかそんなチャンスなんてあるわけがない?

 いや、本物の探偵なら、そんなときのためにちゃんと練習しておくべきだ。いざというときに声が裏返っちゃったら台無しだからね。

 ただ、練習する時は一ノ瀬真琴がいないか確かめた方がいい。

「俺は山越雅之、探偵だ」

 中学に入学してまもなくのことだ。僕が教室のベランダに出て練習していたのをあいつは中からのぞき見していたんだ。

「ねえ、みんな、聞いて。探偵とかって、ありえないんだけど」

 女子のクチコミほど恐ろしいものはない。光のスピードを超える。アインシュタインもびっくりだ。

 おかげで入学早々僕には「探偵君(仮)」というあだ名が付いてしまった。

 依頼は全然来ないのに、それ以来あいつは僕の助手を勝手に名乗っている。

 つきまとわれるのは迷惑なんだけど、名探偵にはおっちょこちょいの助手が付き物だから、あいつにはちょうどいい役柄なのかもしれないと思っている。


 そんな僕らが中学に入学して一ヶ月。中一のゴールデンウィーク明けのことだった。

 連休前に数学の宿題が出されていた。もちろん僕の明晰な頭脳にかかればすぐに終わってしまうようなつまらない課題だったんだけど、本当の問題はノートが返却される時に起きた。

 日直だった一ノ瀬真琴が職員室からクラス全員の数学ノートを持ってきて、みんなに返却することになっていた。なりゆきで僕も半分手伝ってやることになったのだ。

 中学入学の時の真琴は身長が僕と同じ百五十センチで小柄だった。制服も大きめに作ってあるからぶかぶかで、ブレザーの袖が余ってしまって、ノートを持つ手がつるつる滑ったのか廊下で派手に落としてしまったのだ。

「ちょっと、あんた、拾うの手伝ってよ」

 まるでタイミングでも計ったかのようにちょうど僕がトイレからもどってきたところだった。もちろん、手伝うくらいどうってことはない。それくらいの親切心は持ち合わせているからね。

 中一の時の真琴は背が低いわりに髪が長くて、しゃがんでノートを拾っていると、廊下に毛先がつきそうなくらいだった。

「何見てんのよ? あたしがカワイイから?」

「いや、髪の毛自分で踏んじゃいそうだなって」

「ああ、今日は縛ってないからね」

 真琴は手を止めて僕を見つめた。

「ねえ、あんたさ、どんな髪型が好き? お団子、ツインテール、ポニーテール? 三つ編みとか?」

「さあ、そういうのはよく分からないや」

「じゃあさ、毎日変えてくるから、どれがいいか教えてよ」

「何で僕が?」

「男子代表って事で。おめでとうございます。あなたが選ばれました」

 なんか詐欺みたいだな。最初から仕組まれていたみたいな。

「拾ってくれてありがとうね。じゃあ、それ、配ってよ。よろしく」

「何で僕が」

「本物の名探偵は仕事を選ばない」

 そりゃそうだけど、探偵の仕事と関係ないよね。

 まあ、仕方がないか。

「あら、今日は探偵君が助手なんだね」と岡崎さん。

「二人、仲いいよね」と橋爪さん。

 二人は真琴の友達で、オカちゃん、ハッシーさんと呼ばれている。

「でしょ、名コンビだもん」と真琴が調子に乗る。

「迷う方の『迷探偵と迷コンビ』じゃないの?」

 ハッシーさんの言葉を僕は即座に否定した。

「迷ってないし、コンビじゃないし」

 二人がくすくす笑っている。

「マコトは探偵君のこと好きなんでしょ」

 何言ってんですか、二人とも。

 そしたら、真琴のやつ、わざとらしく右手で口元を押さえて赤くなっちゃってさ。何の演技だよ。

「今はまだ何も言えないわ」

 言えよ。今すぐ否定しろよ。

「それ名探偵のセリフだよね。もっと状況が悪化するやつ」と岡崎さん。

「やばいじゃん。もしかして、今日大雨と雷で帰れなくなるとか。そして第二の殺人が、みたいな」

 橋爪さんまで悪ノリだ。第二って、まだ一人も死んでないし。女子だけで盛り上がってくださいよ。

「早く配らないと授業始まるぞ」

 まったく、使えない助手で困るよ。

 あれ、今手伝ってるのは僕の方か。


 そこまでは序章だ。

 本物の事件は数学の授業中に起きた。

 返却されたノートを開いたら、宿題の評価が記入されていた。数学の高島先生は丸はつけずに、間違っている問題にレの印だけをつける採点方法だ。後でその問題を直して提出するわけだけど、僕にはそんな印なんかあるわけがない。最後に「OK」とだけ記入されていた。それは当然だ。僕は優秀だからね。

 でも、問題はそんなことではなかった。

 OKのサイン以外にも、ノートの右ページの下隅に落書きがあったのだ。

「探偵君が好き」

 なんだよこれ。

 タンテイクンガスキ。

 何の暗号だ?

 逆から読むのか?

 キスガ……。いやいや、待て、違うだろ。キスなんて、まだ早いよ。中学生だぞ。

 そもそも今は数学の授業中だ。推理をしている場合ではない。

 証拠保全のために消さないでおいて、今は授業に集中しなければ。

 僕は次のページをめくって、黒板の問題を解きはじめた。

 授業は文字の式についてだった。

 僕はひらめいた。

 そうか、アルファベットにするのか。

 tanteikungasuki

 何にもならないな。

 これも逆にするのかな。

 ikusagnukietnat

 イクサ? 戦争を起こそうと暗躍する闇組織の陰謀か?

 ……ちがうな。

 僕には何も分からなかった。数学の方が分かるっていうのは、探偵としてどうなんだろうか。

 真琴に言わせれば、「数学もできなかったら、あんた何にもできないじゃん」ということになるんだけど、そこまでひどくはないと思う。

 でもまあ、運動をすれば、ボールは必ず後ろに飛ぶし、百メートル走はいつもスタートが遅れる。音楽をやればみんなと一拍リズムがずれるし、あんたの歌はなんでも『蛍の光』に聞こえると言われる。あれ、なんか悲しくなってきたぞ。

 全部、この不思議な暗号のせいだ。


 僕はその日ずっと考えていた。

「探偵君が好き」

 いったいどういう意味なんだろう。

 逆さでもアルファベットでも、一文字とばしでもない。名探偵にふさわしい難問だった。

 放課後、僕は教室に残って考え事をしていた。クラスの他の連中はみんな部活に行ったり帰宅したりしていなくなってしまった。日直の真琴だけは黒板を消していた。ノートを見られると困るので、僕は頭の中だけで推理を繰りひろげていた。

 後ろ姿の真琴を見ていて、僕は何かの変化に気づいた。

 あ、髪型か。

 ゴムで頭の左上で一つにまとめて止めてあるのだ。

「これどう?」

 左手でゴムを触りながら僕に聞く。

「うん、いいんじゃないか」

「反応薄いな」

「しょうがないよ。僕は女子の髪型とか、ファッションとか、そういうのはよく分からないからな。尋ねる相手が違うんじゃないか」

 あっそ、とそっけない返事をしながら真琴が粉受けに黒板消しを置いた。

 先生みたいにパンパンと手をはたく。

「さて、では、名探偵さん。何か事件はありませんかね」

 これは真琴のお約束だ。

 退屈な日常に風を吹かせるのが名探偵の仕事でしょと毎日僕をからかうのだ。

 もちろん、そんな事件なんかないって分かっているからだ。

 僕は暗号解読に忙しくて、そんな暇な助手の相手をするつもりはなかった。

 でも向こうはそう思っていないようだった。

「今日さ、数学の宿題あったじゃん」と真琴が僕のところへ来て隣の席の椅子に座った。

「そうだっけ」

 よりによって数学の話題なんて出すなよ、と思って僕ははぐらかした。

「あたしさ、分からないところがあるのよ。名探偵さん、教えてよ」

「僕も分からないよ」

「ウソ、いつも私より数学はできるじゃん。あんたが『初歩だよ、ワトソン君』って言えるのは数学だけでしょ」

「でも、宿題は自分でやらないとズルになっちゃうよね」

 真琴は膝に手を置いて、肩で大きく息をした。

「あんたあたしに何か隠してることあるでしょ」

 大きな目で僕を見つめる。これはカマをかけているんだ。ここで悟られてはいけない。

「別に何もないよ」

「じゃあ、答えじゃなくてさ、やり方だったら教えてくれてもいいでしょ。あとは自分でやるから」

 まあ、しょうがないか。あんまり抵抗すると、かえって怪しまれる。

「いいよ。どれだよ」

「ノート貸してよ。あたし、問題を書き写すの間違えちゃってさ」

「だめだよ」

「どうして?」

「そんなサボった人の手伝いするわけにはいかないよ」

「サボったわけじゃないよ」

 真琴が鞄を持ってきて、ノートを出して広げた。

「ほらね。問題は書いてあるのよ」

「じゃあ、いいじゃん」

「でもね、ここのさ、問題の指示を書き忘れちゃったのよ。式は書いてあるんだけどね」

「これは『式の値を求めよ』っていう問題だよ」

「ホントに?」

「間違いないよ」

「だからさ、確かめさせてほしいのよ。万一ってことがあるじゃない」

「ないよ」

「どうして?」

「僕は数学では間違えないからね」

 真琴は机に両手をついて、また肩で大きく息をした。

「あんたあたしに何か隠してることあるでしょ」

「何もないよ」

「数学のノートに見られては困ることが書いてあるんでしょ」

 僕は椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。

 なんで分かる?

「ねえ、見せてよ。あたしだって名探偵の助手なんだからさ。見てもいいじゃない」

 真琴はニヤニヤしながら僕の顔をのぞき込む。僕は仕方なくノートを広げて見せた。

「探偵君が好き」

 落書きを真琴が声に出して読む。

「探偵君が好き」

 少し気持ちを込めた感じで二度読んだ。誰もいない放課後の教室で、二人っきりだ。

「ねえ、ちょっとドキドキした?」

「なんで?」

「だって告白じゃん」

「何を白状したのさ」

 真琴が手を叩いて笑う。

「あんたつまらないところで探偵脳だね。告白っていったら、犯人じゃなくて、恋バナを思い浮かべるでしょうよ、普通は」

 恋バナ?

 何を言っているんだ、コイツは。

「あのさ、文字通り、『あなたのことが好きです』って書いてあるんじゃん」

 好き?

 どういう意味だ?

「この人、探偵小説ファンなのか?」

「バッカじゃないの。恋してるって意味でしょ。ラブレターよ。恋文よ、コ・イ・ブ・ミ。あんた、もてたことないから実感がわかないんでしょ」

 え、あれ?

「なんだこれ、暗号じゃないのか」

 真琴がおなかを抱えて笑いはじめた。

「暗号って、どうやったらそうなるのよ。いくら探偵気取りだからって、単純なことを複雑にかき回しすぎでしょうよ」

 探偵気取りじゃなくて、探偵なんだよ。

 でもまあ、暗号だとばかり思っていたのは恥ずかしい。

「何か心当たりないの? 誰か書いてくれそうな人とか」

「いるわけないじゃん」

「どうして?」

「僕のことを好きになる女子なんているわけないだろ」

 自分で言っててちょっと悲しくなったぞ。でもまあ、僕がモテるわけがない。そのへんは勘違いするような馬鹿じゃない。

「じゃあ、逆に、あんたが好きな女子は?」

「別に好きな女子いないし」

 いたとしても、その人が書くわけないだろ。何を聞き出そうとしているんだよ。

「へえ、そうなんだ」

 真琴がふっとため息をつく。

「……つまんないの」

「なんでだよ」

「だってほら、女子って恋バナ好きじゃん」

「それは女子同士の話題としてだろ」

「そんなことないよ。恋する男子の相談に乗るのも楽しいよ」

「どうせからかいたいだけだろ」

「女子のキモチ、教えてあげたかったんだけどな」

「いいよ」

「なんで?」

「そういうのは自分でちゃんとやるよ」

「へえ、ちゃんとできるんだ」と真琴が笑う。

 まあ、全然自信はないけどね。


 真琴が姿勢を正して座り直した。

「じゃあ、探偵さん、謎解きをはじめましょうか」

 助手と名探偵の立場が逆じゃないか。

 真琴が右手をあげてVサインを出した。

「ヒントは二つ」

 なんだよ。

「一つは書き順。もう一つ、助手はウソつかない」

 なんだそりゃ。

 真琴は「探偵君が好き」の『探』という文字を指さした。

「この人、『てへん』の書き方に特徴があるでしょ。ほら、ふつうさ、手偏って、一画目が横、次に縦を書いてはねて、三画目を左下から斜め上に書くじゃない」

「小学校でそう習うよね」

「この人さ、先に二本横線を書いて、最後に縦線を書いてるんだよ。しかもね、まっすぐな縦線だから、はねてないし」

「あ、本当だ、カタカナの『キ』をまっすぐにしたみたいな形だ」

「でしょ。こんな書き方する人、めったにいないから、調べればすぐに分かるよ」

 なるほど、助手にしては観察力が鋭いな。

「でも、どうやって調べる?」

「へへへ、やっぱり持つべきは優秀な助手でございますよ、名探偵さん」

 真琴はクラス全員の漢字書取ノートの山を持ってきた。

「あたし、今日、日直じゃん。後でこれを職員室に持っていくことになってるわけよ。もう、手偏だらけよ。証拠はバッチリでしょ」

 すごい助手だな。まるで最初から準備していたかのようだ。お料理番組に出てくる三時間煮込んだ後のシチューみたいだ。オリーブオイルをかけたら完成だ。

 僕らは手分けして手偏のある漢字を探しながらノートを見ていった。

 ただそこでふと気がついた。

「でも、これ、人のノート勝手に見ちゃって、良くないよね」

「別に変なこと書いてあるわけじゃないでしょ。提出するって分かってるんだし」

 僕もそうかなと思ってたんだけど、意外なことに、けっこういろんな落書きがしてあるものなんだ。

 バカとか、死ねとか、つまらないものから、怒りをぶつけたかのようなグシャグシャとか、カワイイ猫の絵とか、変なキャラクターに吹き出しがついていておかしなセリフを言っているやつとか、見てるだけでもなかなかおもしろい。

 それにしても、いちいちこんなの見なきゃいけないなんて、先生の仕事って大変なんだな。

「ねえ、これじゃない?」

 真琴が指で示した手偏は、たしかにカタカナの「キ」をまっすぐにしたような形だった。

「誰のノートだよ」

「さあ、誰でしょうか」

 もったいぶるなよ。

 裏に書かれた名前を自分だけ隠し見て、真琴がニヤける。

「探偵さん、問題です」

 なんだよ、肝心なところで。

「女子でしょうか、男子でしょうか」

「男子だろ、どうせ」

「どうして分かるの」

「字が雑だったから。筆圧も強いし。女の子の字じゃないよ」

「正解です。残念でした」

「なんで正解で残念なんだよ」

「だって、女子だと思って期待してたんでしょ」

「別に僕は誰が書いたかなんて、そんなくだらないことに興味はなかったよ。僕はただ純粋に謎を解きたかっただけさ」

「どうだか」

 真琴はにやけながらノートを裏返す。書かれていた名前は男子のものだった。

「中西航太」

 なんだ、あいつか。バスケ部に入った、ちょっとやんちゃな感じの男子だ。確かにあいつの性格を反映した雑な字だ。

「やっぱりイタズラだったんだな」

「がっかりした?」

「いや、べつに」

「がっかりしたくせに」

「そんなことないよ」

 真琴が首をかしげて微笑む。

「ねえ、あのさ」

「なんだよ」

「もしもあたしだったら?」

「何が?」

「だから、書いたのがあたしだったら?」

「それならもちろん論外じゃん」

「なんでよ」

 真琴が口を尖らせる。

「だって、イタズラってことだろ。助手なんだから」

「あんたは正真正銘のメイタンテイだわ」

 お褒めにあずかり光栄ですよ。

「じゃあ、あたしはこれを職員室に持っていくから。じゃあね」

「手伝うよ、また落とすといけないから」

「結構です。もう絶対に落としません」

 ぷいっと行ってしまった。

 なんだよ、女子の機嫌はいつ悪くなるかわからないや。


 結局、ノートの落書きは消した。イタズラなんだったら、残しておいても無駄だ。

 一ページ無駄になっちゃったけど、なんか計算スペースにでも使おう。

 翌日、一応僕は中西航太にも確認してみた。

 でも、本人は否定した。

「なんで俺がおまえのノートに落書きなんかしなくちゃいけないんだよ」

 ごもっともです。

「俺がおまえになんか関わる意味がないだろ。からんでほしいのかよ」

 いえ、けっこうです。

「探偵とか言ってるおまえの相手なんかしてる暇ねえよ」

 そりゃそうですよね。あはは。

 探偵の仕事は危険と隣り合わせだ。

 あれ?

 でもそれだと話がおかしいよね。

 書いたこと自体を否定しているということは、じゃあ、書いたのは誰なんだ?

 また最初にもどってしまった。

 ゴールデンウィーク前にはあんな落書きは絶対になかった。

 宿題をやった時にそのページを開いているんだから気がつかないはずがない。

 提出したときは数学の授業後で、先生が直接集めたんだった。

 書かれたのは宿題を提出した後から返却されるまでの間だ。

 もちろん先生がそんなこと書くはずがない。

 返却された数学のノートにさわれる人は誰か。

 先生以外は日直しかいない。

 きのうの日直は真琴だ。

 じゃあ、うちの助手しかいないってことじゃん。

 つまり、誰も書けなかったってことだな。

 じゃあ、誰なんだろう。

 僕の推理は間違っていないのに、答えが分からない。


 学校からの帰り道、僕は真琴に尋ねた。

「中西がさ、書いてないって言うんだよ」

「あんた、本人に聞いたの?」

「アリバイ確認作業も探偵の重要な仕事だからね」

 あきれ顔で真琴が言った。

「あのね、二つ目のヒント、聞いてた?」

 なんだっけ。思い出せない。

 僕は真琴の横顔を見て思い出そうとした。

 今日の真琴は頭の上で髪をまとめていた。お団子と言うらしい。昨日より似合っていると思ったけど、言わないでおいた。

 ダメだ、どうしても思い出せない。

「ごめん、忘れた」

 真琴は僕の方を向いて人差し指を立てた。

「助手はウソつかない」

 ああ、そうだっけ。

「どういうことだよ」

「あのね、犯人はあらかじめちょっと特徴のある字を書く人をふだんから気にとめていたのよ」

「暇なのかな、その人」

「好奇心が旺盛なのよ。あんたと違ってね。何にでも興味を持つのが探偵の素養でしょ」

「でも、人の字なんて、気にしないだろ、ふつう」

 真琴がため息をつく。

「まあ、いいわよ。あんたはそうだろからね。でも、その犯人は、たまたま手偏の書き方がおかしい人がいるなって気づいてたのよ。だから、わざとその変な書き方で『探』という文字を書いて、あのメッセージを残したわけ」

「そうすれば中西航太が書いたみたいに見えるからか。罪を他人になすりつけることができるわけだ」

「では、探偵さん、問題です」

「なんだよ」

「なぜ犯人はそこまでして他人に罪をなすりつけたかったんでしょうか」

 なんでだろう?

「そりゃあ、ばれたら怒られるからだろ」

「たかが落書きで?」

 そりゃそうか。謝れば済むことだよな。ていうか、落書きすら笑って許さないような空気読めない人間だと思われてるのかな、僕は。

「じゃあ、やっぱり何かの暗号だったんじゃないかな。秘密組織の正体がばれたら困るから」

「コ・イ・ブ・ミ」

 そうなのか。

 じゃあ、どういうことなんだよ。

「あのね、ラブレターってさ、キモチを知ってほしいから書くんだけど、ばれたら恥ずかしい。それが女の子の心理でしょ」

「そういうものなのかな」

 真琴がふうっとため息をつく。

「やっぱりあんたには一番遠い世界の話だわ」

 なんだよ、それ。

「助手はウソつかないって言ったでしょ。それにね……」

 真琴が言葉を切って僕の顔を見つめた。

「女子が気持ちを隠したいのはなぜでしょうか」

「知ってほしいのに知られたくない……。なぞなぞみたいだな」

「あのね、知ってほしいけど、壊れたら怖いから内緒にしておくんじゃないのよ。それだけ大事なキモチだからっていうこと。それが女子の心理ってものでしょ」

「ふうん、そうなのか」

 真琴がパンと手を叩く。

「一件落着?」

 したのかな。なんかもやもやする。

 あれ、結局、犯人は誰なんだ?

 僕が尋ねようとしたら、真琴の方から話を続けた。

「探偵小説でさ、一番ダメなパターンって、実は探偵が犯人でしたってやつじゃない」

「そうだね。ずるいよね」

「助手が犯人でしたっていうのはどうかな?」

「それも似たようなもんじゃないかな。助手だって探偵側の人間だからね。一心同体というか、二人で一つの名コンビだろ」

「じゃあ、この事件はダメな事件ってことで、なかったことにしましょうか」

「どういうことだよ」

「だから、文字通り、そのままよ」

 ジョシュガハンニン。

 逆にするのかな。

 ンニン……、意味が通じない。

 アルファベットでも、一文字とばしでもない。

 なんのことだろう。また謎が一つ増えたな。

「どうせ、肝心な証拠も消しちゃったんでしょ」と真琴が僕の腕をつつく。

「うん、だってイタズラだっていうから」

「誰もそんなこと言ってないじゃん」

 ん?

 そうか、言ってないか。僕がそう思っただけか。

 あれ、また元に戻ったぞ。イタズラじゃないって事は何なんだ。

 タンテイクンガスキ。

 やっぱり謎の暗号じゃないか。

 角まで来て、真琴が僕に手を振る。

「じゃあね、名探偵さん」

「謎が残っちゃったじゃないか。皮肉はけっこうだよ」

「そんなことないよ。名探偵にふさわしいと思うよ」

「そうかな」

「だからね、単純な事件を複雑にするのが名探偵の仕事だってこと」

 ん、それはもしかして。

「バイバイ、迷う方のメイタンテイさん」

 真琴は僕に背を向けていってしまった。

 まったくそっちこそ困った助手じゃないか。

 しかも「助手が犯人」って何だよ。

 ジョシュガハンニン。

 何の暗号なんだろう。

 あ、くっつけるのか。

 タンテイクンガスキ。

 ジョシュガハンニン。

 さっぱり分からないや。


「放課後探偵山越雅之」シリーズは他にもありますので、よろしければ作者ページからご覧ください。


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