マチェット
「高円寺にある『マッドシティ』という店で,マチェットを買ってほしい」
キーホルダーを購入してから1週間後に来た次の指示は,またしても買い物の指示だった。買い物の対象が名前を聞いただけでは一体何なのか想像できないところは前回の買い物と共通している。
前回,約束通り入金があったことから,依頼主に対する猜疑心は格段に減っていた。俺は,迷わず,雨天さえも気にせず,外に出た。
いくら警戒心が薄れていたとはいえ,「マチェット」を事前に調べておくべきだったかもしれないと後悔したのは,店に着いて「マッドシティ」が刃物専門店で,「マチェット」が別名「ブッシュナイフ」と呼ばれている刃物の一種だと気付いてからだった。
マチェットの形状は調理用の包丁とはだいぶ違っている。刃体の長さは持ち手の二倍以上であり,なだらかな曲線は芸術的とも凶凶しいともいえる。
俺は逡巡する。
銃刀法という法律があるが,買うだけならば大丈夫なのだろうか。このお店が無事経営していることからすれば,購入するだけなら法には触れないということなのかもしれない。とはいえ,人前で持ち歩けばやはり問題になるだろう。
しかし,雨の中,電車を乗り継ぎここまで来たのである。ここで尻尾を巻いて逃げるというのもなんだか勿体ない。
それに,俺がやるべきことといえば,このマチェットを買って,家に持ち帰り,おそらくまた依頼主の住所に送るだけである。その間に警察官に職務質問される可能性はほぼない。
俺はマチェットを購入した。
「ビートルズ」ほどではないとはいえ,「マッドシティ」も好事家向けのお店であることは間違いなく,客は俺一人しかいなかった。
家に帰って,依頼主に電話で報告すると,やはり次の指示は郵送だった。
もっとも,今回は郵送する前に一つ別の注文があった。
俺は購入したマチェットを箱から取り出し,厳重にされていた包装を解くと,フローリングの床に置く。そして,スマホのカメラを鈍色に輝く刃体に向けた。
「郵送する前に画像を送れ」
これが依頼主の注文だったのである。
意図は分からないが,考えても仕方あるまい。報酬をもらうためには依頼主の指示に素直に従う以外に道はないのである。
俺は念のため少しずつ角度を変えながら10枚以上シャッターを切った。
郵送から2日後,やはり預金口座にはお金が振り込まれていた。
依頼主にご満足いただけたようだ。俺はホッと胸を撫で下ろした。