ドワーフ娘が嫁に来た イン沖縄。
思い付きの短編です。
現実世界に迷い込んだ系。
エルフじゃなく、ドワーフでやってみました。
ちゅっ。
十何年ぶりだろう。
こんな優しい起され方は。
俺は目をゆっくりと開いた。
そこにあったのは。
獲物を狙うような。
狩猟者のような目。
金色の美しい目。
日に焼けた褐色の肌。
金髪の猫っ毛のような、くるくる巻いた綺麗な髪。
もしストレートだったらツインテールになってるんだろうな。
薄桃色のぷりっとした肉厚で艶やかな唇。
その隙間から覗く可愛らしい八重歯。
「はlldskjsbgjs」
彼女は何かを言っている。
襟元を掴まれた。
また唇が重なる。
なんつー情熱的なキスだよ。
「──だからなっ」
「はい?」
「あたい、初めてだったんだぞ。男なら責任取れよ、……な?」
「はぁっ?」
俺は何がなんだかわからず、慌てて身体を起した。
『ニカっと』笑うその笑顔は、真夏の太陽のように眩しかった。
▼
暑い初夏の昼下がりだった。
俺は、エレベータの四階のボタンを押した。
ここは那覇市にある国際通りの途中。
一階がドラッグストアになっていて入りやすい。
入りやすいからって別に風俗店じゃなぞ。
俺が足を踏み入れたのは、漫画やラノベ、アニメ関連のグッズが売っているアニ〇イト那覇国際通り店。
もちろん、今日発売になるはずの新作を数点買いに来たのだ。
お、やっぱり売ってた。
よく見たら通常版か。
流石に沖縄だから、サイン本はないよなぁ。
仕方なく手に取ったには『ケモミミお母さんとうまうまごはん』というラノベ。
いや、あってもいいはずなんだが、もう売り切れていたのかもれない。
俺が手に取ったその作品は、俺よりも前に沖縄に越してきた作家の本なのだ。
実はこっそり俺の店にも来ていたらしいのだが、本人は名乗り出るどころか次の日にツイッターで店の宣伝をしてくれた。
あの日は奇跡的に満席だった。
そんなときに来なくてもいいじゃないか。
サイン、ほしかったなぁ。
さておき。
コミックの新刊も数冊手に取り、レジへ向かった。
それにしても、なんでこう、文芸書サイズのラノベって高いんだよ。
コミック三冊分なんだよな。
会計を済ませた俺は、またエレベータに乗って一階に降りる。
流石にこの袋は東京にいたときも恥ずかしかったから、さっさとリュックに突っ込んだ。
季節は六月。
外は三十度を超えている。
俺は頭に乗っかってるアイウェア(サングラスのようなもの)をかけ直し、ヘルメットの顎紐をかけて、グローブをリュックから出してはめる。
愛車の鍵を外してリュックに突っ込む。
またがって右足のクリートをかちんとはめる。
クリートというのはペダルとシューズを固定するもの。
俺の愛車はロードバイクなんだよな。
キャノンデールのCAAD12。
昔カワサキのバイクに乗っていたのもあり、ライムグリーンのこの色が結構気に入っている。
沖縄ではこの肌を焼く暑さもあり、自転車に乗る人が少ない。
自転車専用レーンのようなインフラもまだまだ。
ただ、スクーターの方が盗まれやすいらしく、しっかりと鍵をかけておけば内地(沖縄では本土のことをこう言うのだそうだ)より盗難に遭う可能性が低いとのことだ。
きっと盗んで自転車に乗る根性がないんだろうな。
俺は免許は持っているが車は持っていない。
必要な時には借りればいい。
そう思っているのと、月極め駐車場がないんだよな。
そんなこともあり、俺は愛車で移動することがほとんどだ。
徒歩圏内に国際通りもあるし、その奥には牧志の公設市場もある。
車がなくても別に不便だとは思っていない。
左のクリートをはめて、しっかりと確認をして道路に出る。
国際通りを北に、右にドン・キホーテのみえる信号。
むつみ橋交差点を左に曲がり、暫く進むと左にモノレールの美栄橋駅が見えてくる。
ここまでくれば、どこを曲がっても俺の住む家にたどり着く。
沖映通りから一本入って、ちょっと行ったところに自転車を止める。
一階が俺の店『サブカルバー地下牢』。
裏に回って階段を上ると二階が俺の部屋だ。
もちろん、自転車は室内保管なのだが、二階に置くわけではない。
カラン、カラン。
このカウベルの音。
いいだろう?
異世界の酒場みたいで、ちょっと気に入ってるんだ。
店のドアを開けると、むーんとした暑さが酷い。
換気扇を回すのを忘れていたようだ。
エアコンのスイッチは入れないで換気扇だけを回す。
店の右の壁に自転車を吊るステーがある。
そこにCAAD12をひょいとかけると、そこが駐輪場でもあり、店のオブジェにもなる。
奥にはもう一台、ミニベロのSTRIDAが吊ってある。
これは、折り畳みもできる便利なやつなのだが、三角形のフレームで見た目も珍しいもの。
今はあまり乗っていないので、完全なインテリアになってしまっている。
左にカウンターがあり、右にはボックス席がふたつ。
十人も入れば満席になってしまう狭さだ。
サブカルバーというからには、ジャンルがある。
俺の店は、カウンターの真ん前に五十インチのモニタが備え付けてある。
そこで、リクエストに応じてカラオケになったり、アニメを流したりしている。
時には俺も見ているツールドフランスなんかの自転車ロードレースを流したり、野球やサッカーも流したりするのだ。
要は何でもあり、楽しければそれでいいのだ。
あちこちにラノベが置いてあったり、フィギュアやガレージキットも置いてある。
自転車が吊ってあるのは、結構悪くなかったりするのだ。
最近ロードバイク関連の漫画やアニメも多かったことから、お客さんにも受けは悪くない。
今日は店休日のため、このまま閉めて二階に行く。
ドアを開けるとこれまたむーんとした暑さ。
エアコン入れるの忘れてるじゃないか。
仕方なくエアコンを入れて暫く我慢。
涼しくなったところで、冷蔵庫に入ってるキンキンに冷えたビールを取り出す。
『プシッ』っと音を立てて開いた口から胃袋に流し込む。
汗を流してここまで走ってきたから、胃袋に染みわたる。
たまんねー。
こんな昼間から、お天道様に申し訳がねぇっ!
▼
俺は脱サラをして沖縄にやってきた。
もう五年になるかな。
こっちはいいわー。
満員電車で痴漢冤罪に怯えながら通勤しなくてもいい。
おまけに通勤時間は一分。
商売は楽じゃないけどそれなりに食っていけてる。
二十六のときに嫁が浮気して逃げてからずっとひとりだが、おかげでこの店が開けられるくらいの金が貯まっていた。
俺はあっちで、居酒屋の雇われ店長だった。
あっちで店をやめるとき、オーナーに泣かれたけど知ったこっちゃない。
某チェーン店のようなひどい店ではなかったが、元々独立するつもりだったし店長の後釜もしっかり育てたから文句は言われなかった。
沖縄に行くといったら、近くで店をだされるよりはましだと言われた。
俺はこっちに、何度か足を運んでいた。
前に一度、ツールドオキナワに出たことがある。
とはいっても出ただけで、後半で足がつってリタイアしたという情けない結果だったのだが。
それでもこっちが好きになり、いつか移り住もうとは思っていたのだ。
こっちで店を始めたときは散々だった。
一日に来るお客さんなんて、数人。
最初は普通のバーにしていたのだが、めんどくさくなった。
ある日ブチ切れて壁に自転車を、あちこちに趣味の漫画などを置いてツイッターに流した。
すると、ちらほら同じ穴の狢が通ってくれるようになった。
今で背伸びさえしなければ、なんとか食えるようになってきた。
ドリンクメニューもフードメニューもかなり適当だが、味だけはしっかりしていると思っている。
ここは元々定食屋だったらしく、キッチンだけはしっかりしたものがあったのだ。
こっちにいる知り合いが、安い部屋つきの店が売りに出てると教えてくれた。
俺はすぐに買うことにした。
金は前の嫁さんの家から慰謝料をもらっていたからそれを全部使った。
思ったよりも古いのだが、家賃を払うと思えば、東京に住んでいた頃の家賃よりは安いもんだ。
▼
気が付いたら眠ってしまっていた。
ハーフパンツにドライシャツ。
くるぶしまでの靴下をはいて靴を履く。
俺は年齢と共に薄くなってきた髪を誤魔化すために、五分刈りにして金髪にしている。
サイクルキャップを被り、広くなってきたおでこを隠す。
部屋の戸締りをして、いざ沖縄の夜の街へ。
俺はダイエットを兼ねて自転車で運動をしている。
そのせいか日焼けで真っ黒。
観光客に『現地の人ですか?』と間違われるくらいだ。
休みの日はこうして夕方から飲みに出ることにしていた。
そりゃ俺だって、寂しいと思うことがある。
新都心のキャバクラにワンセットだけ遊びに行き、適当に女の子と話をして延長なしで帰る。
行きつけのバーに行き、適当に飲んでからそこで知り合いに会ってまたはしご。
国際通り、元三越だったよしもと沖縄花月の向かいのブロック。
その少し奥にある国際通り屋台村で適当に飲んでいるときだった。
俺は酒がいい具合に入っていて機嫌が良かったのだろう。
俺と同じ金髪の、小柄な女の子が上目遣いでこっちをじーっと見ていた。
こんなところに子供が来るわけがない。
きっと友人とはぐれた観光客かなんかだと思った。
「おう、お姉ちゃんも飲むか?」
やはり言葉は通じないようだ。
だが、冷えた生ビールのジョッキを見ると、彼女は喉を鳴らした。
ジョッキを指差し、彼女自身を指差してこてんと首を傾げた。
その姿がさっき行ったキャバクラのお姉ちゃんよりも可愛らしかったもんだからつい。
「すまん。新しいジョッキもう一個頼むわ」
店のお兄ちゃんは『あいよ』と機嫌よくがっつりと入った大ジョッキを追加してくれる。
俺は『ほい』と彼女に渡した。
彼女は俺の横にちょこんと座ると、ジョッキにその小さな鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅ぐ。
恐る恐る口をつけて、くぴりとひと口飲んだ。
ぱぁっと花が咲いたような笑顔になると、ジョッキ三分の二ほど一気に飲んでしまう。
「お? お姉ちゃん、いける口だね?」
ただ彼女は相変わらず言葉が通じない。
それがどうした。
こんなに酒を旨そうに飲むんだ。
それにこの真夏の太陽のような、彼女の笑顔。
気分いいじゃないか。
俺はすきっ腹はまずいだろうと、食べていたアグー豚のバラ肉串焼きを一本差し出す。
「ほれ、旨いから食ってみな」
生ビールを受け取って警戒心が薄れたのだろう。
食いかけの方の串を持って、俺は一口食べて笑ってみる。
うん、脂身がめっちゃ旨い。
これがビールに合うんだよな。
追いかけるようにビールをぐびっと飲む。
それでまた笑顔を向けてみた。
すると、彼女は遠慮がちに俺の真似をしてその小さな口でかじりついた。
予想通り、口に手を当てて驚いていた。
そして、さっきと同じようにいい笑顔をくれる。
キャバクラのお姉ちゃんにドリンクをせがまれても俺はいつもこう言う。
『水でも飲んでろ』
そんなくだらない女に金を使うくらいなら、この笑顔の代償は安いもんだ。
「おにいちゃん、適当に串焼き見繕って」
「まいどありー」
彼女は酒が強いみたいだ。
ジョッキ二杯飲んで頬がちょっと赤くなる程度。
元々褐色の綺麗な肌。
最初はカラコン入れた黒ギャルかと思ったが、顔立ちがちょっと違う。
ただ、こんなに旨そうに酒を飲んでくれるキャバクラのお姉ちゃんはいない。
酒を奢って気分がいいのは何年振りだろう。
▼
俺はどんなに酔っても部屋まで自力で戻ってくる。
ただ、記憶がぷっつりなかったりすることが多い。
あっちにいたとき、朝起きたら工事現場のカラーコーンを抱いて寝てたり。
酷いときはカーネルサン〇ースのおじさんを抱いて寝てたときもあった。
あのときは焦ったね。
朝一番で電話を入れて謝って許してもらったのはいい思い出だ。
ただ、今回みたいに朝起きたら知らない女の子と一緒にいたことはなかった。
いや、あったか。
学生だった頃、二、三回。
俺はよく先輩に『お前はザルだ』と言われていた。
仲間内でザルの網目の大きさで酒の強さを言い表したこともあった。
俺は人ひとりが通れるほどの網目の大きさらしい。
昨日は久しぶりに記憶が飛んだ。
それだけ楽しかったのだろう。
俺は記憶が飛ぶまで飲むと、寝たら起きない。
だからもし、学生だった当時にも横で同級生の女の子が寝ていたからって間違いを起こしたことはないはずだ。
『据え膳に手を出さないなんて、本郷君はホント、良い人ね』
残念な子を見るような目で、よく言われたもんだ。
▼
そして、現在に至る。
なんだこの状況は?
俺、パンツ穿いてるぞ。
おまけにティシュも転がってないし、致した感じも全くない。
だが彼女は『初めてだったから責任を取れ』と言っている。
いやいやいや。
やってないだろう。
確かにここ数年ほど童貞だった。
かといって、俺は記憶飛ばしたら起きるまで動かないぞ。
致せるわけもない。
おまけに、この部屋にはコンドームだってないんだ。
もしやっちゃったとしたら、まずいぞ。
責任取るようなことになったら、どうすんだよ。
俺は身体を起して彼女を見た。
ちょっと前に流行った皮のショートパンツに皮のビスチェのようなものを着ているようだ。
腹筋がシックスバックじゃねぇか。
流石に俺のぽちゃったお腹とは比較にならんほど、かっこいい。
いや、そこじゃない。
彼女の服装には乱れがない。
シーツにだって俺の毛くらいしかないぞ?
それにいくらエアコンがついてて締め切ってるとはいえ、事後の匂いも全くない。
俺は魔法使いでも賢者でもなかったから、そのくらいはわかる。
見た感じ二十歳そこそこか?
結構可愛いな。
いやいやいや。
そんなこと言ってる場面じゃないだろう。
俺は正座をして彼女に向き直った。
「質問なんだが」
「なんだ?」
「俺、やってないと思うぞ? パンツ穿いてるし。君だって」
「やってないって?」
「その、なんだ。男と女がだな。裸で」
「あー、子づくりか。やってないよ」
「は?」
「あたいまだ生娘だぞ?」
笑顔で生娘とか言うのはやめなさい。
おじさん困っちゃうじゃないか。
「だったら、初めてだったから責任取れってどういうこっちゃ?」
急に彼女は頬を真っ赤に染めて、俺と同じように正座をしていたその健康的なふとももに両手を挟んでもじもじし始める。
いや、めっちゃ可愛いんだけどね。
彼女は俺をキッと見つめてその可愛い唇を開く。
「あ、あのな……」
「お、おう」
「あたいの家ではな」
「うん」
「口づけをしたらな、その人と結婚しなきゃならないんだ」
「はぁっ? どんなお嬢様なんだよ?」
彼女は俺の腹を拳で殴った。
その小さな身体からは想像もできないほどの力強さ。
ズドンという振動と共に、俺の身体が吹っ飛ぶ。
だが不思議なことに痛くない。
「な、何するんだよ」
「お嬢様で悪いかっ! それにちょっと違うぞ」
お嬢様のようでお嬢様じゃない。
まぁ、どこぞのご令嬢なんだろうな。
「あ、あぁ。すまん」
「仕方ないだろう? 言葉を通じるようにするにはそうするしかなかったんだよ」
「えっ? どういうこっちゃ?」
「魔法だよ。魔法」
魔法……、だと?
「そんなもん今の世の中あるわけないだろうが。冗談にしちゃ、性質が……、待てよ。昨日、君としゃべった記憶がないぞ」
「嘘なもんか。ほら、見てろよ?」
彼女は目を瞑ってぶつぶつと小声で何か言い始める。
金色の瞳が開いた瞬間だった。
彼女の手のひらには小さな炎の玉が浮かび上がっていた。
「あははは。うまくできた手品だな」
俺はその炎に手を伸ばす。
よくあるマジックだろうと思った。
すると。
「あぢっ!」
指先が煮えた油にでも突っ込んだかのように、水膨れが破裂している。
俺の指は大火傷を負っていた。
「ば、馬鹿。何やってんだよ」
彼女は俺の焼けただれた指に口づけをすると、また何やら小声で言葉を紡いでいた。
なんだこれ?
痛みがひいていく。
徐々にケロイド状になっていた指が、映像の巻き戻しのように復元されていくではないか。
「ラ〇ュタは本当にあったんだ」
「なんだそれ?」
「いや、言ってみただけだ」
何か驚いたことがあれば、これを言うのはお約束だろう?
「これで信じるか?」
「あ、あぁ。目の前にあるものは信じるしかないだろうな。かなり痛かったし……」
「よかった。それでな、あたいはどうしてもお前と言葉を交わしたかった。昨日の酒と食べ物は本当にうまかった。そのお礼も、……な」
「あぁ。キャバの姉ちゃんに奢ること考えたら安いもんだよ」
「きゃば?」
「いや、こっちの話だ。その、なんだ。君はそれで」
「あたい、キミって名前じゃないぞ」
「いや、俺と君って意味なんだが」
俺は自分と彼女を指差して言う。
「あー、そういうことか。お前のことをキミって言うんだな?」
「そうそう」
「あたいはな、ティナグレイブアリエッタ・フレイア・メルムランスって──」
「──なげぇよっ!」
思わずツッコミ入れちまったじゃないか。
「ティナでいいよ。お前は?」
「俺は本郷武士。あだ名は『一号』だ」
「短い名前だな。ほんごうたけしでいいのか?」
あだ名の部分はスルーかよ……。
「いや、そうじゃなくな。名前は武士の方。本郷は姓だよ」
「なんとっ! お前、じゃなかった。貴殿は貴族だったのですね?」
ティナは急に丁寧な言葉遣いになった。
何を勘違いしているんだ?
そういえば異世界転生ラノベにあったっけ。
苗字があるのは貴族から、みたいな設定が。
いや、でもおかしいだろう。
そんな漫画みたいなことが今ここであるなんて。
とはいえ、さっきの炎は火傷もしたし、マジックなんかじゃないと思う。
ここは聞いてみるか。
「いや、俺は貴族でもなんでもないぞ。ごく普通の庶民なんだが」
「いえいえ。普通、家名を持っているのは貴族か大店の商人くらいでしょう?」
なんだよその設定。
ただティナの表情は冗談を言っている感じではない。
「俺は庶民だ。先祖代々生粋の庶民だったはずだぞ」
「……そうなんだ?」
「あぁ」
「損した」
正座をしてた足を崩して、女の子座りを始めるティナ。
「はぁ?」
「丁寧な言葉遣いって疲れるんだよ。たけし」
「武士。な。真ん中がちょっと下がる感じ」
「武士、でいいのか?」
「あぁ」
とにかくお互いの自己紹介は終わった。
「なぁ、武士」
「なんだ?」
「あたいな。臭くないか?」
「いや別に。どうしたんだ?」
「できれば湯あみをしたんだ」
「あー、昨日風呂に入ってないからな」
「……実は四日前からだけど」
「えっ? 若い女の子がそれじゃ駄目だろう。ちょっと待ってろ。今、準備するから」
「すまない」
「いいって」
俺は慌てて風呂場に行く。
この部屋は2DKで、風呂と便所は別々だが、浴槽はない。
「そういやティナ」
「なんだ?」
「着替えないんだろう? 俺のでもいいよな?」
「あー、うん。助かるよ」
お湯がすぐに出る状態にしてから、俺は部屋に戻った。
新品のボクサーパンツとタンクトップ。
洗い立てのハーフパンツを用意する。
脱衣所に置いて、よし、これでいいだろう。
「ティナ、使い方わかるか?」
「んー? 多分わかんない」
「そっか。教えるからちょっとこっち来てくれるか?」
「わかった」
俺はティナに一つ一つ説明していく。
「ここをこうひねるとな、お湯が出るから。こっちが身体を洗う石鹸。こっちが髪をあらうやつな。この石鹸を、このスポンジにつけて、泡立てればいいだけだから」
「難しいな。武士が洗ってくれれば簡単なのに」
「いやいやいや。それおかしいだろう」
「だって、武士はあたいの婚約者だろう?」
「その件は風呂からあがったら話し合おうな。これ着替えだから」
「……わかった。洗えるかな……」
俺はティナを風呂に置いて、部屋に戻った。
冷蔵庫から牛乳を出してグラスに注ぐ。
一気飲みして一息ついた。
しかしまぁ。
おっどろいたわ。
俺はゴミ箱を覗いた。
間違いなく、やってないよな?
てことはキスだけなはずだ。
それも、俺からじゃないぞ。
まー、あれこれ考えても仕方ないだろう。
「武士ー」
「はいはい」
「身体は何で拭くの?」
「あ、忘れてた。ちょっと待ってく……、ちょっと待てーっ! 出てくるな、女だろうが。ちょっとは恥じらいってものをだな」
「いちいちうるさいな。いつもは侍女が拭いてくれたから見られても平気だぞ?」
「いや、俺が平気じゃないから。いいから風呂に戻ってドア閉めてくれ」
「我儘だなぁ……」
「どっちがだよっ!」
侍女が、って。
どんだけお嬢様なんだよ……。
これでいいか?
俺は吸水性の高いスポーツタオルを手に取った。
脱衣所のドアをそーっと開けてティナがいないのを確認。
タオルを置いて速攻、逃げるように部屋に戻った。
脱衣所のドアが開いた。
「武士ー」
「はいはい。どうした?」
ティナは俺の前にぺたんと座った。
振り向いて笑顔で。
「髪、拭いて」
ずるい。
ストライクゾーンど真ん中な笑顔でそう言われたら断ることなんてできないじゃないか。
「……ったく。お前はどこのお姫様だよ」
「メルムランスだけど?」
「家名が国名かよっ!」
「偉いんだよ。これでもね」
「はいはい、ティナ姫。動くなよー」
なるほどな。
これが本当の話なら、お嬢様じゃなくてお姫様かよ。
呆れながら、俺はわしわしとティナの髪を拭いていく。
まるでアスリートのような柔らかな筋肉質。
首筋も綺麗で襟足が可愛らしい。
こいつ思ったよりも髪、長いんだな……。
そのとき俺は、あることに気が付いた。
ティナの耳が、アニメなんかで見たように少し長いことに。
「ティナ」
「んーっ?」
「お前、耳長いんだな?」
「エルフほどじゃないよ」
「は?」
「だから、エルフほどじゃないよって」
「なんだそれ?」
「知らない? 耳が長くて、色が白くて。イヤ味ったらしい草しか食べない種族」
「はぁっ? 実在するのか? ならお前はダークエルフだとか言わないよな?」
「エルフなんかと一緒にしないでよ。あたいはね、ドワーフだよ」
「は? あの髭もじゃの?」
ティナの顎と口元には髭がない。
それより、エルフが実在するとか、俺、夢でも見てるのか?
「女は違うって。武士だってそうなんでしょ? こっちに移住して何世代か経ったみたいな感じだけどさ。だから言葉通じなかったし、魔法も知らないんだよな?」
「……俺、人間だけど」
「えっ? だってその肌。髭だって髪だって……」
確かに髪の色を抜いてるから、髭も合わせてブリーチしている。
俺はティナの前に腕を出して、Tシャツの袖をまくった。
「日焼けだってば」
そこには白い肌と褐色の肌がしっかりとわけられていた。
ティナはそれを見て、がっくりと肩を落とした。
「違ったのか……。同じ種族だと思ったから、安心したし。美味しいものもお酒もくれたから……」
「まぁ、そうがっかりするなって」
「だって、あたい。婚姻の口づけもしちゃったんだよ? もう結婚できないんだよ? やっぱり責任取って」
「俺が悪いわけじゃないだろうに……」
こんなに可愛い子に『責任取って』と言われたら、二つ返事で約束してしまうだろう。
だが俺はロリコンじゃない。
こんな幼気な少女に手を出すほど、飢えちゃいないんだ。
「ティナ。お前なぁ、四十二歳のおっさんにそんなこと言うなよな?」
「なーんだ。あたいより年下じゃないか。あたい、四十三歳だよ?」
「へ?」
俺は耳を疑った。
もしや、異世界の設定のようにティナたちも長寿なんだろうか?
▼
話によると、ティナたちはかなり長寿らしい。
もし人間の倍だとしても、二十歳ちょっとじゃないか。
合法ロリかよ……。
俺は俺の知っている限りの話をする。
エルフ、ドワーフ。
その他の種族。
この世界で伝わっている創作の話。
ラノベなどの異世界の話。
するとティナは、俺の話にツッコミを入れながら教えてくれた。
俺が知ることは一部現実にあることなんだと。
それと、ティナはこの地球に住んでいるということを。
「あたいたちが住む国は、この地面の下にあるんだよ」
ネットに繋げて、ノートの画面に地球を映し出した。
ティナはそれを指差して『ここにね、穴があるんだ』と教えてくれる。
そこは北極。
それじゃまるで『地球空洞説』じゃないか。
なんとこの世界は外界と内界に分かれていて、不可侵条約が結ばれているらしい。
異世界などの設定は、昔この地に移り住んだ人たちが伝えたおとぎ話が湾曲したものらしいのだ。
「はぁ、驚いたわ。そんな漫画みたいな話。あるんだな。まさか、ティナ。いや、ティナ姉さんと言わなきゃいけないか?」
「やめてって。ひとつしか違わないんだから」
「なら、ティナ。お前さん、ここから歩いてきたのか?」
俺は北極を指差した。
「ううん。違うよ。こっちの方角かな? 洞窟があってね。そこから来たんだよね」
ティナは久茂地の方角を指差した。
「えっ? ってことは、玉泉洞か?」
「名前までは知らないよ。上からでれーって沢山岩が垂れ下がってたかな」
ティナが言うそれは鍾乳洞だ。
ということは玉泉洞で間違いないだろう。
「お前よくそんなところから出てきて、騒がれなかったな?」
「んー。怖かったから隠ぺいの魔法使ったし」
「そんなもんまであるのか」
『きゅるるる』
「あ」
「あ」
「おなかすいた」
「よし、なら髪も拭けたしちょっと待ってろな。ティナ、好き嫌いないか?」
「うん。ないよ」
「じゃ、ささっと作っちまうわ」
「武士、料理できるの?」
「あぁ、得意な方だな」
「やった。未来の旦那様が料理が得意だって……」
「その話はまたあとな」
「えーっ」
俺は冷蔵庫を覗いた。
卵と砂糖。
ガラス製の耐熱ボールに入れて泡だて器で攪拌。
牛乳を入れてバニラエッセンスを数滴。
食パンを半分に切って、ひたひたの状態にしてからラップをかけて電子レンジへ。
「一分くらいでいいかな?」
その間に、簡単にポタージュのカップスープをカップに入れておく。
やかんに水屋でかった水を入れて、電磁調理器へかけておく。
換気扇をON。
チン。
電子レンジからボールを出し、フライパンを熱しておく。
バターを溶かしてから弱火にする。
適当に並べてパンを入れて、蓋をしておく。
キッチンタイマーを五分にセット。
その間にレタスときゅうりを適当に切ってボールに入れる。
ノンオイルのドレッシングをかけたあたりでキッチンタイマーが鳴る。
パンをひっくり返してまた蓋を閉めて、キッチンタイマーを五分。
「うわぁ、いい匂い……」
「もうすぐできるから、我慢だぞー」
「うんっ」
ティナはお姫様らしい(?)から、ナイフとフォークを準備。
俺は箸で十分。
キッチンタイマーが鳴った。
電磁調理器の電源を落として、皿にフレンチトーストを乗せる。
カップスープだけは手抜きだが、これくらいは勘弁してもらおう。
「よし、そっち持っていくからテーブルの上の布巾で上を拭いてくれるか?」
「ふきん、ってこれかな。よし、これくらいはできるからねっ」
自慢にならねぇよ……。
ティナの目の前にフォークとナイフ、スプーンを置いていく。
カップスープを置き、サラダを取り分ける。
「先にそっちから食ってくれな。そのスープ熱いから火傷すんなよ?」
「うんっ。子供じゃないんだから、あちっ……」
「ほら、言ったこっちゃない」
ティナは赤ちゃん飲み。
両手でカップを持つ、あれだな。
今度はゆっくり冷ましてから飲んでくれた。
「……ふぅ。おいしっ」
「そっか」
浅い皿にフレンチトーストを取り分けて、上からメープルシロップをだばーっとかける。
「うわー。美味しそう」
「ほら、食べてみな」
「うんっ」
ティナはナイフとフォークを慣れた手つきで使う。
やはりお姫様というのは嘘じゃないのかもしれない。
ティナが言っていたことが、本当であればの話だけどな。
「んーっ。甘くて、ほくほくしてて美味しいっ」
「そりゃよかった」
俺は甘いのがあまり得意ではないから、シロップはかけない。
箸で器用に割って口に運んだ。
うん。
まぁまぁの出来だね。
ティナは食べ終わってしまって、こっちをじーっと見ている。
「はいはい。まだあるから。ほい」
嬉しそうに食べてくれるティナを見ていると、ここ十年以上味わったことのない充実感が湧きあがってくる。
ひとりじゃないって、こんなにいいものだったんだな……。
「ごちそうさまっ。美味しかったー。武士って料理上手なんだね」
「ありがと。お粗末さん」
俺は二つに切った二枚だけ。
ティナは結局四枚切りの食パンを三枚分食べてしまった。
サラダも残さず食べてくれて、ちょっと嬉しかった。
こうして俺の作った料理をお客以外が食べて喜んでくれるのはいいものだからね。
▼
ティナはテレビを楽しそうに見ていた。
俺は片付けが終わって、ティナの横に座る。
「ところでさ、ティナ」
「んーっ?」
「お前さん、何しにこっちに来たんだ?」
「迷った」
「あほか」
「だってさー。洞窟で二日くらい迷子になってね、食料もなくなってきて」
「あー、そりゃ大変だったな」
「それで変な箱みたいなのに人が乗ったから、あたいも乗ってみたんだ。もしかしたら人里にいけるかもしれないって」
あっちこっち寄って、最後にロイヤルオリオンホテルあたりにたどり着いたのだろう。
「それで国際通りを彷徨っていたってわけだな」
「よくわからないけど、人がいっぱいいてね。いい匂いがしてね。武士を見つけて。同族だと思って、ふらふらーっとついて行ったんだよね」
「あー、あれがそうだったのか」
「うん。お酒も美味しかったし、あの串焼きも美味しかった」
「いい飲みっぷりだったもんなぁ」
「えへへ……」
根本的な解決にはなっていないが、行き倒れよりはマシだったのかもしれない。
「ティナ。お前さ、帰りたい?」
「んー。武士がいるならここでもいいかなって思うけど。パパとママには紹介したいかな」
「あのなぁ。あれ? お前、なんだそれ?」
「ん?」
「右目、色がおかしくないか?」
確かに俺から見て左側。
ティナの右目が金色じゃなくなっていた。
まるで俺の目みたいなくすんだとび色になっていた。
「武士だってほら、同じでしょ?」
「はぁ?」
俺は慌てて洗面所に駆け込んだ。
俺の右目が金色になっていた。
「な」
ありえない。
オッドアイとか、どんな中二病だよ。
「なんじゃこりゃぁあああああっ!」
ここがレオパレ〇だったら、両側から壁ドンだっただろう。
これがもしかしたら、ティナの言っていた『婚姻の口づけ』の効果なのだろうか?
ティナは俺の足の間に座って、こっちを見て『えへー。お揃いだね』なんて楽観的に考えている。
「俺がもし、嫁さんいたらどうするつもりだったんだ?」
「だってさ、既婚者かどうかわかるんだよ。あたい」
「そうなのか?」
「うん。この指輪がね。教えてくれるんだ」
ティナの右手の小指には指輪があった。
なるほどね、これでわかるなんて便利なもんだな。
「へぇ……。そしたら既婚者かどうかすぐにわかるのか。詐欺なんてできないんだろうな」
「さぎ?」
「あぁ、何でもないよ。ところでさ、俺が変わったのって目の色だけか?」
流石に四十二歳で中二病デビューはないだろう。
別に痛いわけでもなく、見えにくいということもない。
これなら、右目に手を当てて『この目を欺けるとでも~』とか痛い遊びができそうだな。
「よくわかんないけど、あたいらみたいに長生きできるんじゃないかな?」
「そんなわけねぇだろう。まぁいいや。俺も風呂入ってくるわ」
「うん。あ、何か飲み物あるかな?」
「酒は夜だけな」
俺はティナを残して立ち上がると、冷蔵庫からスポーツドリンクを持ってくる。
缶のステイオンタブを開けると、ティナに渡した。
「これ、何?」
「スポーツドリンクだよ。暑い今の時期とか、風呂の後に飲むと美味いんだ」
「へぇ。……んくんく。ぷはっ。これ美味いな」
「だろう? じゃ、俺も風呂入ってくるわ」
「おうっ!」
ティナは何というか。
男っぽいというより、男の子っぽい言葉遣いをする。
口調の割には可愛らしい。
背が低い割に筋肉質で腹筋が割れていやがる。
その癖くびれが結構凄い。
お尻もきゅっとしてて、おっぱいもでかいんでやんの。
いやいやいや。
ドワーフだって言ってたし、女には髭がないって言ってたから。
間違っても『男の娘』とかいうオチはないだろう。
おいっ。
そんなこと言っても仕方ないだろう。
と、変なことを考えている暇があったらさっさと風呂に入っちまうか。
この家はしっかりとした造りをしているが、そこそこ古い。
湯船がないから簡易的なバスタブを入れてある。
沖縄は元々、湯船に浸かるという習慣がないらしく、古い家やアパートなどはシャワーしかないところも珍しくはない。
ちょっと待て、ティナのやつ湯を張ってボディシャンプー入れやがった。
どんだけお姫様なんだよ……。
仕方ないからシャワーで流した後、熱い湯を追加してそのまま入ることにする。
うわぁ、これ変な感じだな。
汗を落として湯を抜いてから、軽くバスタブを洗って椅子に座る。
シャンプーを付けて洗った後に鏡を見た。
「な、なんじゃこりゃ?」
俺の薄くなっていた髪が増えていた。
ぷよぷよの腹は変わらないが、日焼け跡が消えている。
全体がその、ティナと同じ感じになってるじゃないか。
まぁ、日焼けしてる部分と違和感がないからいいとして。
白い部分が全くなくなっていた。
耳もティナほどではないが、少し尖ってるような気もしないでもない。
これって、俺。
ドワーフになってるって言わないか?
こうなったら慌てても仕方がない。
俺は風呂から上がるとティナに聞いてみることにした。
「おかえり。武士。これもう一本ある?」
「あぁ、ちょっと待ってろな」
冷蔵庫からまとめ買いしてある安い缶を俺の分も持ってきた。
ティナの横に座ると、タブを開けた後『ほい』と渡してやる。
ティナはそれを美味そうに喉をを鳴らして飲んでくれる。
こいつ、何の警戒もなく飲むんだな。
もし、本当の姫さんだとしたら、毒見とかあるんだろう?
それだけ俺のことを信用してるってことなんだろうか。
「なぁ、ティナ」
「んー?」
「俺、ドワーフになっちまったのか?」
「んー、ハーフドワーフってところじゃないかな」
「あほかっ! 俺が人間じゃなくなるの知っててそんなことをしたのか?」
「だってさー。言葉通じないんだし、まさか武士が人間だなんて知らないじゃない? それにあたいだって、少しは悩んだんだよ?」
「そうか」
「それにね、ちょっとかっこよかったし」
おいちょっと待て。
こんなぽちゃったおっさんがかっこいいだと?
あぁ……。
ドワーフ基準か。
まぁいいか。
髪も増えたし。
金髪は元々染めてたんだし。
見た目が変わったのは右目だけか。
普段からサングラスかアイウェアしてるから、お客さんにもバレたりはしないだろう。
「俺な、昨日が休みでな。今晩から下の店開けなきゃならないんだが」
「店?」
「俺、下で酒場をやってるんだよ」
「おぉおおおお。お酒っ。やったっ」
「あのなぁ。酒はあるけど提供する側なんだよ」
「それじゃ、それじゃ」
ティナは俺の胸に身体を寄せてきた。
下から見上げるように、何かを期待しているのだろうか?
「あたいな。酒場の娘ってやってみたかったんだ」
「そっちかよ……」
▼
カラン、カラン。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませー」
常連の客が早い時間から来てくれた。
早いと言っても十九時なんだがね。
この人は近所の水屋の社長。
俺とあまり年が変わらないから、こっちに来てから仲良くしてくれている。
「お、タケちゃん。アルバイト雇った?」
「あーうん。陽明さん、こいつティナって言うんだ」
「ティナちゃんか。比嘉っていうんだ。よろしくね」
「うんっ。よろしくなっ」
「おい、知り合いっつってもお客さんだぞ?」
「いいって。可愛い子見つけたな」
「あぁ。知り合いの日系の娘なんだよ」
「ほぉ。軍関係かよ」
「そうだな。そういうことにしといてくれ」
「もしかして、これか?」
陽明さんは握りこぶしを出して、小指をびむっっと上げる。
「ばっか。違うって……」
さすがに照れる。
「やっとタケちゃんにも春が来たのか。こうしちゃいらんないな。……よし」
「陽明さん、何やった?」
「ん? 美ラインで一斉送信」
『美ライン』とはこっちで使われているSNSだ。
そうこうしてる間に。
カラン。
カラン、カラン。
あっという間に満席状態。
「タケちゃん、おめでとー」
店内は、もはやお祭り状態になっている。
「いつ結婚するんだ?」
「あぁ、近いうちにな」
「こんな綺麗な子見つけて、このロリコン」
「ばっか。こう見えてもな、俺よりひとつ上だぞ?」
「そんなわけないだろう。このロリ」
もはやロリコン認定されてしまった。
ティナは思ったよりも社交性がある。
口調からは考えられないほど、仕草はおしとやかだ。
とても、俺のことをぶん殴ったとは思えない。
「ティナちゃん。タケのどこが好きなんだい?」
「んーっと。かっこいいとこ」
頬に手を当てて赤くなっちまいやがんの。
ちくしょう。
可愛いじゃねぇか。
「ティナちゃん。私、この近所でパン屋やってるの。今度食べに来てね」
「うん。パンは好きだよ。今度買いにいくね」
ティナは見た目、ちょっとしたハーフっぽい沖縄の女の子に見えなくもない。
「ほら、ティナ。これ持って行って」
「はーい」
まるで若奥さん気どり。
「ティナちゃん。黒生おかわり」
「はいはい。武士、黒生いっちょー」
「こらっ。マスターって言えよ」
「うふふ。いいじゃないか。あたいとの仲だろう?」
「ったく……」
「照れてるよ。タケ」
「やめてくれ。十年以上ひとりだったんだ。慣れてないんだよ」
こうしてお祭り騒ぎの『サブカルバー 地下牢』は深夜まで賑わっていた。
カラン、カラン。
「いらっしゃーい」
酒場の娘になりきってるティナ。
可愛いなぁ……。
この後、ロードバイクの俺が、ティナの乗った折り畳みミニベロにぶっちぎられたり。
海を始めて見たティナがめっちゃ可愛かったり。
玉泉洞からまさか、あっちの世界に行けるなんて思わなかったとか。
なんてことがこの後にあるんだが、それはまた違う物語。
屋台村で拾った、可愛い子が。
まさかドワーフ娘で、俺の嫁になるなんて。
あのときは、考えられないって。
なぁ?
お読みいただきありがとうございました。
人気があるのなら連載してもいいかな、とは思っています。