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やる木スイッチ!!  作者: はるにゃん777
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一話

ヤル木スイッチ!!




 『ヤル気』という感情には、目的に到達する為、或いは目的を定めるために必要な行動を促進する作用が

あります。


 また、人間の生き様を『一本の木』に例えられる事があります。


 根は心のありよう、幹は精神力の強さ、花は才能の現れ、実は達成を表し、種は次の世代への希望、などです。

因みに、これらのは全てをやる気がもたらした結果に当てはめることができます。


 つまり『やる気』の先には、『やる木』があるのです。


 そう思うと何だかこの『やる木』を育ててみたくはならないですか?


多少強引ではありますが、そんな作者の気持ち悪い空想が現実にある世界がこの物語の舞台であります。










◇ 転 界



 天空に浮かぶ、虹色に輝く孤島、転界。(てんかい)


島の中心には世界を体現する世界樹が聳え立っている。


世界樹はその巨大な体幹から延びる枝の上に、うすい膜のかかったオーブ状の球体を支えている。


 また、球体の中には陸地が存在し、淡い光を放つ人工の近代建造物らしき姿がぼんやりと見て取れる。


付け加え、オーブの中には数千もの平行世界が存在すると言われており、それぞれの世界にひとつだけ、この様な建造物が存在し、それぞれの目的の為の施設として運用されているのだ。


 さて、その中の一つに『Mituka』の名を冠す施設がある。


 Mitukaとは当該施設管理長の苗字をそのまま施設呼称のために当てたもので、運用内容を分かりやすく説明すると、生命の樹の成長を観察及び様々な疾病の予防及び、治療を目的とした巨大メディカル施設である。


そしてこのMitukaでは、おうよそ三千体の生命の樹を専門の技術をもった転子てんし達が一丸となって二十四時間、三百六十五日、献身的に生命の樹のケアに従事している。


 施設内に入ると、出入り用の扉はおろか、窓が一つもなく、意図的に外界への交流を閉鎖していることに気付く。そして天井、壁、床を縦横無尽に剥き出しの状態で配管された多種多様のパイプがこの施設の異質さを物語っている。この異質に好感を持てる人物は、恥ずかしげもなく年不相応のオーバーホールを着た口ヒゲ紳士くらいなものであろう。


 そして中央には、生命の樹が特殊な溶液に浸された状態で封入された百五十㎝程の高さの装置。それらが三千体、等間隔で設置されており、その様子はまるで朝露がしたたる青葉の裏に何だか分からない虫の卵を大量に見つけたしまった時のような戦々恐々とした感覚を覚えざる負えない。正直、キモチ悪ィ・・・・。


 ともあれ、施設内全体のイメージとしてはメディカル施設というよりは国家規模の研究ラボに近いかもしれない。



 ブー、ブー、ブー・・・。


 唐突に、施設の南口に設置された転送装置が受信を知らせるブザーを鳴らした。


 ブザーは3回繰り返し鳴り、続いて甲高い駆動音と共に装置の天床から床上パネルに向かって、ほんの一瞬だけ磁力を帯びた稲妻を発生させたかと思うと、中央に青白く発光する球体作り出して、人型を形成してゆく。


そして完全に光が消えると、鮮やかな藍色が印象的なメイド服に身を包んだ一人の気弱そうな少女転子が姿を顕にした。


何とも可憐なその容姿に就業中の転子達も思わず手を止めて、息をのむ。


 メイド服の少女は転送装置から一歩前に足を止めて周囲を見渡し、目標を定めると、気弱そうな見た目と反比例した自己主張の激しい大きな胸をたわわと揺らしながら、所長室を目指し一気に駆け出す。


実はこのメイド服の少女、韋駄天(足の速い神)の末裔で、とにかく速く走る事に関しては転界随一を誇る。


 だがしかし、その能力も建物の中では暴走機関車の如く、迷惑を通り越して凶器でしかない。電動リフトをひっくり返したり、転子達を弾き飛ばしたりと少女の過ぎ去った後は大惨事である。


 少女は周囲を巻き込むたびに、


「はうわわわごめんなさぁぁ~い」


と、甘ったるい間延びした声で叫ぶので、逆にそれが転子達の胸に深いトラウマを刷り込み、彼等の目にはまるでソロモンの七十二魔神の一人、ザガン(雄牛の悪魔)に見えた。


何人もの転子達の屍を越えて、メイド服の少女転子は所長室へ通じる立体階段をパンプスのかかとを鳴らしながら大急ぎで駆け上がり、到着するなり一気に扉を開いた。




 ーーーその少し前。所長室では所長の『御使みつか 大地だいち』の姿はなく、かわりにその娘である副所長の『御使 翼』(みつか つばさ)が、唸り声をあげて憤怒していた。


 その表情はガーゴイルをもっと悪魔的に装飾したような顔面悪魔大戦で、とにかく美の女神ビーナスに匹敵すると言われる絶世の美少女の欠片も読み取れやしない。


 翼は『今年度の人間の死亡者数とその内訳』とタイトルの付けられたレポートに目を通し、やり場の無い怒りを覚えて仕方がなかった。と、言うのも前年度に比べて今年度の自殺者数が約1.8倍に増えていること。特に十八歳以下の自殺者が全体の30%をも占めていることに驚嘆を隠せない。


(うーん。脆い、脆すぎるぅるぅ!)


 翼はそう呟いてデスクにレポートを叩きつけると、形の良い下唇をきゅっと前に突き出し、可動式の椅子の背もたれを後方へ倒して仏頂面だ。


 そもそも人間の魂は転回で生命の樹という形をとり、その命が尽きるまで管理される。したがってその管理者は十分な配慮をもって、出来る限り天寿をまっとうできる様に務める義務がある。(もちろん死亡後、転生のアフターサービス付きだ)


 だがしかし、人間の肉体における全ての現象(病気やケガその他諸々を指す)及び精神状態は、人間個々が自ら管理する必要がある。それは至極当然のことなのだが、狭い視野と世界感しか持たない未成熟な子供たちにとって、生きる事の意味が希薄になりつつあるのが現状だ。


(それにしても、親やPTAは一体何をやっているのだ!子供たちもどうしてもう少し踏ん張れない!・・・・。)


 怒りを込めた流し目の先には、叩きつけたレポートの束。翼にはそのくたびれた紙の端が、自ら自殺という選択肢をとった子供たちのなれの果てに見えてくやしくて、悲しくてたまらなかった。


 (イジメ、親からの虐待、将来への不安、などなど当事者以外にその苦悩は到底理解出来ないだろう。だが、しかぁしぃ!使い捨てカメラ(言ってて古いか)じゃないんだからぽんぽんと簡単に命を捨てるなんて愚か者の極だ。物を捨てるのだってお金がかかるし、やれ可燃だ不燃だなんて分別も厳しい。うっかり分別区分間違って捨てた日には中身曝け出されて玄関の前に置き去りにされて、近所の人から後ろ指さされてしまう。)


 翼はどうやら、玄関前に置き去りにされた経験者らしく、その光景をフラッシュバックさせて、身を抱えて小刻みに震える。気を取り直して、


 (大体、命なんて元々ガラクタなんだ。だからこそ軋むし、壊れてしまう。だったらどうせ捨てるなら、どうせいらないならその命、他者人の為にリサイクルしてみてはどうなのだ?と声を大にして言ってやりたい)


 我ながら良い事を言ったと思ったのか、翼は不敵な笑みを浮かべて、椅子の背もたれを起こしてデスクに正対する。



 思い込みが激しく、情に厚い。これが彼女の最大の長所と言えようか。たがしかし、翼にはその長所を霞ませてしまう程の、秘密の趣味があった。



 翼は周囲を不自然なくらい念入りに見回し、スマホの電源を落とすと、何ともだらしない表情を浮かべて、白衣のポケットから取り出した鍵を使って机の引き出しを開ける。


 引き出しの中には大量のBLボーイズラブ本と最近人間界で流行っている女の子向けアニメ『俺の竿を越えていけ!』のBDブルーレイディスクと同アニメの関連グッズがぎっしりと収納されていた。


 前記のアニメの内容は、登場人物の9割がイケメン男子で構成されている以外は、最強の釣り師を目指すイケメン達の奮闘を描いた冒険活劇でイカガワシイ要素など皆無なのだが翼の様な特殊な感性を持った人達は性的な意味で違ったものの捉え方をする。


 例えばどこかのカフェでA君、B君のイケメン男子が二人で会話しているとする。するとどちらが受けで、どちらが攻めなどと勝手な設定を題材おかずにして脳内で薔薇が咲き乱れるような妄想を繰り広げる事が淑女のたしなみとされている。


 ちなみに前例を書面に書くとA×BもしくはB×Aになるらしく、+ではなく×という記号にも特別な意味があるらしい。



 (フヒ。やっぱ純ちゃんは一途でカワユスなぁ・・・。うへへへへここでトシロー登場とか!作者はわかってますなヒヒヒ)


 大量に滴る涎を白衣の裾で拭いつつ、まるで呪詛のような言葉を発して、『俺の竿を越えていけ!』の同人コミックを同アニメのキャラソンを聞きながら、押し寄せる背徳心と恍惚感の狭間に身を任せ、これぞ熟読玩味の正しい有様とばかりに、没頭する。


 その生臭い趣味を殿方が見ようものなら、まさに千年の恋も醒めてしまうであろうが、翼のような美少女はどこか冷めた印象を周囲に与えがちで同性からも牽制されて孤立するる事が多い、それでも彼女は同じ趣味を持ったコミュニティーにも在籍しているし、第一、誰にも迷惑をかけていないわけだからそれも良しとしよう。





 ーーーそして再び時は動き出し、所長室の扉が開かれ、藍色のメイド服に身を包んだ少女転子が室内に駆け込んで来た。


が、自家発電中の翼はまったく気づいてはいない。



 「翼お嬢様大変ですぅ!」


 (えへえへ。これは辛抱たまりませんな!フヒヒ、あ、ああ、それはアカンって昇天してしまうがな、あ、ああ、いぇすデュフフフ・・。)


 藍色のメイド服姿の少女転子は、入り口に残像だけを置いてけぼりにしてヨレた白衣の背中に一気に距離詰めて、呼びかけるのだが、こちらに気付く気配は無い。


 試しに体を揺らしてみたり、頬をつねってみるがやはり翼は返答しない。


 「はぁ。これは完全になっちゃってますねぇ。しかし、緊急事態でぇすし、許してくださぁいね?」


 ため息交じりそう呟きつつ、色欲の権化へとメタモルフォーゼした翼を一瞥すると、大きく息を吸い込んだ。


 次の瞬間、三体の残像が翼を取り囲み、音速まで加速させた声帯から共振波砲を放つ!


 人の耳には聞こえない、この共振波砲は静な殺傷兵器で、周辺を穢す事無く的確に翼だけを攻撃し、身体の内側と外側から骨と臓器を破壊する。


 『〇×□〒♡♂!!!』


 もはや言語化不可能な叫び声とともに翼は体中の穴というあなから体液を垂れ流して、まるで萎んだゴムボールの様にブヨブヨになってデスクに突っ伏す。


 事が終わると、1個の実体となったメイド服姿の少女転子は『ふぅ』と短く息を吐いて、屍となった翼の真後ろに立ち、そして素早くトートバッグから魔法瓶を取り出すと、鼻歌まじりに翼だったモノへお湯を注いだ。


 すると、あら不思議!むくむと傷口は再生されてゆき、新品同様のキラキラした翼が蘇った。


 それもそのはず。実を言うと神が麺が茹で上がる合間に、小麦粉と謎の物質をコネて創造したのが転子であり、お湯とは相性が抜群なのだ。


 「はっ!私は一体!?」


 「お嬢様ぁお還りなさぁ~い。分かりますかぁ?サクラですぅ」


 翼は声のするほうへ焦点が合わない視線を向け、瞬きを繰り返し、視界がクリアーになると背筋を伸ばして彼女の顔を睨む。


 「なんだ貴様か。私は忙しい身だ。用があるなら手短に話せ」


 「はぁ。い・そ・が・し・ぃ?。」


 サクラは可愛らしく小首を傾げて、デスクに広げられた薄い本に視線を誘導すると、それに気づいた翼は慌ててソレを引き出しへとねじ込む。


 「こ、ここの勤務は精神が澱みやすい。何と言っても『命』のやり取りをして居るわけだしな?だから私は暇な合間に瞑想をして心を清めていたのだ、うむ。入りすぎてお前が来たことに気付かなかったようだ。許せ」


 「瞑想ですか~ぁ?、その割には随ィ分興奮していてとても穏やかな様子に見えませんでしたけぇどぉ~?あとそれに昇天してしまうとかなんとか、呟いてましたよぉ?」


 「ふにゃ!え?そんな事いってた?あ、それ私じゃなくて多分瞑想友のキクゾーさんかな?、私は止めたんだよ?だけど、どうしても奥さんのほくろ毛抜くんだって、はりきっちゃってさ、そっか昇天してしまったか。だから私はおよしなさいって言ったのに残念だな。うむ残念だ」


 動揺しすぎて、もはや言い訳にすらなっていない素っとん狂な返答をする翼を見て、


 (ウフフ。お嬢様ったらぁ、あんなに必死に隠そうとしなくったって~みんな知ってるのにぃ~。カワイイお人)


 と、翼をからかって喜んでいるサクラ。どうやらおっとりした外見の割に彼女の方が翼よりも一枚上手のようである。


 「わ、私の事はどうでもいいだろ?そう、そうだ、貴様は本当に何しにここへ来たのだ?さぁ、早く答えよ!」


 一変しての空気の流れが緊張し、サクラは唇を震わせながらゆっくりと口を開く。


 「はい。実は旦那様(御使 大地)が出張先の宿でお倒れになりました。」


 「な、なんだと?!」

 

 突然の悲報に翼の血の気が引き、背中に冷たい汗が滴る。


 「すぐにお医者様を呼んで診察して頂いたようですが、原因が不明の昏睡状態です」


 「頂いたようです??お前は父上と一緒じゃなかったのか?」


 「はい。実は大地さまがお倒れになる少し前、私は大地さまから所用を頼まれまして、それで私は外へ出ていたのです。その折、メイド長から緊急メールのお知らせを受け、私は急いでこちらへ飛びました。ですから私は大地さまの容態を確認していないのです」

 

 「ぐぬ。来る前にすぐ電話をすればよかろう?貴様それでも、我が家の筆頭メイドか!」


 「あ~ん。すみませ~~ん」


 翼は自分でも理不尽な言い分でサクラを叱っていることを頭の隅では理解していたが、心の葛藤を誰かにぶつけずにはいられなかった。


 だが、そこは怖いもの知らずのサクラは切り返す。


 「私ばっかり叱らないでくださいよぉ、お嬢様に連絡しようにも、スマホの電源を落とされていましたし、急いで転送して来ても、瞑想中でいらしたじゃないですかぁ?」


 「はうあ!ぐぬぬ。もうよい!」


 翼は数分前の自分の行動を恨み、奥歯をガチガチとさせて、怒りを露わにするが直ぐに冷静さを取り戻し、


 「私は少しだけやることがある。先にお父様の所へ戻って、身の回りの世話をしてくれぬか?」


と、穏やかな口調でサクラに頭をさげた。


 「え?あ、はい。直ちに旦那様の所へ向かいます。」


 翼は踵を返して所長室を出るサクラの背中を目で追い


 (お父様をよろしく頼むぞ)


と、心の中で呟いた。



 サクラは翼の言動を訝し気に思いつつも、素直に従って立体階段を下り、転送装置への通路へと足を運ぶ。だがしかし、別れ際の翼の表情からやんごとない雰囲気を読み取りどうしても胸のざわつきが収まらない。


 (なんだろう。あの時のお嬢様は何か思いつめた様子で、なにかをしでかしそうな表情をしていた。あんなお顔をされたのは、奥様が亡くなったあの日の夜いらい・・・・。)


 歩きながら翼の行動を考察していると、後方に立体階段を駆け降りる人の気配を感じ、そちらに振り返り視線を向ける。


 気配の正体は当然、翼で間違いなかったが、早歩きで遠のく彼女の後ろ姿を目で追っているうちに、サクラの頭の中で警鐘が鳴り響く。


 (このまま、お嬢様一人を放って置くことなんか出来ない!)


 サクラは自分の直感を信じ、すぐさま翼の後を追った。



 (やはり、恐れていた日がついに来てしまったか・・・。)首にぶら下げた特殊形状の鍵を手に取り、翼は呟く。


 彼女には御使 大地に起こった異変の正体に見当がついていた。無論、解決策も同時に出ていた。


だがしかし、それには大きなリスクが伴う。それでも成し遂げる強い意思と力が自分にある事を疑ってはいなかった。


 ただ一つ心残りなのは、その後の父の行く末である。


 (お父様はこれから私が行う大罪を知っても尚、私を娘として受け入れてくれるだろうか?きっとひどくお怒りになって、私をお見捨てになるかもしれない。でも、それでもいい。私にとってお父様が生きていて下さることだけが幸福なのですから)


 決意を新たに、威風堂々と歩調を速める翼の横を唐突に間延びした声が飛び込んで来た。


 「お嬢様ぁ何をしでかす気ですかぁ?楽しい事でしたらサクラも是非ご一緒させてくださいねぇ?」


 「き、貴様!先に戻っていろと言った私の命令を忘れたのか!? 」


 サクラは激しく怒る翼の声など聞こえないと言わんばかりに、トートバックから翼秘蔵の同人コミックを取り出し、


 「こんなものを読んで喜ぶとは、お嬢様は真性の変態ですね。おお?なんか、袋状の冊子が挟まってますよぉ?~ 」


と、太々しい態度で煽りよる。


 「あ、貴様!そ、それわ!おいよせ!ソレは後で読もうと楽しみにしていた袋とじ!」


 ビリビリ


 「ぐああ!貴様、本気で私に殺されたいらしいな!」


 「お嬢様が私を置いて行こうとした罰です。大体お嬢様は、行動が予測しやすいですしぃ、さっきの別れ際のセリフだって、付いて来て下さいと言わんばかりのわざとらしい大根とブリでしたよぉ?」


 「ぐぬぬ。言わせておけば!」


 そうこうしているうちに、目的の場所である『樹健管理室じゅけんかりしつ』と書かれた強化ガラスで間仕切りされた部署に着いた。


 こちらの部署では、生命の樹の成長と健康状態を一本一本丁寧に診察し、病気の予防と治療をメインにとりおこなっていて、『Mituka』の運用目的の肝をになっている。


 また、稀に生命の樹は成長過程で『神化しんか』もしくは『悪果あっか』することがある。


 神化とは偉大なる魂の事で、英雄、指導者、救世主などの素質をもった、人間の魂の最上級の状態をいい。悪果とは魂の状態は神化と同じであるが禍への導き手のことをいう。どちらの状態に生命の樹が変化したとしても、人間界に及ぼす影響は計り知れない。


 翼は、扉に設けられたセキュリティーパネルへパスコードを入力して中へとはいり、サクラもそのうしろに続く。


 中では十三名の転子達が勤務に従事していたが、翼はつかつかと、かかとを鳴らし部屋の中央で立ち止まった。


それが合図とばかりに、サクラは手際よくガラス壁の遮光をOFFにして外側からの認識を阻害する。


 翼は準備が整ったと確信すると、一通り転子達の顔を見回してから、


 「我々はこの瞬間から、管理室を占拠する!大人しく私の指示に従うなら、諸君らの身の安全は保障する!」


と、叫ぶのと同時に、捕縛術式を発動させ、全員を魔力のリングで拘束した。


だが、翼の予想通りとでも言うべきか。一人の男性転子がすぐに反発の声をあげた。


 「拘束ですと?こんな時代遅れの魔法で私を本気で捕らえられるとでも?」


男性転子は、まるでうす氷をくだくように、魔力で出来たリングを容易く砕いて前に出た。


 彼の名は樹健管理室室長 越後谷 晩冬えちごやばんどう。この男は出世欲が高く、ナルシスト。更にいかにもエリートという風貌をしているため、翼の印象では、いけ好かない男ではあるのだが、どういう訳か父親の御使 大地はこの男の実力をひどく買っていた。


 「副所長、存じて居ると思いますが、我々の仕事はアカシックレコード(運命論)にもとづき進行しております。何人もそれを阻害する権利を持たないはずですが?それを踏まえた上で、管理者でしかないあなたが我らに一体何をさせるおつもりか?」


 晩冬は取り巻き二人を解放して不敵な笑みを浮かべながら、前髪をいじる。


 「何がアカシックレコードだ。貴様はソレに格好つけて自分で考えることを放棄しただけの無能にすぎん。おとなしく私に協力したほうが身のためだぞ」


翼はそう言って背中から六枚の羽根を広げて彼を威嚇する。


因みに、転子の羽数は力の象徴で一般の転子の羽数が2枚であることを基準に考えると翼の実力がハイレベルである事を物語っている。


「ふん。嫌ですね~すぐに暴力に訴えようとするあなたの思考は実に野蛮だ。あなたが何をしにここへ来たのは分かりませんが、私たち上級転子が本気でやり合えばここの施設など跡形もなく消え失せてしまいますよ?まぁ私にとってはゴミの様な人間の命などどうなっても構いませんがね」


と、晩冬は切り捨て、自分の優位性をわざとらしくアピールする。


 その様子を翼の後ろでみていたサクラが、


 (なんですか?あのドヤ顔むかつきますねぇ~お嬢様。ヤっちゃいますか?)と、まるで目前に餌の入ったおぼんを置かれた状態で『待て』された犬の様に落ち着きのない目で伺いをたてる。


「まて。ヤツのいう事にも一理ある。」


 とは言うものの、サクラの言う通り晩冬の自意識過剰な態度には昔から嫌気がさしていた翼は、彼の鼻もちならない横面にきつい一発を打ち込むその日を待ちわびていたのだが、ただ殴り倒すのも、彼の思惑に乗せられたようで気が進まない。


翼は深く息を吸い込みながら六枚の羽根をしまって、思慮を巡らせると、以外にもあっさりと策が浮かんだ。


「越後谷 晩冬殿、ここは平和的に『じゃんけん』で勝負しないか?もちろんコチラが勝ったら私の言うとりに従ってもらう。そちらが勝ったらそちらの望むものをくれてやろう」


居丈高に晩冬に勝負を持ちかける翼。


「何をバカバカしい事を?あなたは今や立派な犯罪者だ。そんなあなたと取引したとして一体私に何のメリットが?」


「確かに・・・。だが、現時点ではまだ副所長だ。つまり、解任される前なら後任を指名する権利

を有している。この意味が分かるな?」


「おおお。嬢様ぁそれが世にいう 『つ↓ん↑デ↓れ↑』ですねぇ!」


瞳を輝かせてサクラが二人の会話に参入する。


「おいサクラ。発音がおかしいぞ。そもそも私はつんしてないし、デレてもいない。話がややこしくなるから黙っていろ!」


「その通りだサクラくん。彼女はつんしている様に見えて、実は高貴なプライドが邪魔してうまく自分を表現できない

御姫様系ポンコツヒロインだ。そこを勘違いしてはダメですよ?」


「わおぉ。それは勉強不足でした。確かにお嬢様は内面がとても残念なポンコツでした!でも、とてもお優しいお人なのです!」


「サクラくんポンコツ=社会的にダメな人ではないのだよ。むしろ完璧だからこそ故に、大事な局面で裏目になってしまうのだ。そう、それはSAGA!」


「なんと!深い、深いですね!ねぇ?ポンコツお嬢様ぁ!」


 「貴様らポンコツポンコツやかましいわ!誰がポンコツお嬢様だ?!勝手なことをぬかすんじゃない!大体わ、私の属性とかどうでもいいだろ?!」


「つい、面白そうだったので会話に乗っかってしまいましたぁゴメンなさぁい☆」


翼が本気で不機嫌になったので、サクラは、すいーっと、後方に避難した。


(まったく緊張感のない奴だ・・・。)笑顔のサクラを横目で睨み気を取り直して、


「さぁ、どうする?転界は血の繋がりを第一と考えている。私がこのまま強制解任となったら、貴様はせいぜい副所長代理とまりだ。悪いはなしではないと思うがな?」


「ふむ。良いいでしょう。じゃんけん、お相手いたしましょう」


(かかったー!)有頂天になる翼を片目で睨んで晩冬は続けた。


「ただし、この勝負はあなたから言い出した以上、そちららには私に勝利できる策があると思われます。まぁ単純なあなたの事だ。じゃんけんと見せかけてそのままグーで私を殴り倒そうとする愚策であろうと思いますがね?」


「(バレてーーりゃ!ぐぬぬ)ま、まさかそんな愚策、策でもなんでもないだろうが?バ、バカもやすみやすみ言え」


「ふむ。ならば私にアカシックレコードの使用を許可して頂くことを条件に致します」


「え?ちょっと待ってください。それを許可したら、翼お嬢様が何を出すのか分かってしまうではないですか!そんなの勝負じゃないですよぉ!」


「条件を飲まないのなら、私は勝負を致しませんがどうなさりますか?」


心配そうなサクラの横顔を一瞥して、翼は少しだけ間をおいてから答える。


「いいだろう。じゃんけん一本勝負はじめようではないか!」


右手の拳を前に突き出し、そう宣言する翼の表情は爽快で、とても負けを意識したものではなかった。


(一体どうゆうことでしょうか?勝負にアカシックレコードを使用するという事は、その時点で彼女に勝利は無いということ。なのに彼女のあの余裕は一体どこから来るものなのでしょうか?)


晩冬は自分の勝率を脳内で分析してみたが、とても自分が負ける要素など皆無に思えた。しかし、翼の振る舞いを無視する事など不可能に等しいとも思え、どうにも腑に落ちない。


「室長、アカシックレコードとのアーカイブ接続完了いたしました」


晩冬の取り巻きの一人が作業を終え、彼に会釈する。


「うむ。ご苦労、下がっていたまえ」


「はい。これが終わったら副所長ですね、今のうちにお祝いを言わせてもらいます」


「気が早いなキミ。だが、悪くない気分だ。」


ここにいる翼以外の全ては晩冬の勝利を疑わなかった。が、その時、翼は右手をかざし、


「私はパーを出すと、宣言する!」


と、突然の奇行にでた。


(な、なんだと?)


突然の翼の言動に、はじめて晩冬の心が揺れた。


(何を言っているのだこの女わ?・・・。アカシックレコードを使用できるだけで、こちらの優位性は不変のものとなったこの状況で更に、パー予告だと?そんなもの、初めから勝負を捨てているのと同じではないか?!」


晩冬は素早くアカシックレコードに接続されたゴーグルで翼の行動を先視する。


すると、ゴーグルに映し出されたのは翼が右手のひらを全開に開いた形、すなわち『パー』であった。


「バ、バカなっ。副所長、気でも狂れたのですか?」


晩冬の声色に明らかに動揺の色が見える。


「ふん!どのみち、そちらはゴーグルで私の行動が視えるのだ、隠す必要などあるまい?」


「だがしかし、それでは負けを・・・。」


「言っておくが私は負ける気などない!」


晩冬の言葉にかぶして翼が言い切った。


(これは一体・・・はっ。そうか、チョキを出した私に、おそ出しでグーを出す気だな?何とも姑息な手を!)


晩冬は再びゴーグルで先視する。


だがしかし、先ほど同様に、翼の右手は『パー』のままだ。


(分からない。一体どういう事だ?彼女は確かに、『負ける気などない!』と言った。あの自信はいったどこから?)


「おい。それじゃ、始めるぞ?」


そう言って、大胆不敵な笑みを浮かべる翼。


両者にらみ合って、いざ勝負の時!


「じゃんけん・・・!」


「じゃんけん・・・!」


「ぽん!」


その瞬間、二人の手の上にどこからともなく白い布が降ってきた。


「むぅ?これは一体!」


「動くな、落ち着け!その布は私がサクラに掛けさせたものだ。」


「どういう事ですか?これでは勝敗が目視出来ないではないですか?」


鋭い目で 翼を睨む晩冬に翼は『余興』だと答えて、得意げに続ける。


「このまま私が勝ったのでは、つまらないからな「な、なにを言っている」」


翼の言葉にかぶせて怒鳴る晩冬を制して、翼は更に続ける。


「晩冬。貴様に後出しの権利を与える。その布の中では何度でも後出ししても構わない。自分でOKだと思ったらその布をはずせ!」


「な、先ほどから一体何を言っている。その必要はない」


そう言って、布を取り外そうとした晩冬に


「本当にそれでいいのだな?」


と、翼はニンマリと、うすら笑いを浮かべてプレッシャーをかける。


(ぐぬぬ。何なのだこの女は!アカシックレコードの答えは変わらない。はったりで私の手を変えさせる作戦に違いない。その手にはのるか!)


心を決め、晩冬は一気にハンカチ取り除く。



結果は・・・・。




予告通り、翼の右手は『パー』の形


対して、晩冬は『チョキ』の形


「や、やったぞ!こんなに緊張した『じゃんけん』は始めてだった。例を言わせてもらおう。『元』副所長 殿」


 晩冬は取り巻きの歓声の中、心底うれしそうに翼へに感謝の言葉を送ったその時、


 「馬鹿め、貴様の負けだ私の手を良く見てみろ」


と言い放つ翼。


 晩冬は「何をバカなことを」と捨て台詞を吐いた後、彼女の手に視線を向けて、驚愕する。


 翼の右手は確かに『パー』の形をとっていたが、その横にはも一本の手が伸びていた。


 その手は翼の左腕から延びて、石のようにギュッと拳を握っていた。その形の意味すものは『グー』


 「バ、バカな!こんなの無効だありえない!」


 「バカなのは貴様だ晩冬。じゃんけんに両手を使ってはいけないルールは無い!」


 その場にへたり込む晩冬に追い打ちをかけて


 「貴様の敗因は、固定概念だ。じゃんけんをすると決めた時、お前は私の片手だけの注意に集中した。それに加えて、アカシックレコードを使ったことによる結果の先視で確定された未来を植え付けられたお前は、自分で考える事を止めた。その結果、もう片方の手の存在を見えなくさせてしまったのだ。」


と、得意げに話す翼。


「さすがお嬢様ぁ、卑怯ですねぇ☆」


「おい、その言い方はかなり傷つくぞ。ヤメレ!」


じゃれつく翼とサクラに晩冬はゆっくりと近づき、


 「あなた本当にバカでしたね。私の右手はあなたの右手には勝ったが、左手には負けた。つまり勝敗は 勝1負1つまり、引き分けでしょうが」


 「あ!確かにそうでぇすね」


 「ぬう。ならばどうする、もう一度勝負するか?」


 「いえ、こんなバカバカしい事にむきになっては私のプライドが許せません。今回はあなたに従います」


 「そうか。素直に礼をいう、ありがとう」


 「やった!良かったですねお嬢様ぁ!棚から牡丹餅ですねぇ!」


 「サクラ。さっきから貴様は身も蓋もないことを・・・。」


 「え?じゃ、他人のふんどし相撲ですかぁ?」


 「嫌、そういう意味じゃなくて、、まぁいいや・・・。


 「他人のふんどしを使うのは衛星的にどうなんでしょうか?」


 「いあ、晩冬。貴様ものらんでいい・・・。」


 などと、和む三転子であったが、その時、突如室内の照明が消えた。


 それは僅か3秒ほどの出来事で、すぐに予備電源が立ち上がる音と共に照明は復活した。


  「これはぁ緊急事態ですぅ!」


 周囲の異変にサクラが叫ぶ。


翼とサクラが管理室を占拠してからすでに、三十五分が経過していた。


『Mituka』の運用は基本二十四時間。システムの都合上、三十分運用が停止すると自動で警備棟に連絡が行くようになっている。


 「もう、警備兵が到着したか・・・。悪いがこれ以上無駄な時間を費やす余裕はない。従う気が無い者は床にへばり付いて、神への祈りでも捧げているといい。」


翼はそういうと続けて二人に指示をだす。


「ヨシ。サクラは直ちに防御術式を発動させ、外壁周囲に音響地雷とバリアーを設置して警備隊の侵入を防げ!晩冬は私と選別装置を起動させ、問題の一体を特定する!」


 「了解ですぅ!お嬢様ぁ、何だかちょっと楽しくなってきましたね!」


 「ふぅ。貴様のそういう呑気なところには、心底救われるよ」


 「あん。お嬢様に褒められちゃったぁ~。サクラはお嬢様に一生ついて行きますからね!」


 「バカ!それ死亡フラグだぞ!」





 -----それから更に一時間が経過した。未だ問題の特定には至っていない。


予備電源は四十八時間はもつはずだが、防御術式を維持しつづけるサクラは顔面蒼白で呼吸も荒い。


  魔法の性質上、防御術式は安定した魔力を練らねばならない為、術者には研ぎ澄まされた精神力が要求される。


ことのほか、長期戦になると術者にかかる負担は甚大だ。


「くそ。いったいどの子(株分けした生命の樹)がお父様に影響を与えているの!」


癇癪かんしゃくを起し、デスクを叩く翼。


生命の樹は親株(ここでは御使 大地)の生命力を株分け(命の分配)することによって、転界で顕現している。従って、生命の樹の異常はそのまま親株へも影響を与えるのだ。


「生命の樹の健康状態はセンサーが探知し、常にこちらの選別装置にて管理しております。万が一異常が見られた場合も異常区分とその状態はログに保存されます。その様なログが見当たらないという事は、今回の件は所長と無関係なのでは?」


 「なにもう出来たのか?」


 晩冬は過去ログを三千体分解析した結果をさらりと告げ、翼は信じられないという表情で自身の端末に送られたデータに目を通す。


 晩冬の様子から、簡単に見えるサルページ作業だが、情報漏洩や、第三者による悪意ある介入行為を防ぐため、生命の樹には個々に複数の暗号プロトコルが用いられている。


 その一つを解除しようとするだけで、途方もない時間と技術を要求される。ましてや三千体ものプロテクト解除作業及び、異常成長の解析作業の同時進行など、並の転子ではまず不可能と言えよう。


 そうした事情をふまえた上で、越後谷 晩冬という人物が、いかに有能な『転材』(てんざい)であるかが伺える。(人材の転子バージョンです)


 翼はデーターを『成長アルゴリズム』にインポートして、算出結果をまつ。


 待つこと、おうよそ30秒。算出された『解』に異常を示す回答は無かった。


 「そんなはずは・・・・」


 (無いと言いたいところだが・・・。)


 翼は本心を飲み込むのと同時に、別の可能性を検討しようと、試みるのだが、気持ちだけ焦ってうまく思考が巡らない。



 (一体どうしたらお父様を救えるんだ?!)



 ”『ピコーン!ズキューン!ドカーーン!ゴゴゴゴ!』”


 

 (何か手がかりでも見つける事が出来れば!)

 


 ”『ピロロロ~ドドーン!ズバキャーン!』”



 (何かヒントの様なものでもあれば・・・・。) 



 ”『パパパ~ン♪キャパシンビロボボ~ン♪』”



 「って、やかましいわ!さっきから変な音が聞こえて、まったく集中できないのだけれど?!」 


 と、怒り叫ぶ翼の視線の先には、間延びした顔で彼女を見つめ返すサクラの姿。


 「そこはかとなく、貴様が何をしているのか是非お聞きかせ願いたいのだけれど?」


 「え?何ってこれですよぉ☆」


 すいーっと、差し出されたサクラの両手にはポータブルゲーム機『TSP』(ティ・エス・ピー)が握られていた。


 まるで悪びれた様子も見せずに、上機嫌でほほ笑むお抱えメイドの姿に翼の怒りは一瞬にして最高潮に達し、


 「貴様、緊張感がないのも大概にしろ!」と、叫び声をあげてサクラの手からソレをもぎ取り、力任せに床に叩きつけた。


 「はぁ、酷いですよお嬢様ぁ~ソレ結構、高かったのですからぁ~」


 TSPの残骸を寄せ集めて、涙を流すサクラに翼は追い打ちをかけて、


 「酷いのは貴様だ!この非常事態にゲームとか普通ありえ無いだろう?!晩冬を見習え、無茶を承知で解析を 頑張ってくれているのだぞ!?」


 と、まるで猛獣の遠吠えのようにサクラを一気にまくしたてて、晩冬の方へ指を指す。


 だが・・・・・。


  ”『ピコーン!ズキューン!ドカーーン!ゴゴゴゴ!』”


  翼の意に介さないで、背後では大音声で軽快なBGMを垂れ流して、TSPを愉しむ晩冬の姿があった。


  翼は鼻腔から限界まで大きく息を吸い込み六枚の羽を広げると、 


 1 カメ 「って、貴様もかい!」


 2 カメ 「って、貴様もかい!」


 3 カメ 「って、貴様もかい!」


 4 スーパースロー 「ってぇ~~~きぃ~~さぁ~~まぁ~~もぉ~~か~~ぅい!」

 


  サクラのTSPの残骸を鈍器に見立て、力のかぎり晩冬の後頭部を殴りつけた!


 神の力を上乗せしたその攻撃は、オリハルコン製のデスクをも貫通し、晩冬の身体は上半分をデスクにめり込ませ、背中をしゃちほこの様にぽっきりと折れ曲げてしまった。


 ほどよくして翼は、ちはやぶる身体を落ち着かせて、六枚の羽をしまい。サクラは、めり込んだ晩冬を引き抜いて、お湯を注いだ。


 例の如く、晩冬は蘇り、サクラから頂戴したお湯を浸したハンカチを使って、自分の顔を拭いながら、


 「痛いではないか副所長。私の優秀な頭脳がキミの様なパンケーキの如きスカスカな頭脳に劣化してしまったら、どう責任を取ってくれるのかね?」


 と、晩冬は太々しい態度で悪態つく。


 「じゃんけん勝負の時にも感じていたが、貴様には一度、目上の者に対する敬いの心を叩き込まなければいけない様だな?」


 翼はこめかみに太い血管を浮ばせて、両手の関節を鳴らしている。


 「ちょっとお待ちなさい。あなたは勘違いをしているようだ?」

 

 「ほう。この場に及んでも尚、まだ私をコケにする気か?」


 晩冬は今にも襲い掛かって来そうな翼を牽制して「少し落ち着きなさい」と付け加えてから、説明をはじめる。


  「昨今のゲームハードは非常に優秀で、ビジネス向けのソフトも多数売り上げを伸ばしています。その中で我々転子にとって非常に便利な ソフトがこれです。」


 晩冬はそういって、ゲームパッケージを翼に手渡した。


 「『簡易術式記録ソフト』(かんいじゅつしきろくソフト)?」


 「はい。ソレがどの様なソフトかとざっくり説明してさしあげると、あらかじめプログラムに変換した術式をソフトウエア上で、はしらせてゲームハードを用いて発動させる画期的なソフトなのです」


 「ほう、それは凄いものだな!」


 「ええ、そのソフトの最大の利点は、魔力を練る作業を術者の代わりにハードが行ってくれることです」


 「そうか。それで虫の息だったサクラがこうして元気になったわけか」 


 「はあい。そうなんですよぉお嬢様ぁ☆」


 翼はうれしそうに横から抱きつこうとするサクラを肩肘で押しのけつつ、パッケージの裏面に目を通すと、制作者の中に越後谷 晩冬の名前を見つけた。


 「こ、これはお前が・・・。」


 晩冬は翼の言葉がいい終わらないうちに、照れくさそうに頭を掻いて作業に戻った。


 (そうか。私はお父様を救う事に躍起になって、仲間を見捨てるところだったが、貴様は貴様には関係のないはずのサクラを心配してそのソフトを内密にサクラのTSPへ配布したのだな?何て気遣いのできた男だ!そんな男を殴り倒した私は何と恥知らずな女なのだ!)


 「晩冬、本当にすまなかった、それにサクラも見捨ててすまない!」


先ほどもまでの自らの行いを恥、翼は心から謝罪の言葉を二人に述べた。


 「いえ、副所長に謝罪は似合いませんよ?常に誰に対しても威圧的、それこそがあなた。我らの副所長です。」

 

 「そうですよ?お嬢様はポンコツじゃないと、お嬢様じゃないのですからぁ!」


 「なんだか、解せぬが今は、ヨシとしよう!」


 翼は二人の手を力強くにぎって、感謝の意を捧げた。 ま・さ・に・その時! 


 天井の一枚が外れて、さかさまになった警備兵がライフルの銃口をこちらに向けて、現れた。


 「くっ。ここまでか!」


  翼を含めて、管理室にいるそれぞれが己々の終焉を頭に想い描き、多種多様の感情を警備兵の行動に集約させて息を呑む。 


 警備兵はそんな我らの感情など塵一つも受け入れる隙もみせずに、銃口を向けたまま、ゆっくりとそして周到に、周囲を見回し


 こう、告げた。


 「あの~。キャラクターネーム『Age そして時雨』さん『お嬢様ぺろぺろしたい』さん。前に出てきてもらえます?」


 何か想像していた未来と違う現実がぬるま湯の如く、微妙な空気を漂わせて動き出す。 


 錆びついた人形の様にかくかくとした動きでサクラと晩冬が両手を上げ、警備兵の元へのろのろと投降した。


 「あのさ、お宅ら自分から魔王討伐PTに参加しておいて、攻略最中に勝手にログアウトするとかどういう事?」


 「いあ、あのちょっと急用が出来まして・・・。」


 「わ、私もぉ犬を散歩につれてけーって、マ、ママが下から叫んでうるさいんで・・・・」


 晩冬はまだしも、サクラは一体どういう設定だ? 

 

 「shut up!しゃらぁーっぷんぐぅ~!」


 やけに甲高い声をあげて警備兵は外人のオカマみたいな罵声をあげると、鋭い視線で二人を威圧する。

 

 「あ、いまのぉ下唇を噛んだかんじとってもいいですぅ☆!」


 「ああ、私の部署に英語がダメなヤツがいまして、ソイツに聞かせたィ!」


 「ナニ?高学歴とか、社会人アピってんの?屑ニート死ねやとか、腹の中で見下してんの?」


 警備兵は卑屈なオーラを漂わせて、引き金に少し力を込めた。


 「いや、まったくそういう意味じゃ・・・。」


 「マ、ママが、ママが犬、食べろって下から・・・。」


 「ネトゲは遊びじゃないんだよ!人生掛けてんだよ!次そのキャラネ見たら問答無用でぶっ殺すよ?

覚悟の無い奴は二度とくるんじゃね~!」


 警備兵は半狂乱になって二人を怒鳴りつけると、するりと天井から伸びるロープをたぐり寄せてどこかへ去って行った。

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