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おもてなし

 岡村晴一おかむらせいいち

『風、薫る』では、純粋無垢な浅田志帆あさだしほとあんなことこんなことをして惹き付け『空中パズル』では、中心人物の戸田英司とだえいじに尽く試練をあたえまくった。

 詳しく語るのは割愛をするが《本作》2作品をご拝読されることによって、奴の全貌が手取り足取りで明らかになる筈だ。


 どさくさ紛れに作品の宣伝をちゃっかりとしてる筆者を気にしなくて良い。


『かぜはやんだ』では、奴の一面を好き勝手な世界である《本編》で触れて貰えたら幸いと、いうのが狙いだからだ。


 それでは、今回も知られざる岡村晴一を語ると致そうーー。



 ***



 パスポート要らずで異国に行く、公道を走行する路線バスに手を挙げて停車をさせて乗車する。公共機関を頻繁に利用していると浅はかな夢をいだくを誰もがするわけではないが、実現して欲しいと願うはごく一部だろう。


 岡村晴一がいる世界は狭い範囲であるが、一部がなんでもありだった。


「却下」

 信号機が赤から青にかわると一斉に人々が交差点の横断歩道を歩く。渡りきった街の路で、ひとりの女性が最高音域で言い放すひと言が、目の前にいる男性を卒倒させた。


 派手な状況の筈なのに、通行人の反応は地味だった。つまり、誰もが振り返るどころか立ち止まるさえなく其々の日常を貫く為の動きだった。勿論、男性を“倒した”女性も人々に紛れて立ち去ったのであった。


 同情しようかしまいか考え中。灰色の上下スーツで白のワイシャツに紺色ネクタイ。白の靴下と黒光りの革靴を履いて髪型は黒の七三分け。右手に黒い鞄の持ち手を握りしめて、左手で携帯電話を腰に着けるホルダーに収める青年が、やっぱり見なかったことにしようと駆け足をする寸前だった。


「貴様が紳士ならば、傷つく者を跨いで素通りはするまい」

 男性は、青年のスラックスの裾に掌の爪をくい込ませながら掴んで足止めをさせた。


「知るかっ! 都合が良いときだけ人を担ぎ出すのがおまえのような質だと判断しただけだ」

 青年は足首に絡みつく男性の掌を振り払おうと懸命になった。


「陽が咲く大地」

 男性は、咳ばらいをしながらだったが青年にはっきりとした口調で言う。


「詳しくは、後程だ」

 青年の目付きが鋭くなる。そして、スーツの内側ポケットから手帳を取り出して、筆記具であるボールペンで書き込みをすると、破いた1枚の紙切れを男性の右腕を掴み、掌のなかに押し込んだ。


 〔グリンリバ時間19時。ビッグリーフに来い〕


 男性は紙切れの文字を読むと、くしゃくしゃと丸めて口から緑色の息を吹き、炎を焚かせたーー。



 ***



 太陽が沈んであたりが暗くなる頃だった。

 呑み処《大葉》のカウンター席に座る男性がいた。

 客は男性ただひとり。

 注文をしたウイスキーのロック割りを、黙々と味わっていた。


「いらっしゃい」

 店の引き戸が開く音に、店主の茂吉は威勢が良い掛け声をした。


「茂吉、急な頼みですまないが《夢幻の間》に今ここにいる客と一緒に案内をしてほしい」


 茂吉は来客の依頼に顔を険しくしたが、すぐに「晴の頼みならば、断るなんてしない。心配するな、塩を混ぜた《鬼サワー》を用意する。“奴ら”が《鬼サワー》の匂いでおまえたちの気配を嗅ぎつくなんては絶対に出来ない。ただし、注文は今のうちにすませとくのだ」と、お品書きを差し出した。


「わかった。タッカ、好きなだけ注文をしろ」

 青年は、男性の名を呼びながら茂吉から渡されたお品書きを見せた。


「晴一、おまえが最高と誇る品でかまわない」

 男性は、青銅ブロンズ色の外側にはねる髪に右手で手櫛をすると髪の先を指先で弾いた。


「相変わらず、気障りな奴だな」

 晴一と呼ばれた青年は、笑みを湛えながらタッカと呼んだ男性と目を合わせたーー。



 ***



 ある世界のある場所で、ひとつの家族がなごやかな時を過ごしていた。


「ちがうよ、おとーさん。ヒゴレッドのひっさつわざはーー」

 父親に向かって全身全力で駆けていく男児。しかも、熱々並並の緑茶が注がれている寿司屋で見かける湯呑を両手で持ちながらだった。


 ーーあっちゃああっ!!


 お約束のような絶叫は当然だろう。何故ならば、父親は本当に“熱い茶”を浴びせられたのだからだ。


琥太郎こたろうっ! おやめなさい」

 母親だろう。夕食の仕度の最中で夫と息子の一部始終を見て、息子を叱りつけたのだった。


 琥太郎は特撮ヒーロー番組に夢中だった。しかし、玩具等の品物は大人(特に母親)が息子にとっては危険な道具と変化すると恐れて4歳になった今でも買い与えるをしていなかった。勿論、夫や両家の祖父母にも頭を下げて断っていた。


「わかった。おかーさん、ヒゴイエローのひっさつわざをつくらせてよ」

 琥太郎の切り返しははやかった。


 母親の顔がひきつっていた。

 今度は、食材。母親は、満面の笑みを湛えながら言う琥太郎の申し出に葛藤をした。


 技と、いうより武器。しかも、決まって夫が犠牲になる。

 念のため、夫を見て反応を確かめた。


 ーーお手伝いを称賛するヒーロー番組は、琥太郎にはうってつけだよ。遊びの中でいろいろと学ばせてあげようよ。


 先程琥太郎にお茶をぶっかけられた夫は、髪に茶葉と茶柱を絡ませて濡れタオルを頬にあてながらも目で語った。ように、母親にはみえた。


 もう、苦笑いをするしかなかった。

 子煩悩な夫、やんちゃ盛りの息子。どっちも大切な家族だと、母親は心を擽らせた。


 そして、琥太郎の手によって“究極の武器”が完成した。


「おとーさん、ヒゴイエローのおもてなしわざだよーっ!」

 琥太郎は両手に数えきれないほどのご飯粒をつけたまま、皿の上に乗るみっつの黒いかたまりをリビングルームに備えてある長いすに腰かけている父親のそばへと近づいた。


 父親はかたまりのひとつを手で掴み、口を大きくあけて頬張ると咀嚼した。

 顔色が赤と青が交互になり、立ち上がるにも琥太郎が膝の上にいるためどうすることもできなかった。


「美味しかったよね。次はヒゴブルーのひっさつわざをもってくるねっ!」


 琥太郎の笑顔に父親は頷いた。


 琥太郎が持ってきたのは、どす黒い液体が並並と注がれているガラスのコップ。


「おかーさん、おとーさん寝ちゃったよ」


 父親は、一気に飲み干して長いすに横になっていた。そんな父親の姿を見ての琥太郎が、母親に呼びかけたのであったーー。



 ***



 一方、呑み処《大葉》では、ふたりの男が《夢幻の間》で極秘な内容の話し合いをしていた。


「命は失わないが、かなりのダメージはあたえられる」

「タッカ。俺は、反対だ。子供の純粋さを利用した攻撃は、戦術には取り入れられない」

「子供を利用するのではない。ライスボールのとてつもない塩気で敵の動きを封じ込め、アイスコーヒーのとてつもない甘味と苦味で撃沈させるのだぞ。オカムーラ」


「俺は、岡村晴一だ。おまえと生きる世界は違うが“闘う”目的も違う。機会があれば、また会おう」

 岡村晴一は、座卓に備えてある〔呼んでちょうだい〕と記されてる呼鈴を右手の人さし指で押した。


『どうした、晴』と、何処からかはわからないが茂吉の声が聴こえた。


「『おあいそ』だ、茂吉」


 岡村晴一は、ある夫婦が我が子を愛おしい眼差しで抱く家族写真を見つめながら言う。



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