いっち、いち
物語は、なんでもあり。
犬、猫、ちっちゃいもの。他にもいろいろな人物が世界を越えてぞろぞろと何だかやりたい放題を繰り広げている。そんな好き勝手な情況でもひとりの青年は気にかけることはしていなかった、ように見えていた。
何べんも紹介しているが、青年の名は岡村晴一。くどいようだが、本作の中心人物だ。
ちびり、ちびりと小出し醤油のように奴を取り巻く出来事があることを、誰も気にしていない筈だ。
何故ならば、なんでもありが主体。しかし、そろそろバラけている世界観を集めると、吸引力抜群の掃除機を動かすように筆者がはりきってしまったのであったーー。
***
どこかの世界のある場所で、灰色の髪で背中を丸めている男がズボンのポケットに手を突っ込ませて走っていた。
男は追われていた。止まれば間違いなくやられてしまう、喉が渇いて今すぐにでも水が欲しい。それでも、男は走ることを止めなかった。いちゃついてるイモムシと蜂のような姿をしている生き物を踏みつける寸前で飛翔したかと思いきや、目の前の大木に衝突しても縺れる脚をなんとか地面に踏ん張らせ、走り続けた。
男は振り向いた。追手はいなくなったと、心なしか歯を見せて笑みを湛えた。
「はい、そこまで」
怒りを膨らませての声とともに足首に固い衝撃。男は、おもいっきり垂直に身体を地面に叩きつけた。
「何を仕出かした、バンド」
男が起き上がろうと体勢を調えているところに、誰かが背中にどっしりと腰をおろした。
「どけ、オカムーラ。オレは何もしていない、何もやっていない」
「嘘こけ。逃げるようなことであるは、間違いない筈だ」
「切りつけられてしまう。オレは、断固として拒む」
「ならば、なおさら捕り逃すわけにはいかない。と、いうことでーー」
オカムーラと、呼ばれた青年はバンドと呼んだ男の背中に座りながら重圧を掛けてある方向を見つめた。
「都合よくこいつをおさえてくれた。まだ、その体勢でいてね」
青年が見る先に、ヘルメットをかぶっているような髪型で眼鏡をかけている胸のサイズはAカップだろうの深緑色の機能性があると思われる服を纏う女性がいた。
「何かの昔話でこんな場面があったな」
「蟹を騙した猿は、とんだしっぺ返しをくらう。美味しいとこどりをしたのは臼だった。ね、オカムーラ」
「転送先を誤ったスペルで入力したから、偶然にこいつの真下に飛んできただけだ」
「どっちでもいいわ。だって、わたしのメインはあなたが椅子にしているバンドだから」
女性は冷めた目付きでオカムーラと呼んだ青年に追い払うような仕草をして見せた。
「はいはい。軍指令の5本指に入るお方には、俺だって立ち向かうなんて、できない」
「ふん。指揮官候補といわれていて、突然軍から去った。と、おもっていたら何事もなかったかのように姿を現した。はっきりいって、傍迷惑よ」
「待てよ、フミ。今はバンドに問題重視しているのだろう」
「誤魔化す素早さは、相変わらず。と、見受けたわ。さっさと司令官のところに行きなさい、オカムーラ」
ーー上から目線の行き遅れ。
そんな囁き声に、地底から這い上がった魔物のような形相をして見せたのは青年にフミと呼ばれた女性だった。
俺じゃない。と、青年は苦笑いをしながら首を横に振った。ついでに、右手の人さし指で何処かをさして見せた。
「いい忘れていた。司令官は、本日休暇をとられている」
「わかった、明日以降で都合がつく時間帯に伺う」
「無駄な心配は必要ないよ、休暇といっても自宅で過ごされている。何なら其所までの送りを手配するわよ」
「折角の休暇を台無しにさせたら意味がない。重ねて言うが、明日以降に出直す」
「妙なところで真面目。は、相変わらずね」
「おまえもさっさと任務の続きをしろ」
青年は、バンドから腰をあげるとあっさりと今いる場所から去っていった。
「で、誰が行き遅れなの」
女性は、バンドの背中を踏みつけた。
そのあと、バンドの前髪はぱっすんと切り揃えられていたーー。
***
青年が『相手』と会ったのは、それから1ヶ月後だった。
「『現場復帰』早々の指令だ。頼むぞ、晴一」
「了解。おまえだけだよ、俺の名前をまともに呼ぶのは、な」
「普通の礼儀だ。しかし、こっちはおまえと同行出来ないのが癪でならない」
「仕方ないだろう。上役というのは、口で下位の者を使うのが仕事。そして、恐ろしい役目」
「ああ、おまえのいう通りだ。何べんも現場で動くのが適性と、思ったさ」
『相手』は、逆立つベージュ色の髪を右手で掻き回して青年に苦笑いを見せた。
「バース、おまえだから出来ることがある。おまえだから、俺は今一度動くと決めた」
青年は『相手』に敬礼をすると、まわれ右をしてまっすぐと走り去った。
それから、数分後のことだった。
「司令官。各部隊、出動準備完了しました」
先程まで青年がいた部屋に、軍服姿の男が入って来て『相手』に報告をしたのであった。
しかし『相手』は男をじろりと見ていて、微動もせずに口を閉ざしたままだった。
男は何度も同じ報告をするが『相手』の態度は変わらなかった。
男は右腕に巻く時計を見て、さらに『相手』の顔色を伺った。
「失礼しましたバースさん、各部隊の出動準備が整いました」
「解った。直ちに出動致せ」
「御意」と、男はバースに敬礼をして部屋を去った。
バースがいる部屋は、ある軍の施設の中にあった。
バースは、知っていた。世界を変えて生きるにかつての名はいらないと、去った男の心情を胸の奥に深く刻ませていた。
バースは皮肉にも今の地位に違和感があった。
上に行く。と、いうのは人らしい感情を奪うものだと、恐れていた。
ーーおまえだから、出来ることがある。
バースは、思い出した。先程まで会っていた青年と同じことをいったのは我が妻だと、思い出した。
バースから「ふ」と、自然と笑みが溢れた。彼奴は変わってはいなかった。だから、久しぶりに会った『あの時』も変わらず言葉を交わせた。ご馳走になった珈琲の味の好みさえ、はっきりと覚えていた。
こっそりと置いてきた写真は、今思えば必要はなかった。其処に突かず、触れずの彼奴だった。
バースは指令室にかかげているスクリーンの映像を直立不動の姿勢で見つめてた。
映像は列車、飛行機、船が何処かで発車、出航、出港を今か今かと待機している様子が切り替わって映っていた。
『こちら、レッドアロー号。司令塔、応答をせよ』
バースは指令室に備えてある機材であるスピーカーから聞き覚えがある声に速攻反応して外部につながる通信機の受話器を左手で掴んだ受話器を左耳に押し当てた。
「こちら、ルーク=バース。最終的に車内に異常がなければ、直ちに目的地へと向かって発車せよ」
『了解。それでは、さっそく発車する』
通信は終了して、バースは再びスクリーンへと目を向けた。真っ先に目に写ったのは紅い車体の列車だった。
先頭車両から発車の合図の汽笛が鳴り響き、車体はレールの上で徐行をしながら動き出した。
列車は徐々に速度をあげて、レールに乗る車輪が勢いよく回転をする。
列車は、駅舎を見立てた格納庫から姿を表し3両目、4両目と次々と出庫をしていた。そして、最後尾の12両目が出たと同時に列車は加速をして、飛ばされた矢のようにあっという間に走り去ったのであった。
『レッドアロー号、発車致しました』
スクリーンを見ていたオペレーターが報告をする。
バース目蓋を綴じて、腕を組み安堵の息をはいた。
列車には、部隊を率先する役目で彼奴が乗っている。観光なんてしゃれた目的ではない、彼奴が乗った列車がとうとう走り出した。
スクリーンから列車の姿は消えて、バースは敬礼をした。
彼奴の名は、岡村晴一。またの名を、オカムーラ。
ーーおまえだけだよ、俺の名前をまともに呼ぶのは……。
それぞれの世界で生きる男たちが再び同志となった、始まりの日だったーー。




