海の守護神
僕がこっちの世界、たぶん異世界。てか、異世界に来てから早くも2ヶ月が経とうとしていた。こちらの世界にも季節というものがあるのかもしれない。初めてこの世界に来た時よりも風が冷たくなっている気がした。けれど、寒いというわけではなかった。今、僕は生活の大半を過ごす治癒の庭を出て。僕がこちらの世界で目を覚ました時の海辺でミルフィを待っていた。
愛している人がいるということが、こんなにも幸せなことだとは思っていなかった。僕はミルフィを溺愛していった。また、ミルフィにこの世界のことを少なからず教えてもらった。まぁ、ミルフィも陸上のことはあまり知っているわけではないので、知らない事も多いのが今の状況だ。
ちなみに、食時は木ノ実や野うさぎ、最初は恐る恐るだった蛇。それにミルフィが海の街からもってきてくれる魚が今の主食となっていた。それともうひとつ、この世界に来てから、ミルフィ以外の人魚及び、人間には出会っていない。
太陽が沈みかけた頃、ミルフィが笑顔で僕のところに来てくれた。最近は夕食を二人で、治癒の庭で食べるのが当たり前のことになっていた。
「リュウ!遅くなってごめんなさい・・・待った?」 上目遣いで僕を見つめてくるミルフィが半端なくかわえ~~。
ちなみに、今はミルフィも僕もお互い名前で呼び合っていた。
「いや、全然まってないよ!それじゃ、早速行こうか。ちゃんとつかまっててね。」 実のところ、昼ぐらいからまってるけど、本気で10分くらいしか待ってない感覚だったので、僕は気さくに返答した。
ミルフィは人魚なので陸は歩けない。けど波打ちぎわまでは尾を器用に使い、ここまで来ることができた。そこから治癒の庭までは僕がお姫様抱っこをして行くことになっている。勿論最初はオーバーヒートしそうだったよ。だって、ミルフィが僕以上に照れるので、僕の意識がミルフィに集中して、体温から匂い、尾の鱗一枚一枚まで鮮明に分かるしまつ。どうしようもなかった。どうやって耐えたかというと、ひたすら唇を噛んでいた。
治癒の庭に着いて、ミルフィが鞄の中から布のようなものを僕に差し出してきた。
「ん?ミルフィこれ何」
そう言って、布のようなものを受け取った。
「えと、それはね。私が初めてリュウに合って傷を負ったとき、応急処置で自分の服を包帯代わりにしてくれたでしょ。でも・・ボロボロになっちゃったから・・夜寝るときの掛布にしてみたんだ。これからきっと寒くなるし、風邪ひかないようにと思って。」
そうなのだ、ミルフィが尾に傷を負ったとき、自分の着ていた上の服を包帯代わりに使ったのだった。その後、ミルフィが替えの服を用意してくれるまでは上半身に着るものがなかったのだけど。もしこれが前いた世界だったら変態扱いをされたことだろう。
僕はミルフィからもらった掛布を広げてみた。綺麗な刺繍が施されていた。プロがやったのではないかと錯覚する腕前だった。
「ミルフィ!この刺繍もミルフィがやったの!すごく上手じゃん!」
「ううん、私なんてまだまだだよー。お母さんやおばあちゃんの方がもっと上手なの。」
「えー、そんなことないって。本当に綺麗にできてるよ!ありがとう」
僕は、泣いた。嬉しかった。本当にマジで、心が叫んでいた、言葉にできない言葉を。
そのあとは、いつもどおりに夕食を作った。無論僕も手伝った。こう見えても料理をつくるのが好きなので、少し自身があるのだ。けど、ミルフィとの差は歴然としていたので、僕は椅子に座って料理を作っているミルフィを全力でサポートした。火起こしにも随分慣れたものだった。それと、海の街ではどうやって火を起こすのかと聞いたところ、火の魔力を持った魔具を使用しているとのことだった。この世界では魔力というものが存在しているというのだ。ミルフィによると、陸ではどうか分からないが、海の街では魔力が生活の基盤となっているということだった。
僕は一度でいいからミルフィの故郷である海の街に行ってみたいと思った。
ちなみに、治癒の庭は生活をできるように自然と出来上がったのだろうが、土でできたような壁は本当に頑丈でびくともしない、けれど、治癒の庭の出入り口の至るところに隠し部屋がいくつかあって、そこで料理を作ったり火を起こしたりしているのだ。また当初は真っ暗な通路だったが、僕が治癒の庭を出入りするようになり、道中に蛍光薔薇という植物が咲くようになった。その名のとおり、その植物は明かりを灯して、暗闇を照らしてくれていた。
僕とミルフィは夕食を食べた後、二人で寄り添い合いながら眠りについた。
[ずっとこの時間が続けばいいのにな]と願いながら。それはミルフィも願うことだった。
ミルフィもリュウのことを愛するようになっていた。
*****
「んっ、では皆が集まったので本題に入ろう。」
ミルフィがリュウのところに行っている頃、海の街では一つの議題について、各地の人魚族及び、マーマン、マーメイド、シャーマンの長と巫女が一同にミルフィの故郷に集まっていた。その議題というのは・・ミルフィのことだった。そのことをミルフィが知るのはミルフィが帰ってすぐのことになるが、今現在リュウのとこにいるミルフィは知る由もない。
「メイリア・セントレア・リリカユノハよ。汝の娘が人間の男に恋心抱いているというのは誠か?」
ミルフィの故郷の長、ベルバド・ガルガドスが、長い髭を撫でながら質問した。
「はい。そのとおりでございます。ですが、ミルフィーユはその御人に命を救ってもらったと申しておりました。」
ミルフィの母、メイリアが申し訳なさそうに答える。
「しかしな、人魚族の掟を忘れた訳ではあるまいな。」 ベルバドが語気を強くして言った。
「はい。存じております。無論、ミルフィーユも当初はその人間の男を殺そうと、我が一族に伝わる秘刀、ロストアイスナイフ、別の名を氷河殺斬を手に家を飛び出していきました。」 メイリアはうつむきながら答えた。
「ほー、あのナイフをのー、じゃが、あれはもろはの刃じゃ。おおかた。魔力を吸い尽くされ、暴走したんじゃろ。あのナイフを使えるやつなんてそうそういないよのー。」
独特のなまり言葉が話に割って入ってきた。
「東の海の巫女殿よ、今は口を挟まないでもらいたいのだが。」
ベルバドが一喝したが、東の巫女と呼ばれた老婆はそれを意にも介してしない様子で言葉を紡いだ。
「若い長は気が短くて困るのよーなー。まっ、話を戻すけんども。そこで膝まづいて俯いたままのおなごよ、汝の娘が人間のおのこに恋心を抱いただとーなー。それなら気にすることはないじゃ。そのような心情は時の流れとおなじよのー。わしゃ、もう言いたいことは言ったよーのー。国に帰るとするじゃ。」
東の海の巫女は何十年、いや、何百年生きているのか。今日集まった者の中でそれを知る者はいない。
「あの巫女様は、混乱を招くような言い方しかせんな。」 ベルバドは呆れてそれ以上何も言えなかった。
それから、当初の論点を外れた話も行われたが、最終的にメイリアの娘の処遇についてはその街の長が決めるということでまとまった。だが、ベルバドとしては、同じ種族からの意見をもっと聞きたかっただけに、今回の集いが意味のないものだったと悟った。
そして、ベルバドはメイリアに言い放った。
「メイリア・セントレア・リリカユノハよ。私の娘もかつては人間の男に恋をし、この街から人間と同じ足をもてるようになる秘薬を持ってな、私と、そして今は亡き妻の反対を押し切って人間の暮らす陸へと上がった。その後どうなったかは分からない。しかし、風のうわさで聞いたのだ、人間に恋をした人魚が騙されていたという話をな・・・」
ベルバドの表情は怒りと悲しみが入り混じったものになっていた。メイリアな何も言わずにただ聞いていた。
「して私は、そのたと、そなたの娘には苦しんでもらいたくないのだよ。だから、私は長として、命令する。汝の娘、ミルフィーユ・セントレア・リリカユノハが、人間の男に二度と会わないようにと。汝の娘が帰ったら伝えるのだ。それと、もしこの命令が聞けないようなら。私が直々に、その人間の男を殺しに行く」
ベルバドが今まで誰にも見せたことない怒りをあらわにした。その姿には、その場に居合わせた全員が固まった。これは[海の守護神]と呼ばれるベルバドが自身の娘のことを思い出したが故に、今まで隠してきた人間への恨みが爆発した瞬間だった。