No.Less 春を取り込んだら…。
――あれ? 山守さん?
最近越してきた家の近所の公園の前をコンビニの袋を提げながら俺は通りがかったときに、公園に座る女に気がついた。こんな夜遅くに危ないなぁってしげしげと見ると、同僚というか、隣のチームのリーダー役の山守あゆだったことに気がついた。
――でもなんだか、雰囲気が違うな。
会社ではものすごく無表情で、チームの人間が恐れる山守さんにそっくりな別人だろうかと思うくらいニコニコと笑って、公園の一角を見て何かを飲んでいる。
なんとなく見てはいけないものを見た気がしたが、好奇心に負けて俺は公園に足を踏み入れた。
「山守さん?」
ニコニコ笑いながらブランコをこいでた女がこちらを見上げる。
「あれー。北爪さんじゃないれすかー」
いつもより1オクターブ高い声で答えられた。というか酔ってますね? そう思って少し引いてしまう。ちゅかアンタいっつもお酒飲んでも無表情なのに何これ?
「酔ってますよね?」
「酔ってますよー。えへへ」
なんというごきげんっぷり! こんな山守さんを見たやつがうちの会社にいるのか? いや多分いないっ。
「こんなところでお酒飲んでたら、まずいですよ」
「あーそうなのかなぁー。れもね、わらし、戻れないのね」
「え?」
「いっしょにー。住んでた? 住んでる? かな、彼氏がー、女の子連れ込んでてですね…」
彼女の話を総合すると、年下の彼氏と住んでた(というか、どちらかというと転がり込まれたというのが正解)部屋に別の女を連れ込んでいて、帰ったときはコトの真っ最中で、思わず逃げ出して公園で飲んだくれてしまったと…。
――なんというド修羅場!
そう俺は若干青ざめる。というか山守さん、全然隙が見えないので有名なのに、何でそんな最低男子と付き合ってんだと。そう思ったけども、更なる爆弾が待ち受けてるとは思わなかった。
「もうそろそろ、帰ったらどうです」
「うーん。れも、多分今までの経験からするとー、今晩中には無理らと思う」
「はい?」
「うん。らーからー。多分一晩中なの」
――え? まさか初めての出来事じゃないの?
そう聞くと、無邪気にこくんとうなずいて、Vサイン(2回目ってコトか?)を作る彼女に、俺は頭が痛くなった。
というか、彼女が家賃を払っていて、そこにまず女連れ込むとかおかしいだろ! そしてそれを許容して一晩どこかで時間をつぶすつもりだったとか!!!
「それにー。同じベッド使う気力沸かないれしょ?」
そうさみしくつぶやくと、ブランコの鎖のところに頭を摺り寄せて、首をかしげた。
会社で見る彼女の姿と、今の頼りなくブランコに身を預ける彼女の落差に戸惑いつつも、俺はちょっと同じ男として許せない気持ちがこみ上げた。
「――山守さん、家どこです?」
「ん。あそこらよ?」
多分大分頭に血が上ってたんだろう。指差されたマンションに酔った彼女を連れて行って、部屋の扉を開けた。
その後の修羅場はなんと形容したら言いのだろうか。
あはんうふんって声がする寝室にそっと入って、ばちっと明かりをつけたら、当然驚いて固まる男女。証拠のために用意していたスマホのカメラを使って写真を撮った。その後、女をまず追い出し、怒号で恐喝する男を荷物ごと追い出すのに小一時間。ちなみに俺は山守さんの新たな男認定で、『メス豚』呼ばわりする相手の男のケツを蹴り飛ばして追い出してやった。
山守さんはその騒ぎの間にアルコールが冷めたようで、段々青ざめて『ちがうの、ごめん、みーくん、ゆるして』とか『みーくん寂しかったの、わかってるから行かないで』とか、もうホントダメ女発言続出で、これをいさめるのにも苦労した。
で、そんな疲れきった二人組でローテーブルでお茶を飲んでいるのが現在。俺は泣きじゃくってた彼女をなんとかなだめて、説教である。
「わ、わかってるんですよ?」
「まぁわかってるでしょうね。でもわかってないんだけど」
「うっ…」
「てかさー。いいように使われてただけってわかるよね」
俺は少し呆れ顔で言った。
「そうなんだけど、なんていうか。わかってても、やめられないって言うんですかね…」
「好きだったわけじゃないでしょ?」
本当に好きな男がそんな仕打ちをしてきたとしたら、もっと違う反応するだろうと俺は思っていた。どこか冷静で、現実を受け入れられず、切り離してしのごうとしていた姿を浮かべて俺はそう思った。冷静に切り込んだ俺の顔を見て、少しくしゃっと、瞳をまた揺らした。
「とりあえず、この部屋で寝る気になんないでしょ。まずは掃除手伝いますよ」
そう俺は乗りかかった船で、あいつらが使ってたベッドから色んなものを引っぺがした。洗濯は不要と彼女が言ったから粗大ごみに出せるようにまとめたり、名残を全て消し去るように、彼氏の残していった荷物を一纏めにしてやる。段々と深夜を回っていき、結局最後は二人で狭いリビングで酒を飲みながら、彼女の愚痴やらを聞きながら二人して居眠った。
翌週の月曜日に出社したところを捕まえられて、土日で引越し先を決めたことやら、お礼やらを手短に言われる。金曜日の夜の出来事が嘘のような無表情っぷりだった。
だからなんとなく、彼女に興味を持ったんだと思う。
それから俺たちはたまに呑みに行くようになった。
山守さんは、俺と二人のときはなんだか気が抜けるらしく、酒を飲むと妙に可愛くなる。――というか、幼い行動が目立つ。
彼女の成り立ちって言うのは正直わかんないけれども、男へのコンプレックスと依存度を一度見てしまっているし、会話の端々から本当に自己評価が低いんだろうなーと思ってしまう。
ふにゃっとなってる山守さんは、少しふっくらした容姿とあいまって、こんなに可愛いのになぁ。
姿かたちというか、一歩中に入り込めた後の姿がとても可愛いと感じる。
今日は会社の花見ってことで、大勢の中で飲んだけれども、帰りに同じ方面の二人になった瞬間、彼女がへちゃっとなった。
近所の誰もいない公園で、宴会ではゆっくり見れなかった桜を見ようってことで、俺たちは桜の木の下にいる。おもえば、この公園のブランコで彼女を見かけたことが、彼女を好きだと思うようになったきっかけだったことを思い出す。いつ俺は彼女に自分の気持ちを伝えようかとここのところずっと考えていたことを思い出した。
彼女はフレアスカートを翻しながら、花びらを食べようと、振り落ちる花びらの渦の中にいた。酔っ払った彼女が顔を上に向けて振り落ちている花びらを追いかけて口に入れる。俺はそれを少し離れて眺めていた。
「花びら食べて何が美味しいの?」
「桜餅の葉っぱだって食べるじゃない」
「あれは塩漬けだろう」
「もうー。いいじゃない。春を取りこんでるんだから」
20代半ばを結構超えたいい大人が全くと、少し苦笑するけれども、酔ってこんな風になる彼女を知っているのは自分だけなんだという優越感がそれを上回った。
ただ、くるくると、一人桜の中で舞っている彼女を見ると、桜吹雪にまぎれて消えてしまったらどうしようと思って、思わず足を踏み出して、指先を捕まえた。小さな爪に鮮やかな桜色の爪。俺の不安なんか感じ取りもせずに、キョトンと見上げてくる。
「春を取り込んだらどうなるの?」
あまりの無垢な視線に自分が捕まえようと彼女の手を取ったことを知られるのが怖くなって、先ほどの会話の続きを口にのせた。
「あなたに好きだって言うの」
そうにへっと笑って、彼女が俺の体に自分の身を寄せた。
「山守さん?」
「――ん」
俺の体にしがみついてこてっと眠ってしまった彼女をどうしたものかと、少しため息をついて抱きしめた。
twitterでお題目もらって書くということを、オンノベのお友達とやってるのですがそれの展開系の作品です。
「桜吹雪が舞い散る」設定で「アンクレット」と「指先」という単語を使ったお話で作成したものを、アレンジしました。
みんなこのあとどうなったんや!ってツッコミがきたから書いたのになぜかなれ初め部分を書いてしまったというorz