No.less サロメの首
お月様に投稿した『ヨカナーンの首』の拓也のヨカナーンの解釈です。拓也自身は出てこないので、こちらに投稿させていただきました。
「サロメ」って中学生のときに初めて読んで、あまりの淫靡さにくらっときて以来大好きなお話なんですよね~。
ヨカナーン本当はサロメに惹かれてるだろ!?というすごい斜め上目線で解釈をしてぐふぐふしておりました。
今回その妄想を少しだけ、かけて楽しかったです!
お気に召したらぜひ、お月様のほうもお読みいただければ幸いです≧(´▽`)≦
「あの昏い穴の奥には何がいるの?」
若い女の声が聞こえる。それに答える声は聞こえるが、私の心に響いた女の声ほど明確ではない。しばらくして、警邏が私を引きずり出した…。
久しぶりに、味わう新鮮な空気。
月が青白く輝いている。
ふと芳醇な花の香りを嗅いだ気がして、月から顔を離した。
「――!」
そこに立つのは一人の乙女。
白く小さな爪先が、ドレスのすそから覗いていた。豊かな黒髪にまだ女の色香が身付いていない青い月のような乙女だった。
「お前は誰?」
小さく赤い唇から、言葉が紡ぎ出る。
この地は、ヘロデ王の宮廷。
私は、この汚らわしい宮廷での振舞い方を知っている。
彼の王を、糾弾する。
「お前の声はなんと美しいの」
私の言葉は彼女の中には染み通らず、声のみが彼女の中に残る。
女の正体は、近親相姦の王妃ヘロデアの娘――サロメだった。
「近親相姦の娘よ。私に触れるな」
そう私は言葉を尽くすが、女にはその言葉が届かない。
当たり前だ。
私がその言葉を信じていないのだから。
ひと目、彼女を目にした瞬間に、私は自分の心が捉えられてしまったことを知った。
私は救世主を助けていかねばならないと言うのに。
神の福音を広げるために、私はこれからも、荒野を旅せねばならないと言うのに。
サロメ。
近親相姦の王妃の娘。
サロメ、サロメ。
白く小さく傲慢な今宵の月のような王女。
そんな汚らわしい存在がこれほどまでに美しく、無垢で私を捉えてしまうとは。
私は、むなしい言葉を尽くして、彼女を拒絶しようとするが、サロメの目に映るのは狂恋の光のみ。
その光がどんどんと深く明るくなる。
お互いが言葉を尽くせば尽くすほど、互いの存在が深く絡まりあっていくような絶望を感じる。
甘い甘い、絶望――。
この甘い絶望を自分のものにしたくて、私はさらにサロメを拒絶する言葉を吐く。
サロメは私を手に入れるために、ヘロデ王の前で舞を踊る。神を信じるヘロデ王はきっと私を望んだサロメを殺すだろう。
しゃりん…と細く小さな足くびに通された足環の鈴が鳴る。
しゃりん、しゃりん、しゃりん…!
舞が鮮やかに、激しくなり、彼女の舞が終わる。
見えるのはまだ熟していない、美しい乙女の肉体が透け見える赤い衣のみ。
「私の望みは、預言者ヨカナーンの首のみ…」
残酷に私を手に入れるため、彼女は舞を踊ったのだ。
ヘロデ王が折れた瞬間に、私は勝利の笑みを浮かべる。
ああ。これで、サロメは私のものだ――と。
――神は存在しない。私の中に残るのは苦い恋の味だけ。