No.158 溺れたあたしは目を閉じた
理屈 VS 気持ち、的な。
――けんかをした。
想いが通じ合ってからの彼は、私に甘い。
甘いというどころの騒ぎじゃない…そこが問題というか。今回のけんかもそれが原因。
とりあえず、屋敷を飛び出そうとして、途方にくれる。
彼のものになってからというもの、友達や前に住んでいた場所に逃げ込むと、すぐに彼自身が飛んでくるようになってしまった。
――つまり私には逃げ場がない。
とにかく、今は頭を冷やして、気持ちを整理したいから、見つかりたくない。
見つかると、どうやっても彼の説得に流されて。
自分が思っていることとか、全然いえなくて、連れ戻されてしまうんだもの。
屋敷の裏庭の方をぐるぐる歩く。あまりにも広大なのでそんな簡単には見つからないと思う。廃園のようになっているひっそりとした一角に東屋があるので身を潜める。
彼の価値観に引っ張られたくない。
どうしたらわかってくれるんだろう? 私が彼と一緒にいたいだけで、本当はそれ以外の付属物なんかいらないのに。でも、細々と暮らしているような彼は想像がつかないけど。
どんなときにも尊大で、大きな流れを整えるような彼を好きになったんだもの。
そんな彼を守りたいって思っているのに。
彼の横に立っても恥ずかしくない私でいたいだけなのに。
だから、お蚕包みされるように単に大事にされるのはいや。彼の役に立ちたい。いつも一緒にいられるように、ちゃんと私を保っていたい。
だめだ。全然頭が冷えない。
煮えてきたとしかいえない。
秋の気配が濃厚なこの廃園はとても寂しくて寒いというのに。
彼が好きって言うのは変わらない…というかなんだか毎日、時間ごとにどんどん好きになっちゃうような気がしてる。
それをうまく伝えて、でも私が思っている気持ちを伝えることができるんだろうか。なんだか自信がない。
「やっと見つけた」
突然頭から声が降ってきて、ヒっと身をすくめてしまう。
見上げるとすごーく、それはそれは、ものすごく機嫌の悪そうな彼が私を見降ろしている。
ああ。思った以上に私の居所がわからなかったのね。
彼は自分の計算や読みが外れることを極端に嫌うから。
「なぜ逃げるんだ?」
――ごもっともでございます。
そう言ったら、きっとまたけんかになるんだろうなぁ。
「逃げても何の解決にもならないだろう。貴女はいつも何も言わずに俺の前から消えようとする」
私のすぐ横に腰かけてたたみかける彼。
いつもいつもこのパターン。
また何も言えないまま流されちゃうの?
気持の欠片さえも伝えれなくっていいの?
「……!」
そんな気持ちが盛り上がってしまって、どうにかしゃべらせてって思って、彼の唇に指を押し付けた。そんな親密な行為を私からすることは少ないからびっくりして、彼が黙ってくれた。
「…めん、なさい」
一日必死に逃げてたのと、悩んでたせいか、声が掠れてうまく出ない。
なんとか、こくんと唾液を飲み込んでしゃべってみる。
柄にもなく、ボロッと涙が零れ落ちた。
わかってほしくて、わかってほしくて、どうにかコクンと飲み込んで話しだした。
「私、ずっとあなたの隣にいたいのよ? でも――」
ああ。言葉って無力だな…。
言葉が続かなくて、手を彼から離して彼に口づけた。
そしたら、すごい力で抱きしめられて、後は溺れるような口づけがふってきた――。
ムーンに掲載した『夕闇に、乞い、願う。』に、ちこっと出て来たラナスティが主役だったりします。内容的にR18にならなかったのと、たまたまお題目にぴったりだったのでこちらに掲載しました。