第九十八話『ただ一刀のために』
「な……なんだよ、今の」
秋人がつぶやいた。それが会場すべての声を、代弁していた。
否、動じていない者達もいる。
武瑠やフラウ、南波だ。
「……俊夫、見えたか?」
震えるような声で訊ねるのは綾香だ。その言葉に巌のごとき少年は、辰美を睨むように見ながらうなずいた。
「……かろうじてな。いわゆる居合い道の業だ」
「……あたしには影くらいしか見えなかったよ」
悔しげな声を絞り出し、綾香が拳を握った。
ステージ上では、辰美が抜き身の刀を手にたたずんでいた。
その先には、倒れ伏す小さな少女の姿。
『……これは、なにがどうなったの?』
クリスは思わず素で武瑠に訊ねていた。
その問いに、武瑠はひとつうなずいた。
「簡単に言えば、支倉が辰美の居合いによって斬り倒されたというところか」
言いながら、ステージに立つ辰美を見る。
「……恐らくだが、辰美は最初から居合いで決着をつけるつもりだったんだろうな。それまでの徹底した遠距離戦。そして“スパイラルレールガン”。それらすべてが、この一刀を決めるための布石だったに過ぎない」
それを聞いてクリスが目を細めた。
『……“スパイラルレールガン”は十二分に勝負を決定づける威力があったように思うけど?』
「……辰美自身が言っていたことだが、“スパイラルレールガン”は未完成だそうだ。当然だろう。あれだけウエイトのある技が、相手に当たるはずもない。今回は支倉が迷ったあげくに回避のために防御の低いスタイルを選んだために大ダメージとなったが、防御に優れたスタイルであったなら、今回の四分の一ほどのダメージが関の山だろう。このあたりはスタイルチェンジ型タレントの弱点だな。チョイスを間違えれば自身が追い込まれることになる」
そこまで言って武瑠は瞑目した。
「少し脱線したが、虚仮威しとしては“スパイラルレールガン”は優れている。純粋に高威力で派手だからな。支倉自身、もう一回撃たれれば危ういと踏んだからこそ防御を捨てて極限のスピードを重視して斬り掛かったんだろう。現に辰美のライフは残り一割ほどだ。一刀でケリは着く。が、まさにこの瞬間を辰美は待っていたんだ」
言いながら武瑠が目を見開いた。
「本来、居合いは刀を抜きはなったが最後、相手を斬り捨てない限り鞘に戻ることはない。だからこそ、辰美は確実に斬ることが出来る瞬間を作り出すことに終始したんだ」
黒瞳の少女の言葉に、会場中が静かに耳を傾けていた。
明かされる辰美の戦略に声も無く聞き入る。
八組の面々などは、うつむいてしまっている者も多い。
ステージに倒れてしまった小さな世話焼きの少女は、すでにクラスの皆から好かれる存在であった。
そんな彼女が懸命に戦う姿に、彼らがなにも感じないはずはなかったのだ。だが、今、その少女が倒れてしまった。そのことが彼らの心に重くのしかかっていたのだ。
そんな中、彼女の幼なじみ二人は、ステージ上の小さな姿から目を離さなかった。
ライフバーもすでに無いが、二人はひばりを信じきった目で見ていたのだ。
周囲の目が、すべて終わったと語っていたとしても。
『……ともあれ、勝負はこれで……』
マイクを手にクリスが口を開くが、そこへ声がわり込んだ。
「……だからこそ、辰美の刀は未だに掌中にあるわけだ」
武瑠だ。そしてその言葉にクリスがハッとなり、綾香が目を見開く。慎吾が笑みを浮かべ、琴代が両目いっぱいに涙をためていた。
彼らの視線の先で小さな翼の小女神がモゾモゾと動き出した。その様子を辰美は刀を手に黙って見守る。
そして、手にした日本刀を杖代わりにした翼の小女神支倉ひばりは、ついに立ち上がった。




