第八十六話『俊夫と片菜』
『……す』
マイクを通して、会場に声が通った。しかし、観客の誰もがそれを気にしない。
むろん、マイクを握っている少女自身さえも。
『すごぉ〜〜〜〜〜いっ!!!!』
続いた言葉に応えるように、会場中から歓声が上がった。
『息をも吐かせぬ攻防だよ〜ん!』
「……なかなかに面白い戦いだ。私もエントリーすれば良かったか」
マイクを片手にヘソ出しバニースーツ姿のまま実況席のテーブルに片足を載せたクリスが声を上げた。その横で、武瑠が淡々とつぶやいた。
その口の端が楽しげに歪む。
『おおう。たけぴーも火が着いたようだよん』
「私はたけぴーでは無い」
クリスの呼び方を即座に否定する武瑠。
『ふむん。さて、再度距離を取った二人。ここからどんな攻防を見せてくれるのか?』
「まあ、今の攻防も二人にとっては様子見程度なんだろう。どちらもタレントを使っている様子も無いしな」
『だねい。二人の一挙手一投足に注目だよん♪』
「……なかなかの強敵」
「へっ、光栄だな」
つぶやく片菜に俊夫が応えた。
「……“リミットリリース”」
その言葉に、俊夫が表情を引き締めた。
タレントはとてつもない力を秘めている。油断するわけにはいかない。
「さて、ここからが本番ってか?」
片菜のタレントを見極めんと、鋭くねめつける俊夫だが、何か変化したようには見えない。
訝しげになりながらも構えを解かず、彼女の攻撃に備える。
片菜もすぐに抜き付けられるように構えた。
またもや静かなる拮抗になるかと会場の誰もが思った瞬間、片菜が踏み込んだ。
極低空を滑るように疾しり、その刃が白銀の閃きを曳きながら俊夫の足首へと向かう。
人間は、低空への対処が苦手である。特に足元に関しては、達人ですら対応が遅れることがある。柔道の蟹挟み然り、レスリングの低空タックル然り、マーシャルアーツのローキック然り。
その意味で、片菜のこの攻撃は妙手であったと言えよう。
相手がこの漢でなければ。
腰を落とし、体重が乗っている足が一瞬にして消え失せる。
銀光がむなしく空を切った刹那、片菜の眼前に、赤い固まりが迫った。
後方にあった俊夫の足である。
足首のバネだけで跳躍した彼は、そのまま蹴りを放ったのだ。
それを片菜は頭を強引に振り、体を反転させるようにしてギリギリで避ける……だけでなく、手にした刀を振るった。
伸びた足を狙って刃が迫るが、素早く膝を畳んで逃れると片足で着地し、そのまま彼女の頭目掛けて足を落とす。
大地を砕かん勢いのフットスタンプを転がって避ける片菜。
それを追うように俊夫がフットスタンプを繰り返す。
一見、踏みつけ攻撃などさしたる事はないように見えるが、全身で最も堅いかかとに全体重を乗せて振り下ろすのだ。
その威力は頭蓋骨を砕きかねないほどのものだ。
一撃たりとも食らうわけにはいかない。
転がりながらも、片菜はタイミングを計って膝立ちになって起きあがりながら刀を振るった。
その切っ先が、ちょうど振り下ろした俊夫の足へ向かった。
「……なんとっ!?」
俊夫は声を発して覚悟したが、十分に力が乗っていなかったのか、足を守る具足に阻まれた。
だが。
金属が溶けるような音が響き、具足から煙が上がった。
「ぐおっ?!」
俊夫は顔をしかめながら後退する。
それを見送りながら片菜が立ち上がると、手にした刀から液体が滴り落ち、ステージ上に煙が上がった。
「……こいつは……」
攻撃を受けた際にわずかに減った黄色いライフバーが、ほんの少しずつ減っていく。
「……毒か」
俊夫は体から力が抜けていくのを感じながらつぶやいた。




