第八十五話『静けさと嵐』
「……」
「……」
無言で互いを見る二人。その緊張感は尋常のものではなく、会場にいる人間のほとんどに伝搬しており、平然としている者は一握りだ。
そしてこの二人もそんな一握りの範疇である。
『……いやー、これはうかつに実況出来ないよん』
「……そうだな」
つぶやくクリスに応える武瑠。
この二人はわりと平気なようでなかなかの胆力を伺わせた。
「ね、ねえ。あのふたり位置変わってない?」
少しだけ声を震わせながらあかりが言うと秋人がアッとなった。
「ほんとだ。場所がズレてる」
思わず漏らした言葉に、“ひばり”がうなずいた。
「うん。距離を取ってからもほんとにわずかずつ位置がズレてるんだよ」
それに。と続ける彼女に秋人やあかりはおろか、雪菜や綾香も目を丸くしていた。
「お互いまでの距離が徐々に詰まってきてる」
堅い声で言ったことに、綾香と雪菜が目を剥き、対峙している俊夫と片菜をよく見れば、その距離が縮まってきていることに気づいた。
「……ひばり、よく気付いたな」
少し呆気にとられながら綾香がつぶやいた。
「……うん。自分でもびっくりしてるよ……」
そう答えながらも、ステージ上の二人から目を離さないひばり。綾香もそれにならうように試合へとその蒼い瞳を向けた。
会場は静かであった。だが、誰もが二人から目を離せずにいた。
その中であって、もっとも平然とした様子で見ているのは、焦げ茶色の髪をサイドテールにした少女、東野辰美。
彼女の目には、ほかの人々とは少し違うものが見えていた。
俊夫と片菜をそっくり覆うような球状の空間だ。
俊夫の方が小さく、片菜の方が大きい。
それはふたりの領域だ。
その領域に踏み込めば、たちまちの内に一撃を見舞われるであろう。
それが、徐々に近づいていく。
「…………来る!」
小さく、しかし強くつぶやく。
同時に、ふたりの領域が触れた。
瞬間。
銀閃がひらめき、金属がこすれるような音がした。
抜き付けた片菜の刃を、俊夫の右の籠手が、軌道を反らすように弾いたのだ。
だが、刃は止まらない。
鋭く切り返し、彼へと襲いかかる。それが赤い籠手によって反らされた。
しかし、止まらない。
さらに切り返し、袈裟掛けに走り、すくい上げ、薙ぎ払う。
その全てが、赤い籠手で弾かれる。
が、片菜は止まることなく刃を振るった。振るわれる刃の回転数が徐々に上がっていく。
切り、薙ぎ、袈裟、払い、唐竹、突き……あらゆる角度から、まるで嵐のように銀閃が襲いかかる。
それが……すべて甲高い音を響かせ、赤い壁によって阻まれていた。
そして、斬閃が、俊夫の足にたたき込まれた。
刹那。
俊夫が笑みを浮かべ、両の手が“刃へと”襲いかかった。
が。
跳ね上がった白銀が、彼の首を狙う。
「チィィイッ!?」
この瞬間、初めて俊夫の顔に焦りが浮かび、首を逸らした。
走り抜けた刃は、鉢金を掠めながら空を指し。そこから鞘へと戻った。
「……やるね。こちらの足を斬りにいっておきながら、頸動脈を狙うたあね」
「……」
楽しげな顔に戻った彼に、片菜は応えない。
代わりに、俊夫の頬に赤い線が走った。
片菜の刃、その切っ先が頬を撫でる程度に斬り裂いたのだ。
その血を親指で拭うと、ペロリと舐め、獰猛に笑う。
「……楽しくなってきやがった!」
吼える俊夫に、片菜はなんの感情も灯さぬ紅眼を向けた。




