第七十四話『信じられぬもの、信じるもの』
「いよいよですわね」
「だ、大丈夫? し……シモーヌさん」
緊張気味に握り拳を握るシモーヌの斜め後ろから、小柄で小太りの少年が声をかけた。
斉藤和也。
いつもシモーヌの後ろにくっついてきている少年だが、つねに自信無さげで背を丸めている少年だ。
幼なじみのシモーヌとの付き合いは長いか、その関係はまるで主従のようであり、シモーヌが何かを用を言いつけるのに都合が良いように近くにいるような感じだ。
そんな彼を、シモーヌ自身気がつかぬほどに重用しているのが周囲から見ればよくわかる。
辰美はそんなふたりの背中を見て小さく笑った。
「……私のことよりあなたですわ。最初の試合なんですわよ? 大丈夫なんですの?」
横目で和也を見下ろすようにしながら強い口調で彼に言う。
和也は身をすくませ下を見る。その姿に、シモーヌはため息をついた。
「……もっと自信をお持ちなさい。あなたならやれますわ。少なくとも、あんなヘラヘラした軽薄そうな男に和也が後れを取るなどありえません」
「で、でも……」
ぴしゃりと言い放つシモーヌを、和也は情けない顔で見上げた。その顔が、シモーヌは嫌いだった。
「……私を信じられないんですの?」
「……え?」
シモーヌの微妙な怒りの感情を感じて構えていた和也は、思っていたのとは違う言葉をかけられ、面食らった。
そんな彼を置いてシモーヌは続ける。
「……私は、幼い頃より和也を知っています。その私が、大丈夫だと言っているんですのよ? 和也はそれを信じられないんですのね。残念ですわ」
落胆したかのように、肩を落とすシモーヌに、和也はあわてた。
「そ、そんなことないよ! しーちゃんは、ちょっと怒りっぽいけど、嘘はほとんど吐かないし、約束だってたいてい守ってくれるし、優しくて頭も良いんだ! 信じられないなんて事無いよ!」
「……少々引っかかる部分もありますが、良しとしましょう。その私が言っているのですよ? 和也。なら、なにを恐れる必要があるというのですか。あなたが自分を信じられずとも、あなたを信じる私がいるのです。ならば、あなたは私を信じて勝てば良いだけのことですわ」
「うん……!」
シモーヌの言葉に、和也安心したように笑いながらうなずいた。
それを見て、シモーヌも柔らかい笑みを浮かべた。
ほかのクラスメートがついぞ見ることのできない顔だ。
その様子に辰美は小さくうなずいた。と、隣から小さなつぶやきが聞こえてきた。眼鏡をかけ、黒髪をオールバックにした理系少年、千葉惣一だ。
「……理解できませんね。理論的じゃない。あんな言葉に意味があるとは思えませんが」
「……意味はあるよ」
理解出来ないとばかりに頭を振った惣一に、辰美が小さく応えた。
驚いてそちらを見た彼に、辰美は笑ってみせた。
「信じるってことは、その相手の力になるんだよ。信じてもらえたからこそ頑張れるんだよ」
「……やはり僕には理解出来そうにない」
辰美の言に、惣一は息を吐く。その様子に、辰美の顔が曇った。
「……きっとわかる日が来るよ」
「……必要ありません」
彼女の言葉を切り捨て、眼鏡のツルを押さえる惣一。
「……僕には数式があります。その論理さえあれば、僕には十分なんですよ」
そう言った惣一の顔は、自信にあふれていた。




