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第七十二話『吉田家の事情』


「ひばりには少しやりにくくなっちまったかな?」

 つぶやいて、綾香が額に手をやった。隣の辰美も少し困ったように笑う。

 と、その時、上空のディスプレイが切り替わり、くせっ毛の黒髪をアップにした黒縁眼鏡の女性が大写しになった。理事長の翔華だ。

『さて! これで舞台は大方整ったわ。最後の仕上げとして、特別賞品を紹介するわね!』

 そう言って指を鳴らすと、カメラがパンして赤いカーテンを映し出した。ドラムロールの音が鳴り響き、校庭の生徒も校舎内の生徒たちも上空を見上げていた。

 そして、赤いカーテンが引き上げられた瞬間、皆が呆気にとられた。

「……タカ?」

 呆然とつぶやく綾香。空中に静止しているホログラムディスプレイには、縄でイスに縛り付けられた鷹久の姿があった。




「さてと、そんな訳でこの日が来ちまった」

 教室にて、教卓に手を着きながら言うのは綾香だ。この少女にしては珍しく、その顔には真剣味を帯びている。

 教室内の生徒はひとり足りない。彼女にもっとも近い少年の姿が無かった。

「みんなを巻き込んじまって、悪いと思ってる。けど、やるからには勝ちたいと思う」

 そのことをおくびにも出さずに綾香はクラスメイトたちを見回した。それに応えるように彼らも真剣な眼差しを返す。

 鷹久が賞品になっていることは、すでに学園中に知られていた。より具体的には、勝った側のクラスの代表者が彼を一日好きにして良いことになっている。

 一応鷹久自身は合意しているとのことで、イスに縛り付けてあるのは演出だとか。

 ともあれ、綾香と鷹久の仲の良さを知らない人間はこのクラスにはほとんどおらず、クラスメイトの大半が普段快活なこの少女の心情をおもんばかっていた。

「勝てばクラスのみんなにも得になることもあるしな。出場しない連中も応援をよろしく頼むな☆」

 そう言って笑う綾香の笑顔は、普段より輝きが足りないようだった。




「約束は守ってくれるんでしょうね?」

 場所は変わって特設ステージが設けられた校庭。そのステージ上で、縄でイスに縛り付けられたまま鷹久は翔華に訊ねた。

 当の翔華はと言えば、五枚の投影ディスプレイを凄まじい速度で操作しながら、その黒瞳を彼に向けることなく笑みを作った。

「なーに? 疑ってるの? 大丈夫よ♪ 約束は守るから♪ まあ、あたしとしてはそのまま同棲を続けてもらっても構わないわよ? 面白そうだし、隠蔽にも協力したげるわよ♪」

「……同棲ではなく同居です」

 鷹久は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 事の発端は、綾香との同棲疑惑だ。アパートが焼けてから、鷹久は綾香のマンションに泊まりっ放しだ。

 次の日の放課後から、新たに入れる部屋を探し続けてはいるものの、状況は芳しくない。

 新学期だけあり、学生の受け入れをしているようなアパートや寮はいっぱいでなかなかこれという部屋は見つからず、さりとて都市外縁部にある実家に帰るのははばかられた。

 なにせ都市交通システムを駆使しても、数駅は経なければならない。

 歩いて通えた前のアパートとはくらぶるべくもないのだ。

 さらに、両親に相談してみれば、なぜか今回に限って異様に物わかりが良く、着替えなどが即日綾香のマンションに送られてきていた。

 対応が早いことには感謝したくはあるが、電話口でいい歳をしたおっさんにの生暖かい笑みを見せられては素直に感謝する気も起きなかった。

 そんな風ずるずると綾香との同居が続いたのだが、今朝になって理事長直々に呼び出され、出頭してみれば、綾香と一緒にマンションに入っていく所を写した写真を見せられた。

 ほかに映像もあると言われ鷹久は頭を抱えるしかなかった。聞いてみれば、学園の新聞部と報道部のエースによる特ダネだとか。

 生徒会の監査によって発覚したこれは、すぐさま差し止めとなり、理事長に報告が上がったのだが。

 この理事長が、こんなおいしい餌に食いつかない訳が無かった。

「もったいないわねえ……あんな可愛い従姉との同居なんて、あなたくらいの歳なら諸手をあげて喜ぶもんじゃないの?」

「どこの偏見ですか!? そもそも綾香は家族みたいなもので、そういう対称じゃあありません!! とにかく、このイベントが終わったら、僕の住むところをよろしくお願いしますよ」

「ほいほーい」

 翔華の軽い返事に、鷹久は一抹……どころですまない不安を感じた。

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