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第六十五話『安らぎの時間』


 ブラックコーヒーをご用意ください(笑)


「よっし、できたぞタカ」

 料理を前に満面の笑みを浮かべる綾香を見て、鷹久も笑顔になった。

 あれからふたりで空き部屋の掃除や風呂掃除に洗濯をし、それからふたりでキッチンに立った。

 本格的に泊まるのが初めてである鷹久は、大ざっぱにだがなにがどこにあるのかを綾香に聞きながらの作業となり、ほとんどすべてを二人で並んで行う形になり、なかなかに時間を食ってしまった。しかし綾香はイヤな顔ひとつせずに、鷹久に自宅のことを教えていった。

 キッチンでは二人で並んで料理をしたのだが、綾香の提案で予定していたものとは違う料理を作ることとなった。しかも、メインディッシュは綾香がひとりで作った。

 いま、ふたりの前に並べられているのはそうして完成した料理たちである。

 長ネギと豆腐の味噌汁に、サラダは鷹久の手によるものだ。

 そして、綾香の作ったメインディッシュは、“オムライス”だ。

 綾香は特に料理の趣味もなければ、得意なわけでもない。

 けれども、鷹久は綾香の作るオムライスが好物だった。

 小学生の時分に母に教わりながら作ったオムライス。

 コゲつき、形もいびつなそれを、当時の鷹久がうれしそうに食してくれたのが嬉しくて。

 綾香は特にオムライスの練習をした。

 そして、鷹久が落ち込んだときや何か良いことがあったときにだけ振る舞うようになっていた。

「綾香のオムライス、久しぶりだな。うまそうだ」

「へへ♪」

 嬉しそうに言う鷹久に、思わず破顔する。

「よし、食べようか」

「そうだな☆」

 鷹久に促され、綾香も席に着き、二人そろって手を合わせた。

「いただきます!」

 その言葉を合図にふたりの夕餉が始まった。




 夕餉が終わると、今度は湯浴みの時間だ。

 綾香から先に入るように言われた鷹久は、風呂で一日の汚れと疲れをまとめて洗い流し、鷹久はさっぱりした気分であがった。

 綾香は鷹久が湯に浸かっている間に食器類を片づけ、彼と入れ違いで風呂に入っている。

「……しかし、妙な感じだ」

 ソファに体重を預けながらつぶやく鷹久。急な話だったため彼の着替えがないことに食事の後で気づいたふたりだったが、後は寝るだけなので、とりあえず綾香の寝間着代わりのフリースを借りて着ていた。

 ちなみに下着は無い。コンビニで買うという手もあったが、あまり出かけたい気分でもなし下着無しでいくことになった。

「タカ〜♪ 髪やって〜☆」

 不意に声が聞こえて首を巡らせると、自分の着ているのと同じフリース姿の綾香がドライヤー片手に笑顔でやってきた。

 それを見て、鷹久は苦笑いしながら体をずらす。

 綾香は鷹久の足の間に収まるように座り、ドライヤーを手渡した。

 水分を含んでストレートになった長い金髪を乾かすのはなかなかに大変だ。幼い頃の綾香はそれを面倒がりおざなりに済ましてばかりいたのだが、その状態でくっつかれる鷹久は、パジャマが濡れる目にあってばかりとなった。それに耐えかねてある日「はあ。そんな中途半端な乾かし方じゃだめだって。ちょっとドライヤー貸して。僕がやるから」と言って綾香からドライヤーを取り上げて彼女の髪を乾かしてやったのだ。

 それからというもの、綾香は鷹久がいるときは必ず彼に髪を乾かしてもらっていた。鷹久もそれに慣れてしまい、ふたりの当たり前となった。

 温風と冷風を使い分け、美しい金糸に傷を付けないよう手櫛で丁寧に梳いていく鷹久。その感触に、綾香は気持ち良さげに目を細めた。

 綾香はこの時間が大好きだ。

 なにを話すでもなく、ただドライヤーの音が響き、綾香の金髪を鷹久が梳いていくだけの静かで落ち着いた時間。

 それが、綾香にとって一番心が安らぐ時間なのだ。




 髪を乾かし終えた後はリラックスタイムだ。

「ん〜まい♪」

 プリンの乗ったスプーンをくわえ、綾香が幸せそうに笑う。そんな彼女を見て、鷹久も笑みを浮かべた。

 夕刻に買ったプリンにふたりで舌鼓を打つ。互いに持っているプリンは違うものだ。

「タカ、コレうまいぞ♪ 食ってみろ」

 言いながら自分のスプーンでプリンをすくって鷹久に向けた。彼も気にするでなくそれをくわえた。

「あ、ほんとだ。ミルクの味がいい感じにまろやかさを引き出してる」

 つぶやくように感想を漏らす鷹久に、綾香が「だろ?」と笑いかけた。

 そして綾香が口を開けた。

 それだけで鷹久は苦笑いしながら自身の持つ焼きプリンをすくって綾香に差し出した。綾香はそれを躊躇なくくわえる。

 彼女のみずみずしい薄紅色のくちびるからスプーンが引き抜かれ、蛍光灯の光を反射した。

「うん♪ 定番だけど、焼きプリンもうまいな☆」

 口の中の甘さにうなずき、綾香が笑った。

 プリンを食べ終わったふたりは、それからなにをするでもなくのんびり過ごす。

 テレビをつけてバラエティ番組を流しながらソファに斜めに体重を預けて座る鷹久に、綾香が重なるように体重を預けていた。

 不意に、鷹久がモゾモゾと動き、綾香が不思議そうに彼へと蒼い瞳を向けた。

 すると、鷹久は決まり悪そうにしながら口を開いた。

「……いや、下着履いてないから納まりが悪くて……」

 それを聞いて綾香は得心を得たとばかりにうなずき、小悪魔スマイルを浮かべた。

「はは、それじゃああたしのぱんつ貸そーか?」

「……いや結構」

 綾香の提案を鷹久はにがり切った顔で断った。

 そんなやりとりをしつつ、時間が過ぎていき、どちらからともなくアクビが出た。

「……寝るか」

「……そだな」

 綾香は鷹久の言葉にうなずいて立ち上がると、彼の手を引っ張った。

「……ソファで良いよ?」

 鷹久は不思議そうな顔で綾香に言う。すると彼女は小さく息を吐いた。

「良いからタカがベッド使えよ。今日は大変だったんだから……」

 頭を掻きながら言う綾香に、鷹久は困ったような、嬉しそうな顔になった。

「でも、女の子をソファで寝かすわけには……」

 鷹久が口にした言葉に、綾香は目を丸くした。

 それから少し嬉しそうに笑う。

「……だったらふたりで使うか」

「え?」

「ベッド♪」

 彼女の言に呆気にとられる鷹久。そんな彼を引きずるようにして綾香は自室へ向かった。




 薄暗い部屋の中で、ふたりでベッドに寝転がり、毛布をかぶる。

 一人で寝るには大きいセミダブルのベッドも、高校生ふたりで寝るとなると狭い。必然、ふたりは体を寄せあい、額もつきそうになりながら向かい合いながら寝ていた。

「ねえ綾香」

「ん?」

 不意に聞こえた声に、綾香が応えた。

 鷹久が目を開くと綾香の蒼い瞳が彼を見つめていた。

 暗闇の中でもわかる蒼に吸い込まれそうな錯覚に陥りそうになりながら、鷹久は口を開いた。

「……今日はありがとう」

 紡がれるはお礼の言葉。

 それを聞いて、綾香は笑顔になった。

「気にすんなよ☆ あたしと鷹久の仲じゃん♪」

 彼女の屈託のない笑みに、鷹久の胸の奥からこみ上げるものがあった。

 視界が歪み、綾香の笑顔がぼやけた。

 と、顔に柔らかいクッションが押しつけられた。

 否、綾香が鷹久の頭をかき抱いたのだ。

「……今日は抱きしめていてやるよ。だから、安心して? 鷹久」

 彼の頭を抱きながらなでてやる綾香。鷹久は彼女の胸の中で小さくうなずくと、その背中に腕を回して抱き寄せた。

 小さな嗚咽が、綾香の部屋に響いた。







 翌朝。

 鷹久は、なぜかベッドの下で目を覚ました。

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