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第六十二話『支倉美空』


「……さて、どうしたもんかな」

 支倉邸のリビングで正座をしていた赤毛の少年は、にがり切った顔でつぶやいていた。

 ちょっとした親切心と朝助けてもらったお礼を兼ねて、困っていたようであるひばりに手を差し伸べたのだが、まさか家に上げてもらえるとはこの少年も想像だにしていなかったようだ。

 顔を合わせたのは初めてだし、言葉を交わしたのも初めてなのに、それほど彼を信用したのだろうか?

「いや、違うな」

 いくら何でもあり得ない。軽く頭を振って秋人は息をはいた。

「……どっちかってぇと」

 確認するようにつぶやきながら思考を巡らせる。彼の目から見ても、ひばりは。

「……引き留めようとしていた?」

 口をついた言葉に、秋人自身が驚き、まさかと苦笑いした。

 そうしてから、ふと周りを見回すと、リビングの様子が目に入る。

 とてもきれいに整頓されたリビングだった。まるで“使われていないかの”ように。

 秋人は知らないことではあるが、支倉家では長いことリビングは使われていない。

 父の陽介は仕事でこもりきりのことが多く、ひばりもリビングでくつろぐ習慣が無いためだ。

 故人である母の美空が生きていた頃は、家族三人で過ごす空間ではあったが、今はそれもない。

 そんなリビングを眺めていた秋人は、視界の隅に気になるものを見つけた。

 写真立てだ。

 家族が集まった写真に、ひばりらしき幼い女の子。そして、長い黒髪で微笑む女性の写真だ。

 秋人は特にその女性に引きつけられた。

 華があるわけではない素朴な感じの美人なのだが、童女のようなその微笑みに魅力を感じた。

 立ち上がり、その写真のそばまで行って手に取ろうとしたが、その手が止まった。

「……へえ」

 陰になっていた部分に、まだほかの写真立てがあった。

 どこかの舞台らしき場所に立つ女性とその女性がまだまだ小さい頃のひばりを抱き上げて笑っている写真だ。

 その笑顔はほかのどれよりも幸せそうな笑顔だ。

 そんな写真を見て、秋人は顔をほころばせた。

 と、人の気配に首を巡らせた。そして、姿を現したのは水色のワンピースを着たひばりだ。

「おまたせ。今用意しちゃうから、ちょっと待って……」

 そこまで言って、ひばりは口をつぐんだ。

 秋人がひばりの母である美空の写真を手にしていたから。

「っと悪い。勝手に触っちまって。これ、支倉の母ちゃんか? 美人だなあ。今日は留守なのか? ちょっと会ってみたいな」

 写真を元の位置に戻し、秋人はごまかすように言葉を重ねた。

 しかし、ひばりの反応は薄かった。

「……は、支倉?」

 いぶかしげに声をかける。

 と、ひばりが困ったように笑った。

「……うん。あたしのお母さんだよ? 舞台女優なんだ」

「へえ! 芸能人なんだ! ますます会ってみたいな!」

 ひばりの言葉に、秋人はことさらに反応して見せた。

 対してひばりの笑顔が崩れた。

「……会うのはちょっと無理かな」

「そっか、忙し……」



『死んじゃったから』



 秋人は己の言葉を切り裂いた声冷たい声にぎょっとなった。

 そして、見た。

 なにも映していないふたつのガラス玉を。空虚な笑顔を。

 だがそれは、彼が目をしばたたかせた半瞬の間に霧散し、困ったような笑顔の少女となった。

「わ、悪い……」

 薄ら寒いものを感じながら、少年は謝罪を口にした。

 対してひばりは首を振り、知らなかったのだからと苦い笑みを浮かべた。

 そんな彼女の様子に、秋人の心は千々に乱れた。

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