第六十一話『たった一年の……』
「……意外とショックなもんだな……」
幸いと言うべきか、鷹久の部屋は全焼とまではなっていなかった。
しかし、部屋の半分ほどは焼けており、それを逃れた数少ない私物も水びたしであり、使えそうなものはほとんど無いと言って良かった。
元々テレビやベッド、空調などは部屋に備え付けのものだったので、細々とした私物の生き残り、特に必要と思われるものを確保し立ち尽くす。
消防署の人に聞いたところ、火元は階下の住人のたばこの吸い殻らしい。消防と警察が当人に確認したところ、灰皿に山盛りいっぱいの吸い殻があったそうで、吸い終わったものを消してコンビニへ行っていたんだとか。
正直なところ鷹久はそいつを殴りたい衝動に駆られはしたが、握った拳に触れてきた手の感触に落ち着きを取り戻せた。
殴ったところで焼失してしまったものは戻らないのだ。
それでも。
約一年過ごした部屋である。
鷹久はもちろん、綾香にも思い出はある。
共有している時間が長い二人ならではだ。
「……なあタカ」
「……ん?」
不意に綾香に声をかけられ、鷹久は生返事を返した。
しかし、綾香は構うこと無く続けた。
「覚えてるか? タカがこの部屋を決めた時のこと」
「……喧嘩になったっけな」
綾香の言葉に、鷹久が答えた。その口元には笑み。
「ああ。高校に上がったら家を出るってタカいつも言ってたよな」
「綾香は聞き流してたみたいだったけどな」
鷹久に言われ、綾香がくちびるを突き出した。
「……最初は冗談かと思ってたし、家からそんなに離れないと思ってたからさ」
言い訳がましく言う綾香に鷹久が笑った。
「まあ、とっとと家を出たかったのが大きかったからね」
そう言ってから鷹久はため息をついた。
それを見て、綾香は小さく笑った。
「……シズ姉は相変わらずだもんな」
鷹久には雫という名前の姉が居るのだが、筋がね入りのブラコンであり、過剰なスキンシップが多いのだ。あまりにも過剰すぎて鷹久の方が逃げだしたのだ。
綾香もそんな彼女に妹分として可愛がられている。
余談だが、雫は綾香ならオッケーと言っているらしい。
なにが、とは言わないが。
ともあれ、そんな生活から解放されたいという願いから、鷹久は家を出たのだ。
ところがここで問題が起きた。
綾香に一人暮らしを始めたことを伝えなかったのだ。
春休み中に荷物整理などで忙しくしていたため綾香に連絡し損なったのだ。
綾香も綾香で春休み前半はその広すぎる交友関係の方に注力していたため、鷹久が家を出たことを知らなかった。
「あんな大ゲンカ初めてだったっけ」
「あはは、そうだな」
つぶやくような懐かしむような鷹久に、綾香が笑う。そして、彼の腕に触れるように寄り添い、その金髪を揺らしながら頭を肩に乗せるようにくっつけた。
「それから仲直りして、ここでも駄辺るようになって……たった一年だけど、思い出いっぱいだったよな」
「うん……」
鷹久の肩に頭を預けた綾香が紡ぐ言葉に鷹久がうなずいた。
大家さんが言うには、修繕はせずに取り壊してしまうらしい。
しかしそんなことよりも。
「……今日の寝床どうすっかな……」
空を見上げた鷹久の漏らした言葉に、綾香は顔を上げた。
「あたしんとこ来いよ。無駄に部屋余ってるしさ」
「……とりあえず、今晩は世話になるよ」
綾香の提案に、鷹久は小さく息を吐いた。




