第五十七話『綾香と鷹久』
日が傾き、ひとつの影が伸び始める。
それは、ふたりでひとつの影。
「……はあ」
日の陰りと同じく、癖のある金糸をくすませ、蒼い瞳の少女が息を吐く。
それを見て、彼女に寄り添うように肩をくっつけて歩いている少年が、少女へと視線を巡らせた。
「綾香、どうした?」
「ん? ちょっとな」
彼の声に、わずかに含まれた彼女を案ずる声音に、眉を寄せながら笑う綾香。
その様子に、鷹久は小さく息を吐いた。
「……支倉さんのこと?」
「……うん」
鷹久に言われ、綾香はうなずく。ごまかす気などさらさらない。
「確かに、少し気を張っていたみたいだし、僕らとの間にも壁があるみたいだね」
「……ああ。そして、ひばりはそこから踏み込んでほしくないみたいだった」
絞り出すように、綾香は言う。鷹久はそれにうなずいた。
「そうだね。けど、彼女の事情を知らない僕たちには……」
「わかってる」
諭すように言う鷹久を制する綾香。その蒼い双眸が、鷹久をまっすぐ見た。
「わかってるんだ。けどさ……」
立ち止まり、綾香は空を見上げた。彼女と腕を組んでいる鷹久も、足を止めた。
「……けど、さっき見送ったひばりの背中はさ、とても小さくて、壊れてしまいそうなくらい小さいのに……」
くしゃりと顔が歪んだ。
「すべてを拒絶するみたいに大きく感じられたんだ」
「……」
綾香の言葉にしかし、鷹久は応えない。だが、綾香はそれを気にせず、顔を伏せた。
「……それだけじゃない。ひばり自身すら拒絶するような……」
不意に、綾香の肩が力強く引かれた。
そのまま鷹久の正面へと引き寄せらた。完全に不意をつかれ、綾香は鷹久抱きしめられてしまった。
突然のことに、綾香は体温が跳ね上がったかのように感じた。
「綾香」
耳元で彼の呼ぶ声。優しく、力強い、声。
綾香はそれを聞いて、彼の背中に両手を回した。
それは、我が身を彼に預けるかのような抱擁だった。
「……きっと、打ち明けてくれるよ綾香。それまでは、きみに出来ることをやればいい」
「うん……」
目をつむり、安堵したかのようにうなずく綾香。
それを感じてか、鷹久も軽く笑みを浮かべた。
それが、数瞬のあいだ続いたが、綾香はそっと彼から身を離そうとすると、彼の腕はするりとほどけた。
彼の抱擁は、綾香を拘束するものではない。故に、彼女が望めば何の抵抗も無くほどけるものだ。
綾香は、口に出さずとも、我が意を汲んでくれる従弟の顔を見た。
身長はわずかに鷹久が高い程度。互いの眼がまっすぐに相手の瞳を見る。
「……うん。ありがと、鷹久」
「どういたしまして」
鼻先が触れ合うほどの距離で、言葉を交わし、笑顔になるふたり。
と、綾香が一歩、二歩、三歩と後ろに下がり、くるんと回った。
「よっし! ひばりと友達記念は明日だ!」
空を見上げて拳を突き上げる綾香。
「こうなりゃとことん仲良くなってやる! ひばりがイヤだって言ってもな☆」
そう言って、顔を鷹久の方へ向けながら、綾香は笑顔になった。
夕闇が迫ろうというのに、日が昇ったかのような笑顔だった。




