第五十六話『帰り道』
「……」
誰も通らぬ帰り道を、ひとり歩くひばり。無言で足を進めるその姿は朝、登校するときとは真逆と言っても良いほど静かだった。
「……そだ。洗剤切らしていたっけ」
立ち止まり、きびすを返したひばりはつぶやくように漏らしながら歩き始めた。
学園の東側。そう離れていない場所に存在する商店街は、西側にある繁華街ほど華やかではないが、生活に根ざした商店が軒を連ねている。
ひばりがやってきたのはそんな商店街の方だ。
切らしていた洗剤に加え、いくらかの食料品や生活雑貨を購入し、商店街を歩く。
「……お、重い……買いすぎたかも……」
後悔の色をにじませ、買い物袋を引きずりそうになりながら、道の端っこへと移動していく。
「はあ、どうしよ……」
普段なら、持てる量を考えて毎日少しずつ生活用品などを買っているひばりだったが、今日は少しぼんやりしながら買い物をしていたようだった。
「……はあ。慣れたと思っていたんだけどな……」
思い出されるのは午前中のこと。
風華に発生した問題を解決すべくダイブに挑んだひばりだったが、思わぬ事態が発生したおかげで、とんでもないことになりかけた。
結局、なんとかなったものの、そこでひばりは思い出したくない事を思い出してしまった。
鍵もドアノブも、隙間すらない‘扉’。
風華には何でもないとは言ったが、ひばりはひばり自身が思うよりショックを受けていたようだ。
「……おかあさん」
道ばたにしゃがみこみつぶやいた。
『マスター? どうしましたか?』
不意に、ふところから声が聞こえてひばりはギョッとなった。
聞こえてきたのは風華の声だった。
「な、なんでもないよ? 風華。買い物し過ぎちゃって運ぶのが大変そうだなって考えていただけ」
『……そうですか。宅配業者を手配しましょうか?』
ごまかすように言ったひばりを風華は追求せず、宅配業者の検索を始めていた。
「うん、そうだね。お願い……」
「あれ? 支倉さん?」 スカートの裾を払いながら立ち上がったひばりに声がかかり、彼女は顔を上げてそちらを見た。するとそこには、短くカットされた赤毛が外側に跳ねている、少しつり目の少年が肩にスポーツバックを担ぎながら立っていた。
「沢井君?」
「や♪ さっきぶりだね支倉さん」
不思議そうな顔で彼を見るひばりに、沢井秋人はガキ大将みたいにニカッと笑った。
「しっかし、すごい荷物だよね? 持てるの? 支倉さん」
秋人に訊かれ、ひばりは苦笑いを浮かべた。
「いや、買いすぎちゃって。家まで持って帰れなさそうだったから、宅配業者を……」
「じゃ、俺が持っていってやるよ。家どこ?」
言うが早いか買い物袋に手を伸ばす秋人。
「えええっ?! い、いいよっ!?」
「いいからいいから♪ って重っ?!」
断ろうとするひばりを制しながら買い物袋を両手に持った秋人は、意外と重かったそれに声を上げた。
ひばりは眉根を寄せながら秋人に手を伸ばす。
「液体の洗剤とか、シャンプーや牛乳もあるからけっこう重いんだよ。だからね?」
「いんや、男がやるって言ったんだから必ずやり遂げる! それに支倉さんには、遅刻のフォローをしてもらった恩もあるしな! お礼みたいなもんだよ」
そう言って秋人はひきつった笑みを浮かべながら歩きだした。
ひばりは軽く息を吐き、しょうがないなあという風に笑ったが、秋人はそれに気づかず歩き続けていた。
「沢井君、逆だよ! あたしの家はそっちじゃなくて、こっちだよ!」
言われて秋人は慌てて戻ってきた。
「そういうことは早く言ってくれ」
「ふふ、ごめんね? それから……」
切れた言葉に、秋人が彼女を見た。
ひばりは、そんな彼に笑顔を向けた。
「それから、ありがとう♪ あたしんちまでよろしくね」
花が咲くような笑顔に、秋人も笑って「おう!」と答えた。




