第四三六話『響子と栄史郎の歩みし道』
「……栄史郎……なんで……」
四・六組の本陣で、その少女はヘタリ込むようにしてうつむき、呟いていた。普段は自信の塊のような彼女が、痛々しいまでに悄然としている。
そこへ、赤いラインの入った漆黒の鎧が近づいていった。
『霞さん!』
「……木場くん?」
声をかけられ、霞 響子は顔をあげた。
『霞さん、僕ら《四組》も態勢を建て直して他のクラスに協力しよう。このままじゃあどうなるかわからないし、みんな危険だ。君が一声かければみんな平静さを……霞さん?』
意見を述べていた木場は、響子の反応が鈍いこと気付いて訝しげになった。
『どうしたんだい? 霞さん』
「……ダメ……私……ダメ……」
木場が膝を着いて響子を覗き込むと、彼女は弱々しく首を振った。その様子に木場は小さく動揺した。
いつも自信満々でクラスを引っ張った少女が、脆いガラス細工のようだった。
「……これ……栄史郎が引き起こしたみたいなの……」
『神崎くんが?』
呟くような響子の言葉に、木場は驚いた。
響子はうなずいて続ける。
「……栄史郎……怪物になっちゃって……なんで……こんな……こと……」
『……』
悄然と呟く彼女の姿に痛ましさを覚えながらも木場はマスクの奥で顔をしかめた。現状、四組でクラスを纏められるのは響子だけだ。彼女の強引なほどの手腕に、四組のメンバーは引っ張られてきたのだ。
元々二年四組はあまり仲が良いとは言えなかった。
滝を中心とするグループと、栄史郎を中心とするグループ。
それに、木場や奈良を始めとした個人主義のメンバー。
バラバラだったこれらを纏めあげたのが響子だ。
だからこそ、彼女のこんな弱々しい姿を、木場は見たくはなかった。
「……栄史郎はね? 幼馴染みなの。私の……」
『え?』
唐突に始まった話に、木場は戸惑った。しかし、響子は止まらない。
「……昔はね? 栄史郎は優しくて、気が弱くて、泣き虫で、私がいつも手を引いて上げてた。私がいないとなんにも出来なかったのよ」
聞いてもらわずにはいられないのだろう。響子は話続ける。
「苛められてる栄史郎を助けるのは、私の役目だった。それが嫌だなんて思ったこともなかった。けど、私が夢を……リンクネット技術者で世界一になるって夢を打ち明けた時から、彼は変わっていったの。なら、自分は勉強でも運動でも一番になって、私と同じ世界一になるって」
響子は顔をあげて空を見る。仮想現実の空は、どこまでも高く、蒼い。
「それからの栄史郎は凄かったわ。苦手な運動も、勉強も、人の二倍三倍頑張って、そして誰にも負けないほど運動も勉強もできるようになった」
少し寂しげに、目を細める。
「そのくらいから、栄史郎は自分に自信を持ち始めて、すごい自信家になった。……けど」
はかなげに笑う。
「……けど、本当は優しくて、傷つきやすい繊細なあの頃のままの栄史郎なの……」
その眼にクリスタルの輝きがたゆたう。
「……なのになんで! こんなことっ!」
光が、響子の頬を滑り落ちていった。
「……どうして……」
再び顔を伏せる。そんな彼女を見て、木場は拳を握りしめた。
『なら! こんなところで塞ぎ込んでる場合じゃないだろう?!』
叫んで、木場はフェイスマスクをオープンした。
「……き、木場くん?」
「聞いてくれ霞さん。今ならまだ間に合う筈だ。けど、取り返しのつかないことになる前に、神崎を止めないと彼がどんなことになるかわからない。そんなことにならないためにも、君の力と、クラスメイトみんなの力と、他のクラスの連中の力が必要なんだ!」
「木場くん……」
木場の言葉に、響子の表情が揺らいだ。
「彼が元凶なら、彼を打ち倒せばこの状況を打破できるかもしれない」
力強く言う木場に、響子は喉を鳴らした。
「お願いだ霞さん。立ち上がってくれ。神崎を助けるのは君の役目なんだろ? なら、今するべき事はこんなところに座り込むことじゃない筈だ」
「……」
言われて、響子はあっけにとられた。が、すぐに両手で顔をぬぐい、頬を張って気合いを入れる。
「……ごめん木場くん。目が覚めたわ。うん。私が栄史郎を助けなきゃ!」
「霞さん……」
気合いの入った響子の姿に、木場は安堵の息を吐いた。
勢い込んで立ち上がり、響子は不敵に笑う。
「さあ! やるわよっ!」
気合い十分に、響子は宣言した。




