第四一一話『加速世界』
「またな麗華」
消え行く彼女を見送りながら綾香は呟いた。
「綾香ちゃん!」
「夏目!」
そこへひばりと雪菜が集まってきた。
「すまねーな、あたしのわがままに巻き込んで。これからフラッグの方へ向かうから、雪菜はシモーヌに伝えてくれ」
「承知した」
指示にうなずいて、雪菜が駆け出す。そして綾香はひばりの方を見た。
「ひばりは……」
「あたしも行くよ。ちょっと試したいこともあるし」
ひばりはかぶりを振って笑った。それを見て綾香は首をかしげる。
「試したいこと?」
「うん。見てて……」
綾香の問いにうなずいて、ひばりは目を閉じた。
その右半身はライトグリーン。左半身はオブシディアンブラック。
風が逆巻く。
「……こいつは」
「綾香ちゃん、あたしに掴まって?」
言われるままにひばりの方に手を置く。
風が早さを増し、巻き上がり、すべてを吹き上げる。
そして、ひばりと綾香は宙を舞った。
「……と、飛んでっ?!」
「うう、やっぱり制御が難しい……」
風を纏い、二人は天を舞う。フラッグを目指して。
「ちぃっ……くしょっ!」
ブレた姿が現れ、半瞬後に出現する。天然パーマの茶髪に小柄な体躯。手にした得物は剣の柄のみの二刀流の少女、山岸 楓。
その身を守っていた鎧はすでにボロボロで、ライフも半分近く減っている。
荒い息を吐きながらにらむ先に、対峙するように出現するのは、展開した胸鎧の中央に赤いクリスタルを嵌め込み、肩アーマーを大きく広げ、赤かったラインを銀色に輝かせ、イエローだった単眼を深紅に染めたサイクロップスアーマーを纏う者。
関 慎一郎。
その鎧を変形させた彼が、左手首の軽くスナップさせ、楓を見る。
『……悪いな。お前の手の内は見えてるんだ。お前は俺に勝てない』
「こなくそっ!」
叫んだ楓が加速し、次いで慎一郎も『starting!!』の電子音を響かせて“加速”した。
すべての景色から、一切の色が抜け落ち、すべてが固まった空間で、二人の闘士が走る。
その速度は、楓の方がわずかに早い。しかし、一つ一つの動作に苦労している彼女に対して、慎一郎のそれは抵抗も摩擦も感じさせないものだ。
楓がフラッシュセイバーのトリガーを引き、伸びた光刃を縦横に振るう。しかしそれを慎一郎は何とかギリギリで避け、クロスガンの光刃で切りつけた。
だが、わずかに優速を誇る楓は、その刃を余裕で避けた。
もっとも、空気との摩擦で生じるダメージが、継続的に楓を蝕む。
そして、二人が同時に元の速度へ戻る。時間にしてわずかに一秒にもならない攻防。しかし、加速によって百倍近い速度と化せば、一分近い攻防となる。先程から二人はこのような戦いを繰り返していた。
綾香に先んじてフラッグ付近にやって来た楓は、慎一郎の迎撃を受けた。
手っ取り早く倒すべく、“加速”で仕掛けた楓だったが、慎一郎のサイクロップスアーマーが変形し、自分に匹敵する加速能力を発揮した彼に驚きを隠せなかった。
そして、彼の加速が、自身とは異質であることにも気づいた。彼は、加速で生じる空気摩擦のダメージをまるで受けていなかった。さらには空気抵抗のせいで動きは制限されやすいはずだが、彼は平然と動きまわっている。
「……いったいどういう事よ」
肩で息をしながら、楓は慎一郎をにらんだ。
さもありなん。と、慎一郎は肩をすくめた。
『俺の“加速”は、スタイルチェンジのもんだ。あんたのそれとは、最大加速力が二倍近い開きがある。ほんとなら勝てるわけはない』
そう言って、慎一郎は右の親指で単眼のヘルム側面を、コンコンっと叩いた。
『このアーマーは、“加速”を使うのに最適な性能に“変形”する機能があってな。お前が十全に支えない“加速”を、俺は百パーセント引き出して使えるって訳だ』
「……」
楓の顔が歪んだ。楓の“加速”は、最大で千倍にまで加速できる。
しかし、それは諸刃の剣。
シミュレートされた空気との摩擦抵抗は、容赦無く楓にダメージを与えてくる。そのため、楓は最大でも五百倍程度でしか使ったことがない。
目の前の相手はそれと同等の加速をして、自分が感じる摩擦抵抗や受けるダメージを無視できているなら、それは大きすぎるアドバンテージだった。
場合によっては、“誰も勝てない”可能性がある。
そのことを、楓は瞬時に悟った。
「……やったろうじゃんっ!」
彼女にしては珍しい、気合いを込めた声で、再び加速した。
『starting!!』
同時に慎一郎も加速した。
目に求まらぬ攻防が、瞬時に繰り返される。
そして。
地面に転がるように楓の姿が現れた。
「にゃろうっ!」
がばっと起き上がって、即座に加速しようとした彼女は、身動きがとれないことに気づいた彼女は、背後に浮かぶ赤い円錐にくちびるを噛んだ。
さらに正面にも赤い円錐が現れ、加速した慎一郎がそれを次々に蹴り込んだ。




