第四十一話『闇に潜むものども』
「さて、頃合いでしょうか?」
綾香がひばりの無事を喜んで、彼女を抱きしめるのを見て微笑んでいたアキが、不意に空を見上げながらつぶやいた。
すると、周囲を囲んでいた幾何学模様の壁に亀裂が入り始めた。
「どうやら解除に成功したみたいですね。さすがは翔華さんです」
『だな』
大きくなっていく亀裂を見て笑みを浮かべながらつぶやくアキ。
カヲルもアキの顔の横にディスプレイを展開しながらうなずいた。
程なくして亀裂が幾何学模様の壁全体を覆い尽くしたかと思うと、ひどくあっさりとそれは砕け散った。
「ぐぅっ?!」
突如として、メガネの男の額のあたりの空間がはじけ、彼のかけていたメガネをはじき飛ばした。
その衝撃は、彼の額のあたりにも傷を作り、赤いものがあふれ出していた。
「ま、まさか……私の‘術’が破られた?! アヤカシでもなく、狩り士や魔法士、魔術使いですらない人間ごときにっ?! 龍属の王たる私の術がっ!?」
手で額を押さえ、彼は信じられないという面もちでつぶやくと、その顔に怒りをにじませていった。
すると目が金色に光り始め、瞳孔が縦に細まっていき、上顎と下顎が前方へとせり出していく。
それに合わせるように、肌は鱗に覆われはじめ、歯は鋭くとがり始めた。ひしゃげてしまった鼻の両側からは細く長いヒゲが伸びていき、彼の顔は龍そのものとなっていった。
『おのれ人間!!』
怒りを露わにする彼を見て、女はクスリと笑う。それを聞きつけて、頭が龍となった男は彼女をにらみつけた。
『紗弥!! 貴様、なにがおかしいっ!?』
「いえいえ別に? トカゲの王が作った精緻さに欠ける術式なんて、破られてしかるべきだと思っただけよ? 真人君?」
ニヤニヤと笑う紗弥の言葉に、真人の黄金の瞳が怒りに燃え上がった。
『紗弥ああぁぁあっ!!』
怒りにまかせて雷を解き放つ真人。
紗弥は八方より襲いくる雷を避けずに、その身で受けた。
次の瞬間。
紗弥の立つ場所に、巨大な火柱が立ち上がった。
それが破裂するように破られると、金瞳銀髪となり頭から獣耳を生やし、狐の尾を八本生やした紗弥の姿が顕れた。
ボンテージスーツの上にレザージャケットを羽織り、デニム地のショートパンツを履いている。
しなやかに伸びる脚は網タイツに覆われ、足元はショートブーツ。
黒い革手袋をつけた右手には、日本刀。
黒光りする凶々しい籠手を填めた左手には銃身とストックを切り詰めたショットガン。
手にした武器から妖気を立ち上らせながら、紗弥は薄く笑った。
「なんならケリを着けましょうか? 真人君?」
『ケダモノ風情が調子に乗るなよっ!! 魔器を三つ四つ持ったところで龍の王に勝てると思うてかっ!!』
言うが早いか、真人の体は央華の制服を引きちぎりながら太く、長く伸び始めた。
と、いきなり突風が吹き荒れ、ふたりは身をすくませた。
「…………やめろと言ったはずだ」
強大なまでの妖気にあてられ、二匹の大妖がその身をすくませた。
真人と紗弥を以てして、恐怖を感じさせるほどの妖気。
世界を凍てつかせんばかりのそれに、二人はのどを鳴らした。
「……今回はしくじったが、まだまだ機会はある。周到に仕掛けよ。必ずや巫女と霊地を手に入れるのだ」
『ハッ』
男の言葉に、真人と紗弥は頭を垂れた。




