第四話『登校! 央華学園!!』
『央華学園』。
その学び舎はなだらかに続く坂道の上にあった。
そこは街の中心地にある小さな丘のようなところであり、北側の山々を除けば街全体を一望できる。
東側を見れば、いくつかの河川を備えた平野部が広がり、それを南側に転ずれば、巨大な人工湖が見える。
西側を見れば、生活に重要な幹線道路が向こうへと続いていた。
見ればわかるとおり、『央華学園』は、比喩でもなくこの街の中心である。
『央華学園都市』。
それがこの街の名前だ。
開発計画自体が『央華学園』の存在を中心に計画されており、すべてが“計画通り”に開発された街。
それが『央華学園都市』だ。
その中心たる『央華学園』に所属するのは幼稚部から大学部まで併せて約一万人以上を数える生徒たち。
近年では『央華学園都市』のメインスポンサーである『七つ龍』目当てで外から流入してくる者も多く、総人口十万人を数える街の人口も年々増加しているらしい。
『央華学園』への入学希望者も増加の一途を辿る一方だ。
そんな学園には特徴があった。
最先端技術の試験校。むろん、街全体にもそれは反映されている。
「もう! 慎吾のせいで朝から大変なめに遭ったよ」
「俺のせいかっ?! ちげぇだろっ?!」
「ふたりとも喧嘩はやめよーよー」
学園に続く坂道。特徴的な体躯の三人が、学園目指して歩いていた。
ひとりはまるで小学生のような体躯に『央華学園』指定の制服をまとった長いポニーテールの少女、支倉ひばり。
いまひとりはやはり高校生と呼ぶには首を傾げるような体躯にバサバサの黒髪。ワンパク小僧と評した方が良いような少年、牧野慎吾。
そして口論する二人の後に続くのが、その二人が見上げるほどに長身で大柄な少女、如月琴代である。
この三人は、小等部からのつきあいがある幼なじみであり、家も近所なせいかすこぶる仲が良かった。
とは言っても、慎吾とひばりは喧嘩の絶えない仲でもある。
「慎吾がきちんと朝起きないからでしょ? 毎朝起こしに行くあたしの身にもなってよ!」
「頼んでねーし。だいたいひばりはいちいちうるせえんだよ。うちのお袋より小言が多いなんざほんとに小姑じゃねえか」
「またそれを言う! 言われる慎吾に問題があるんでしょっ!」
「んだと!?」
足を止め、往来でにらみ合うふたり。それを見て琴代がオロオロし始めた。
「やめてよー。ふたりともケンカは良くないよー。ぐすっ」
琴代が鼻をすすり始めたのに気づき、慎吾もひばりもハッとなった。
「こ、琴代! 泣くな? 喧嘩なんかしてねーから。な?」
「そ、そうだよ琴代ちゃん。あたしたち仲良し幼なじみだよ? 喧嘩なんかしないよ?」
焦ったように言い募る二人に、琴代が首を傾げた。
「……ほんとに?」
『ほんとほんと』
異口同音。必死に琴代をなだめるふたり。それを見た琴代が曇り空から顔をのぞかせたお日様のようにぱぁっと笑顔になった。
それを見て胸をなで下ろすひばりと慎吾。琴代が本格的に泣き始めると、ぐずる幼稚園児をなだめるより大変だからだ。
そんなふたりの胸中を、知ってか知らずか琴代は笑顔のまま口を開いた。
「じゃあ、三人で手を繋いで学校行こう♪」
『え゛っ?!』
琴代の提案に固まる二人。
「い、いやそれは……」
「さ、さすがに高校生だし……」
お互い軽く目配せをしてから回避を試みる。
が。
「……イヤなの?」
みるみる顔を曇らせる琴代。いまにもどしゃ降りになりそうだ。
「う、うぐ……」
「そ、それは……」
なかなか返事を返せない慎吾とひばりに、琴代のまなじりに透明なものが溜まり始めた。
結局、二人は断りきれずに琴代を真ん中にし、手を繋いで登校を再開することになった。
「タカ〜、めんどいよ〜。バイクで来よーよぉ」
「……高等部はバイク乗り入れ禁止だよ」
学園への坂を鷹久に引っ張られるように上りながら不平を垂れ流す綾香。
イヤな顔もせず、いちいち応じる鷹久も律儀なものである。
「何で禁止なんだよ〜」
「それが校則だからだよ」
唇をとんがらかせて文句を言う綾香に、鷹久はアクションコマンドで空中投影ディスプレイを呼び出し、校則部分を表示したそれを綾香の方へ放った。
目の前に落ちてくるようにして顔の前に静止したソレを、綾香は鞄を持った手で地面に叩きつけると、足で踏んづけた。
「フンだ」
ふてくされるように鼻を鳴らした綾香に苦笑する鷹久。
すると綾香はそれが気に入らなかったのか、ムッとなった。
が、すぐにその顔が小悪魔を彷彿とさせる笑顔になった。
そのまま足を早めて鷹久に並ぶと、自分の左腕を彼の右腕に絡めた。
「お、おいっ?!」
突然の綾香の行動に、鷹久は慌てふためいた。
なにしろ周囲にはほかの生徒の目もあるのだ。
しかし、綾香は気にした風でもなく鷹久に笑顔を向けてきた。
「いーじゃんいーじゃん♪ 従姉弟同士なんだしさ☆ 恥ずかしい事なんてなんも無いじゃん♪」
「いや、思いっきり恥ずかしいでしょ?! こんな羞恥プレイしている人なんて他に……」
さすがに語気を荒げる鷹久だったが、その言葉は最後まで続かなかった。
呆けたような彼を訝しんだ綾香が、その目線を追って、その蒼い視線を転ずると、そこには、大柄な少女に手を繋がれて真っ赤になった小さな少年と少女の姿があった。