第三十六話『海と剣』
「くっ?!」
掌中の柄より伝わる衝撃に、綾香は顔を歪めた。
確実に相手を捉えた一撃。
タレント‘ミラージュステップ’による“虚像と実像の入れ替え”能力を駆使した見事な一撃だ。
どれだけリアルであろうとも、リンクネット内はデータの集合体にすぎない。
チューナーがまとうアバターにしても同様だ。
‘ミラージュステップ’は、その独特のリズムとステップにより、アバターの外観データと実体データの位置情報をずらす効果がある。
さらに、外観データの挙動によって生じた状況を実体側が確認し、行動の補正を行うことにより、疑似的な未来予測行動がとれる。
外観データと実体データの時間差は0コンマ以下とはいえ、わずかな補正ならば出来ないことはないのだ。
そんな能力によって達成できた一撃である。
が、その感触に顔をしかめる綾香。
彼女が繰り出した胴をなぎ払う一撃はしかし、相手のホワイトシルバーの装備にすら、その刃を突き立てられていなかった。
無機質な光沢の‘A’のイニシャルが揺らいで消える。
そして手にした得物は、ハンドガンから金属製の六尺棍に変化していた。
それを、全身を白銀に染めた銀闘士が両手で構えて旋回させ、綾香に向けて振り降ろした。
しかし、綾香も黙ってそれを受けるわけも無く、残像を残しつつ距離をとった。
それを追撃せんとする銀闘士だが、そこへアキのカウンター攻撃が入った。背面に装備された二門の巨砲がせり出し、雷光のごとき粒子ビームを撃ち放つ。
回避は間に合わないと判断したか、銀闘士は足を止めて両手で鋼鉄の六尺棍を真一文字に構えると、その雷を受け止めた。
豪雷が、銀闘士を吹き飛ばさんとばかりに鋼のロッドごと彼女を押し包もうとする。が、銀闘士も腰を落とした体勢でそれに対抗した。
その雷撃の威力に、受け止めた武器ごとすさまじい勢いで全身が押されて後退していき、両の足が大地を削り取るかのようにえぐっていく。
やがて、雷神の一撃が止んだとき、銀闘士は片膝を着いた。
手にした鋼棍は真っ赤になって溶けかけており、銀闘士の白銀の衣装もボロボロになっていた。
一方で、それだけの砲撃を行ったアキは追撃を行う素振りも見せない。そんな彼女の横に、綾香が肩で息をしながらやってきた。
「ぜっ、はっ、すっげぇ……威力じゃん……」
「私のアバターのタレント‘エナジーバースト’です。光学兵器タイプツールの威力を、約二倍に引き上げてくれるんですが……。倒し切れませんでしたか」
綾香に答えながら、アキは渋面を作った。
‘エナジーバースト’は、高威力のタレントだが、一度使うと24時間使用できなくなる。
また、使用した兵装ツールのデータも破壊してしまうため、その兵装は二度と使用できなくなってしまうような諸刃の刃を持っていた。
そのことを綾香に説明すると、彼女はどこか納得したようだった。
綾香の‘ミラージュステップ’も、瞬間的に極度の集中力を必要とし、慣れていない綾香はすで肩で息をするほどに疲労していた。
むろん、これは体力的なものではなく精神的な疲労だ。
「あたしも、もう何回も使えないな……けど!」
軽く息を整え、銀闘士を見やる綾香。その蒼いまなざしの先には、大ダメージを受けた銀闘士の姿。
ぼろぼろになった姿にひばりの顔が重なり、罪悪感がこみ上げるが、それをふり払うようにかぶりを振った綾香は手にした大剣を構えた。
そのとなりで、アキもガトリングガンを構える。
「もう、終わらせるっ!」
「ええ!」
走り出す綾香。それを援護するように、アキのガトリングガンがけたたましい機関音とともに火を噴いた。
その先で立ち上がった銀闘士の色が、澄んだ水色のクリアブルーの右半身と、バイオレットの左半身に染まり、六尺棍が日本刀へと変化した。
浮かぶイニシャルは、‘O’と‘S’。
そして響きわたる電子音。
『It`s Overdrive Ocian!!』
そして、水色と紫の剣士が一歩踏み出しながら右手を真横に大きく払うと、大量の水が噴き出し、ガトリングガンの弾丸を飲み込みながら綾香とアキに襲いかかった。ついで左手の日本刀が跳ね上がって蒼い衝撃波を放つ。
水流に飲まれて動きが止まったところへと衝撃波が撃ち込まれた二人は為す術もなく転がった。
「くっそ、コンマ五秒程度じゃ虚像と実像が諸ともに攻撃を食らっちまう……」
「くっ。装甲が……」
綾香はとっさにミラージュステップを使い、アキは持ち前の重装甲でダメージを最小限に押さえたものの、大打撃を受けたことには変わりがなかった。
そのふたりの目の前で、剣士の右半身が真っ赤に染まったかと思うと、陽炎が立ちはじめた。
「……おいおいマジかよ……」
「なるほど、身体活性化ですか……」
二人の目の前で、絶望的な光景が展開された。陽炎をまとった剣士の傷が、みるみるうちに修復されていくのだ。
しかし、それを見てなお、綾香は不敵に笑ってみせた。
「上等だ。今度は回復する暇なんて与えねえからな」
「んぅ? なに? どうしたの?」
『マスターっ!♪』
目をこすり、小学生と見間違うような小さな少女、支倉ひばりが身を起こし、彼女を主と定めたファミリアの少女が歓声を上げた。




