第三十三話『タレント』
暗い……暗い闇の中で、彼女はそれに浸るようにして眠っていた。
そこへ、ひとつの光の粒が雪のようにひらひらと舞い降りてきた。
それが彼女の頬に触れ、膨らみ上がるように変化し、人型となった。
『マスター、マスター! 起きてください!』
それは17cmほどの大きさのサイバーファミリア。ひばりの相棒である風華だ。
闇に浸るように眠る女の子、支倉ひばりの顔の横にヒザを着き、小さな手でひばりの頬をぺちぺちと叩く風華。
しかし、ひばりは身じろぎすらしない。
だが、それでも。風華はあきらめずにひばりの体を揺り動かし続けた。
「よ……っと」
密着するかのような間合いに踏み込んだ綾香が、棍士の腕を取り、その間接を極めながら背中に回り込んだ。
「わるいな。あたしはこっちの方が得意なんだ」
言いながらヒザ裏に一撃ずつ入れていく。
「……!?」
突如としてヒザから力が抜けてひざまずいた棍士を、そのまま地面に押しつけるようにして押さえ込む綾香。
「これでどうだ!」
間接を極めつつ、重心を押さえながら言う綾香。
その下でゆがめられたひばりの顔に、綾香が顔をしかめた。
「……気分良いもんじゃないな。アキ、どうする?」
つぶやきながらアキへと顔を向ける綾香。
対してアキはゆっくり近づいていく。
「そうですね。でも、やはりフェイルセーフ機構を発動させるのが効果的です。理由は二点」
良いながら指を二本立てるアキ。
「まずひとつは、強制リンクアウトは優先機能とされてますから、この状況でもリンクアウト出来る可能性は高いです。それに私たちが倒されてリンクアウトしてしまうと、この場にはひばりさんだけになってしまいますし」
「確かに気絶したひばりだけ置いていきたくはないなぁ」
アキの言葉に眉根を寄せる綾香。それにアキも同意するようにうなずいた。
「はい。で、二点目なんですが、仮にリンクアウト出来なかった場合」
続くアキの言葉に、綾香がその蒼い眼を鋭く細めさせた。
それに込められた意味を理解しつつアキは言葉を続けた。
「保護機能が働いて、ひばりさん自身の精神を護ります。これは事故対策で付けられている機能で、どんな場合でも優先的に発動します」
「……つまり、倒しきった方が安全なのか?」
「はい」
訊ねた綾香にアキは力強くうなずいた。
そこまで聞いて、やっと綾香は表情をゆるめた。
「物騒な仕様だと思っていたけど、そういう訳か」
「まあ、クラッカー相手でも廃人を出したり、心理後遺症を残したりはしたくないですから。それに、学生が使うんですから、安全には気を使った設計になってますよ……っ!? 綾香さん!」
空気が和んだ瞬間、アキが鋭く叫んだ。見れば、棍士の左半身が黒く、右半身がサンライトイエローに染まるところだった。
「なにを……っ?!」
するつもりだと言う前に、黄と黒の闘士の右腕が光に包まれたかと思うと、そのまま光の腕が長く伸び、蛇のような動きで綾香に掴みかかった。
「くぅっ?!」
綾香はとっさに彼女を離して距離をとりながらアキの横までやってくると、歯噛みする。
「マジで何でもアリだな!」
「アバターの‘タレント’だとしても、かなり強力な部類ですね」
「‘タレント’?」
アキのつぶやきに、綾香が耳ざとく反応する。
アキは、しまったとばかりに顔をしかめたが、すぐに決心して口を開いた。
「‘タレント’は、アバター作成時にそのアバターに付与されるギフトです。種類はかなり多い上に既存のモノから新たなものを生成するようにプログラミングされてますから、どのくらいの種類があるかは把握できてません」
「あたしにもあるの?」
横目でアキを見ながら訊ねる綾香。対してアキは軽く首肯した。
「あります。ただし、能力の強さは、それこそピンからキリまでありますし、そもそも使いこなせるか……」
「教えてくれ、使い方」
アキを遮るように言った言葉には、決意が秘められていた。
アキは軽く嘆息した。が、すぐにうなずいた。
「わかりました。まずは……」
アキが説明を始めた瞬間、光腕が二人に向かって伸びてきた。
素早く左右に散ってそれをやり過ごすふたり。
そのまま腕がアキを追撃するが、彼女は大砲で牽制しながら言葉を紡いでいく。
「まずは、ファミリアにリミットリリースの要請をしてください!」
「セレーナ!」
アキの言葉を聞いて、即座に相棒を呼び出す綾香。
『ああ!』
対してすぐに返事をするセレーナに、綾香は命じた。
「リミットリリース要請だ! セレーナっ!!」
『リミットリリース要請受諾!! パスワードを!!』
「パ、パス……? 知らねーぞっ?! そんなのっ?!」
セレーナからのパスワード要求に慌てる綾香。たが、そこへ声がかかった。
『あなたのリミットリリース認証パスワードはコレよっ!!』
いきなり聞こえた声に面食らう綾香。その目の前に、ノイズだらけながらふたつのウインドウが開いた。
「り、理事長っ?!」
『やっとつながったわ。状況はわかってる。パスはとなりのウインドウよ。そしてっ!』
リンクネットの外で、理事長こと翔華がEnterキーを叩いた。
その瞬間、アキと綾香が光に包まれた。




