第三一三話『巨人』
「おいおいマジかよ……」
「これは……」
「なんという……」
「冗談っしょ?」
綾香と鷹久が呆然と、雪菜が愕然と、楓がひきつった笑みを浮かべながら彼を見上げた。
『ハハハハッ! 踏みつぶしてやるぜっ!』
その声は、三階建ての建物から振ってくるようだった。剛の体は縦も横も奥行きも、五倍ほどに巨大化していた。百八十であった身長が九メートルにまでなっているのだ。
その姿は別の場所からも見えた。
右翼でも。
「な、なんですのっ?!」
「大きい……」
「桑原がタレントを使ったか」
左翼でも。
「な、なにあれっ?!」
「ほんとかよ……」
「おっきいねえ」
「へえ桑原君タレント使用に踏み切ったんだ」
それぞれが巨大化した剛の威容に息をのんだ。その隙をついて、アバターの一体が綾香へと槍を突き出した。
それをトンファーのような大型ナイフが弾いた。
「綾香! 動いて!」
「?! 悪いっ!」
カバーしてくれた鷹久からの指示に、綾香は即座にタレントを発動させ、無数の選択肢をチョイスし虚像を作り出す。
それを皮切りに、雪菜と楓も走った。
周囲の十組アバターが、彼女らを包囲せんと動き始めたからだ。
そうはさせじと綾香と楓が攪乱する。だが、巨大化した剛が腕で薙ぎ払うだけで虚像は何十体も破壊され、楓も離脱を余儀なくされる。
なにせ、腕を振り回しただけで圧倒的な攻撃範囲を作り出せるのだ。
「ちっくしょ!」
「冗談じゃないってさぁ!」
楓も避けるのに距離が必要となれば、“瞬時加速”では荷が重い。“瞬時加速”で移動できる距離はせいぜいが一メートルだ。
攻撃範囲が広いということは、“瞬時加速”で避けるのは難しくなり、必然的に通常の“加速”を使わざる終えない。そして、“加速”使用時に発生する身体負荷は、決して軽視できるものではないのだ。
「……」
鷹久は、周囲の様子を素早く観察した。
先ほどの倍になった敵アバターは、序々に包囲の輪を作り上げ始めている。
「……綾香」
「なんだ? タカ」
虚像を曳いて、綾香が鷹久の間近に実体化した。そんな彼女を見て、鷹久はひとつうなずいた。
「綾香は山岸さんと攪乱を続けてくれる? その間に、僕と黒崎さんであの巨大アバターを倒す!」
言いながら剛の攻撃を躱すふたり。
「……やれんのか? タカ」
「難しいよ、きっと。けど四人で掛かるのは良い手じゃ無いと思う。僕らがあいつに掛かりきりになったら、ほかのアバターは両翼や後方へ向かうと思うんだ。それじゃあ周りへの負担が大きすぎる。ほかのアバターを攪乱して足止めする人間が絶対に必要なんだ。だから頼むよ「
「……わかった」
鷹久の言葉に、綾香はしかめっ面になった。が、すぐにうなずいた。
「じゃああいつはタカと雪菜に任せるよ。楓! 雪菜!」
綾香に呼ばれ、ふたりは素早く集まってくる。
「なによ。忙しいんだけど?」
「用件は何だ?」
口を開いたふたりに軽く説明する。と、剛の足が頭上に迫った。四人は即座に散らばった。
打ち合わせをする暇もない。
が、楓と雪菜の視界内にメッセージがポップアップした。今の間に、互いのサイバーファミリア同士でメッセージのやりとりをしたようだ。
楓と雪菜は視線を交わしてからうなずいた。
「んじゃ夏目! やるわよ!」
「吉田! 行くぞっ!」
二人の声に、綾香と鷹久がそれぞれ走り出した。




