第三話『S・M・L? いいえ、SS・S・LLLです♪』
「おはよーございまーす!」
自宅を出たひばりは、そのまま隣家へやってきていた。
未だに惰眠をむさぼっているであろう幼なじみの少年、牧野 慎吾をたたき起こすためだ。
ひばりが挨拶して少しすると、少々ツリ目気味で癖のある赤茶色の長い髪の女性が顔を出した。
慎吾の母、香津美だ。
「お? ひばりちゃん今朝も早いねえ。さあ、あがってあがって。うちのデコ助はまだ寝てるから、起こしてやってくれよ」
よれよれのシャツにジーンズ姿の香津美は、それだけ言うと奥に引っ込んでしまった。
いまだ朝のお勤めが終わらないのだろう。
ひばりは、おじゃまします。と言って牧野邸へと上がった。
勝手知ったる幼なじみの家。ひばりは目的地である二階の慎吾の部屋の前へとやってきた。
「おーい、慎吾? 起きてるー?」
一応声をかけてから耳をそばだてた。案の定寝息が聞こえてきた。
「……はあ。やっぱりまだ寝てるんだね」
ひばりは、やれやれ。とばかりに頭を振ってから、部屋の扉を開けた。
少し散らかっている慎吾の部屋の様子に、掃除してしまいたい欲求にかられながらも、ひばりは彼のベッドへと近づいていった。
「慎吾、朝だよ。起きなよ」
そう声をかけながら慎吾の体を揺するひばり。
しかし慎吾が起きる気配は微塵もない。
たが、ひばりはあきらめずに彼を起こそうと声をかけ、体を揺する。
「慎吾君! 慎吾君ってば! 起きてよ! シン君!」
「くか〜〜」
どうしても起きない慎吾の姿に、ひばりの目がすわりはじめた。
「……そう。そういうつもりなんだね? なら、こっちにも考えがあるんだからねっ!?」
強い調子でそう言うと、ひばりはベッドから距離をとって深呼吸した。
軽く咳払いをして、のどの調子を確かめてから腰に手を当てながら口を開いた。
「『グゥオラ牧野ォーっ!! いつまで寝てやがる!! 早く起きやがれ!!』」
その愛らしい口から飛び出したのは、ドスの利いたおっさんの声だった。
それが響いた瞬間、慎吾は跳ね起きた。
「ハイ! スンマセン! 今起きますボス!!」
半分寝ぼけた様子ながらも慌てたように謝る慎吾。
しかし、ひばりは腰に手を当てたまま続ける。
「『ボスじゃねえっ!! 田所先生だっ!!』」
ちなみにこの田所教諭。ヤクザのような強面の美術教師である。
「ヒィッ?! スンマセ……ってひばりかよっ!?」
はっきり目を覚まして謝りながら周りを見回した慎吾の視界に小さな少女の姿が入り、慎吾は思わずツッコんだ。
「『慎吾がいつまでも起きないからだよ』」
しかしひばりは物ともせずにおっさん声でしゃべり続ける。
小さくて愛らしいひばりが、おっさん声で話し続けているため、とんでもなく違和感がある。
「ぐ……わ、わかった。わかったからその声音でしゃべるな。違和感がひどくて気分が悪くなる……」
「『わかればよろしい』。まったくもう」
少しだけ怒ったようにつぶやくひばり。
対して悔しげにうめく慎吾。
「……くっそ。本人と区別がつかないとか反則気味の声帯模写だぜ……」
「いいから早く歯を磨いて顔を洗って着替えて支度してよね? それから部屋片づけなさいよね」
ぶつぶつ言う慎吾をたしなめるように言うひばり。それを聞いた慎吾は辟易したような顔になった。
「……うっせえな。小姑みたいにぶちぶち言いやがって」
「なっ?! 言うに事欠いて、小姑ってなによっ!?」
「小姑は小姑だっつーの。小学生並のくせにうるせーんだよ」
「あたしそんなにちっちゃくないよっ?! 高校生だよっ!? 慎吾と10cmしか変わらないんだからねっ?!」
「10.3cmだっつーの。俺の身長は148.3cm! 間違えんなチビ!」
「チ、チビ?! よりによってあたしにそれを言うの?! 慎吾だってチビじゃない! 男子の背の順並びでいつも先頭のくせに!!」
「て、てめえっ?! それを言うならひばりだっていつも先頭だろうがっ!!」
にらみ合いヒートアップする二人。不毛な口論に夢中で周囲のことが目にも耳にも入っていない状態だ。
だから……気付くのが遅れた。
「ふたりとも! ケンカはだめえ〜〜〜〜っ!!」
もうひとりの幼なじみがやって来ていたことに。
ドバン! とばかりにドアがぶち開けられ、大きな影が、二人に飛びかかった。
「げえっ?! 琴代っ?! ぐぇっ?!」
「こ、琴代ちゃんっ?! ふぎゅっ?!」
慎吾とひばりはそろってその大きな影に覆い被されるように抱きすくめられた。
大きな体のこの少女は如月 琴代。少し癖のある長い黒髪で大きな瞳が特徴的な彼女だが、それ以上の特徴が、体の大きさである。
その身長は、実に188cm! 同年代の女子がそろって見上げるほどの長身だ。
さらにそのグラマラスボディのボリュームたるや圧巻である。
小柄なひばりと慎吾は抱き上げられただけで彼女の体に隠れてしまうほどで、今もじたばた動く足と、ひばりの大きなポニーテールしか見えないほどだ。
そして、彼女は体に見合った体力も持ち合わせていた。
「ふたりともケンカはダメだよぉっ! 幼なじみは仲良くしなきゃいけないんだよぉっ!」
泣きながら言う琴代。
二人を抱きしめる腕に力が入る。
しかしそれは……。
「こ、琴代ぢゃ……ぐ、ぐるし……」
「は、離せ琴代! つ、潰れ……」
ある種拷問に等しいハグである。
ひばりと慎吾の上げる悲鳴のような声は琴代には届かず、ふたりの手足がダラリと垂れ下がった。