第一四七話『支える者、踏み出す者』
「……くっ」
綾香の猛攻にさらされ、シモーヌは強くくちびるを噛んだ。
なにしろタレントがやっかいだ。攻撃を防御したと思えばまるで違う角度からの攻撃に。こちらの攻撃が当たったかと思えばその姿が砕けて消えてしまう。
虚と実が入り乱れ、まるで数十人の綾香と戦っている気分になる。そんな風に感じてか、シモーヌの顔は心が折れてしまいそうなほどに焦燥感に満ちていた。
今もこちらの攻撃を受けたはずの綾香の姿が砕けて消えて、逆に刺突を決められ、会場から歓声が上がった。
「ぐぅっ?!」
うめき声を漏らしつつ後退する。
ダメージは軽微。しかし、加えられた衝撃による痛みは積み重なり、シモーヌを苛む。
それを耐える間もあらば、綾香の追撃がシモーヌの胸元へ放たれる。その一撃を必死にポールメイスで受けた。が、綾香の姿が砕けて消え去り、新たにシモーヌの腹へと刺突を突き込んだ綾香の姿が現れた。
それは虚像ではなく、はっきりとした実像を伴う一撃。お腹の中にまで響くそれを、思わぬタイミングで貰い、シモーヌは胃液が逆流するような感覚を味わう。が、所詮はデータにすぎないアバター。感覚だけで、実際に吐き出すことはなかった。
だが、その感覚だけが本人にフィードバックされるため、シモーヌは酸味と苦みをミックスした、ノドを焼くような感覚だけを味わった。
「く……セアッ!」
それを我慢し、薙ぎ払うようにポールメイスを振るった。
しかし綾香は落ち着いてそれをバックステップして避けた。と同時に踏み込んで二刀の刺突を見舞う。かわせぬと踏んで軽く腰を落として正面からそれを受けた。
二つのトリガーが引かれ、二本の刀身が光り輝き、集束された力が叩き込まれた。
「くぅっ?!」
衝撃が体内へ浸透する感覚に顔をしかめるシモーヌ。しかし、綾香の攻撃はそれで終わらない。突きを繰り出したままの姿勢でその姿が砕け散り、新たに突きを繰り出す綾香。
ふたたび叩き込まれる衝撃、そして砕ける綾香の姿。現れて突きを繰り出す。砕ける。現れる。砕ける。現れる。砕ける。現れる……。
幾度となく繰り返される刺突。その都度、ライフバーがわずかずつ減少し、パワードメイルにヒビが入り始めた。
不意に、綾香の攻撃が止み、数メートル向こうに滑るように現れた。そのままインパクトブレードからカートリッジが弾けるように外れ、新たなカートリッジが出現した。
それを見ながらシモーヌは膝から崩れそうになっていた。
“不壊”によって強化された防御力のおかげで、ライフは六割は残っている。しかし、綾香のタレントの効果に対抗できそうにないことが、シモーヌの心を蝕んでいた。
シモーヌの表情が弱々しいものになり、四肢から力強さが抜けていった。もはや崩れ落ちんばかりの様相である。と、不意にシモーヌがハッとなって顔を上げた。耳元を駆け抜けた風が運んだものに、金髪碧眼の少女は胸元に手をやった。自身が感じたものを、噛みしめるようにして拳を作って握りしめると表情を引き締めた。力が抜けそうだった四肢を踏ん張り、凛と立ち上がる。
そして、青い瞳が相対するもうひとりの金髪碧眼の少女を見る。
「……そうですわ。目の前で、無様をさらすわけには参りませんもの」
言いながら不敵に笑う。
彼女の背を支えたのは、ひとりの少年の声。その声援は今も聞こえる。
『しーちゃん! 頑張れ!』
この声に押されるように、シモーヌは力強く足を踏み出した。