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第一話『始まりの朝』



『シンちゃんシンちゃんシンちゃんってばあっ』

『う〜ん……』

『ねえねえっ』

『なんだよー……ねむいよー……』

『シンちゃんシンちゃんあのねあのね? あたしね?』

『くぁ……』

『シンちゃんのおよめさんになったげる!』

『う……ん……』

『やくそくだよ! シンちゃん!』

『シンちゃんシンちゃん。きいてるの?』

『……るさいなあ。わかったよ……むにゃ……』

『えへへっ、やくそくだよ!』


 チュッ!


『シンちゃん、だぁいすき♪』


 そのセリフが耳を打ち、ベッドの中の女の子は目を見開いた。

 耳に残ったセリフを反芻し、瞬時に顔を紅に染めあげ両手で顔を覆った。

「あたしってば! あたしってば!! なんて夢を〜〜っ?!」

 恥ずかしさのあまり、長い黒髪を振り回しながらベッドの上を転げ回る。

 ひとしきり暴れた彼女は、肩で息をしながらベッドで丸くなった。

「はあはあ……何で今更、保育園の時の黒歴史を……」

 息を荒くしながらごちる。しかし、すぐに気持ちを切り替えるべく頭を振った。

「……ま、まあ、覚えてないよね? 慎吾だし。それに、もう十年以上前のことだし、時効よね……」

 みずからに言い聞かせるようにつぶやく女の子。

 そのままのっそりと身を起こし時計を見た。

 目覚ましが鳴るまで、あと五分だった。

 未だ目覚めぬ目覚ましのスイッチを切り、大きくのびをする。

 ベッドから降りたその体躯は小さく、小学生の高学年程度であろうか?

 長い黒髪に、大きな黒瞳。そして意志の強そうな太い眉の女の子。

 そこまでならふつうに小学生の領域だ。

 しかし、彼女の胸元に実る女の象徴たる果実は、メロンもかくやというボリュームがある。

 彼女の名前はひばり。

 支倉 ひばり《はせくら ひばり》。

 私立央華学園に所属する、れっきとした“高校二年生”である。

 その身長は、なんと驚くなかれ、138cmしかない。

 小学四年生女児の平均身長並である。

「よし!」


 そのちいさな体に気合いを入れて、ひばりはパジャマを脱ぎ捨てた。




 支倉家は父子家庭である。

 ひばりが十歳の頃、彼女の母親は、彼女の目の前で血を吐いて倒れ、搬送先の病院で息を引き取った。

 以来、作家で家事無能な父親に代わって支倉家の家事を取り仕切ってきたのはひばりだった。

 はじめの頃こそ隣家の幼なじみの母に手伝って貰いはしたものの、いまでは立派にひとりですべてを切り盛りしていた。

 洗濯を終え、徹夜したらしい父のための朝食を用意し終えたひばりは、白いブラウスに青いリボンタイ。黄色い縁取りの入った深緑のブレザーに赤いチェックのスカートという央華学園の制服姿という出で立ちで玄関へ向かった。

 長い黒髪は、水色のリボンでまとめてポニーテールにしており、お尻が隠れるほどの長さでゆらゆらと揺れている。

 ローファーを履いてつま先で三和土を軽くトントンと叩くと、静かに鍵を開けた。

「行ってきます」

 ひばりは寝ているであろう父親に気を使い、小さな声で言ってそぉっと家を出た。

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