ある日の午後
「雨、止みそうにもないですね」
聞き逃してしまいそうなくらいに小さな声だった。
「そうですね」
僕が相槌を打つように返すと、彼女は言葉を続けた。
「私、雨の日が嫌いになれないんです。何故だかわからないけど、とても懐かしい感じがして」
「懐かしい?」
「変、ですよね」
「そんなことはないですよ」
「本当ですか?」
「そういう気持ち、何となくだけどわかります」
「良かった」
彼女は安心したような微笑みを浮かべた。
僕は彼女の思いを聞きながら、窓を滑るように流れていく雨の滴を見ていた。
近くて遠い彼女の横顔が、視界の中でいつまでも揺れていた。
雨が街を濡らしていた。
細かな雨は路上に幾つもの小さな窓を作っていた。
その窓に映る灰色の空は、どれも雨粒が織り成す波紋で歪んでいた。
環状線は飛沫をあげて走り交う車が列を成していた。
歩道はカラフルな雨傘が灰色の街並みを彩っていた。
街は自然の光を失った代用に、昼間だというのに人工的に造られた明かりでライトアップされている。
僕はテーブルを挟み、彼女と向かい合うようにして座っていた。
心は報われない喪失感と困惑の中にあった。
彼女は肩下まで流れる髪を指先でなぞってみたり、缶ジュースを口に付けたりしながら、時折僕と目が合うとはにかむように微笑んで見せた。
その度に僕も微笑んで返した。
不器用に釣り上げられた僕の口元は、さぞかし滑稽に見えていたかもしれない。
言葉少ない緩やかな時間が流れていた。