のっぺらぼう
鏡を見て、彼女はため息をついた。
つるつるの卵のような顔。
彼女は、のっぺらぼうだった。
他の皆みたいに、
目と鼻と口が欲しい。
そう思って、自分で描いてみるが、
しょせん球面に描いた不自然な顔。
間延びして、望んだ綺麗な顔にならない。
悲しくて、すぐに拭き取った。
そんな彼女を見て
メイク好きの友人が
なんとかしてあげようと考えた。
彼女の誕生日。
彼女の顔に
時間を掛けて
細かいマッサージを続けることで
凹凸を作り出し、
それでも足りない場合は
皮膚用接着剤や
少しだけプラチナ硬化シリコン等を使い
盛り上げる。
皮膚を小さく伸ばし
折り曲げ、付けまつ毛を付け
中には美しい瞳を描く。
リップを
肌を折り曲げて尖らせて作った唇の中央に塗り
指でぼかしながら広げていく。
チークを入れ、
頬に自然で綺麗な血色を与える。
のっぺらぼうの彼女が
鏡の中に見た
自分の顔は
伏し目がちで
口元に神秘的な微笑を浮かべた
美しい大人の女性の顔だった。
描かれた目の、上の皮膚を少し動かすと
まぶたが上がり
はっとするような
美しい瞳が
自分を見返す。
彼女は喜び、友人に何度もお礼を言った。
彼女は街を歩いた。
誰もが振り返った。
彼女の心に合わせて
顔も笑顔を作っていた。
様々な人々が声を掛けてきた。
彼女は微笑を浮かべ
小さくお辞儀をして、断った。
皆、心を溶かされ、
それ以上追いかける者はいなかった。
彼女の姿を
ある映画監督が見つけた。
映画の主役としての
出演を依頼した。
彼女は驚き、
メイクをしてくれた友人に相談した。
友人は、彼女の本心を見抜き
背中を押してくれた。
彼女は映画に出演することに決めた。
出演者、スタッフ、皆、優しかった。
それに、
友人がマネージャー兼、専属のメイク係として
支えてくれた。
しかし、それでも
初めての映画出演、
その上、主演。
撮影は大変だった。
彼女がのっぺらぼうと知る者は
数人に限られていた。
バレたら、
どこから噂が漏れるか分からない。
映画自体の失敗にも繋がりかねない。
彼女は緊張し、
撮影現場ではいつも気を張っていた。
暑くて、汗でメイクが
崩れかけた時が何度もあった。
それでも、なんとか
無事に撮影を終えた。
友人と二人、満身創痍だったが、
とても満足だった。
映画は、最初、批評家には好評だったが
内容の暗さもあり
あまり伸びなかった。
しかし、
彼女の伏し目がちな美しい瞳と
神秘的な微笑
深みを感じさせる無言の演技に魅了され
リピート者が増え、
いつしか大ヒットとなっていた。
あっという間に
彼女の虜になる人々が続出した。
映画は各国で上映され、
彼女の顔は
世界中に広まった。
そして、ある日
彼女は
監督や他の出演者と共に
ハリウッドの
ドルビー・シアターにいた。
前年の受賞者の男性が
彼女の名前を読み上げた。
彼女は
アカデミー主演女優賞を授与された。
全世界の人々がカメラの向こうで
彼女の笑顔を見た。
拍手が鳴り止まぬ中、
彼女は感動で震えながら
オスカー像を手に
監督やスタッフへの感謝、
そして何より
一番の友人への感謝を告げた。
彼女が
話している中
オスカー像が
一滴
一滴と
黒く染まった。
暖色系の液体も
流れ落ちてきた。
プラチナ硬化シリコンの欠片が
ポロポロと
像の体に落ちた。
カメラも
人々も
それを見ていた。
彼女は
我知らず
いつまでも涙を流していた。
舞台上で
メイクは流れ落ち
まつ毛は取れ
美しい瞳は溶けて
流れ出し
神秘的な微笑は
リップが流れ落ちると共に
折り曲げた皮膚の刻んだ線となり
その線も、やがて消え
そこには
卵のような
目も鼻も口も無い
のっぺらぼうの素顔があった。
そして
急遽、追加で
アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞が
満場一致で
彼女の友人に
授与されることが決まった。
自分達の
オスカー像を手に
抱き合う二人の姿が
翌日の
全世界の紙面を飾った。




