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話し下手な僕たち  作者: もーりんもも


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6 阿智神社

 翌朝。

 律子さんが仕事に出かけると聞いて、この世界の現実味が一気に増した。

 僕とあゆちゃんは夏休みだけど、大人たちはカレンダー通りの生活を送っているんだ。


「あゆみはまだ十歳になったばぁの四年生じゃけぇ、一人で留守番させるんは心配じゃったんよ。恵人君がいてくれて助かったわぁ」


 田舎には学童とかないのかな?

 僕も小四までは行っていた。一人で家で留守番をするようになったのは小五からだったような……。


「いつもならお昼を作り置きするんじゃけど、今日はサボってしもぉてな。これでコンビニで何かこぉてな」


 そう言って律子さんが二千円くれた。


「会社は四時にあがれるんじゃけど、買い物して帰るけぇ五時すぎると思うわ。それまで頼むな」

「はい。行ってらっしゃい」


 なんか、本当に親戚の家に遊びに来たみたいだ。

 もう引越しのトラックが来ないことは確定だな。





 律子さんを見送った時、あゆちゃんは一言も発しなかった。

 二人きりの親子なのになぁ。


「ねえ、あゆちゃん。もしかしてお母さんのこと嫌いなの?」

「別に」


 うーん? 嫌いなのかな? それともそうでもないのかな? 分からない。

 ……ふう。

 ん? そういえば留守番て、何をすればいいんだろう?

 あ! 勉強か。夏休みの宿題があるよね。

 でもなぁ。いきなり、「勉強しなさい」はないよなぁ。


「あぁ、ええと。あゆちゃんの部屋を見てもいい?」


 うわっ。今のはちょっと変態っぽかったかも。


「あ、あのさ――」

「いいけど」


 ……いいんだ。

 




 あゆちゃんの部屋は一階にあった。

 僕の六畳の部屋よりも狭い和室だ。

 畳の上に学習机が置いてある。なんかエモい。

 ランドセルもピンクやパープルじゃなくて赤なんだ。

 教科書の他に結構な数の本が並んでいる。


「あ、銀河鉄道の夜。好きなの?」

「別に――」

「ん?」 

「最後は帰ってきちゃうから。私はそのまま銀河の果てに――うんと遠くへ行きたい」

「へえ。そうなんだ」


 あの話って帰ってくるんだっけ?

 ――そうだ。

 確か、主人公だけがお母さんの元に帰って来たんだ。


「あゆちゃんが遠くへ行っちゃったら、お母さんが悲しむんじゃない?」


 うわっ。ギロリと睨まれた。目力強っ!

 

「お兄さんのところはそうなの?」

「あ、ええと。どうだろう。うちもシングルマザーだから、やっぱり悲しむんじゃないかな」


 母が取り乱して泣き崩れる姿は想像できないけれど、感情がない訳じゃないから、やっぱり悲しんでくれるんじゃないかなぁ……。


「……離婚?」


 あゆちゃんがおっかなびっくり聞いてきた。


「ううん。お父さんは事故で亡くなったんだ。それも僕が赤ちゃんの頃だったから顔を見た記憶がないんだよね」

「ふうん」

「……」

「……」


 会話下手な僕のせいで、また無言のラリーになってしまった。

 こんな感じで律子さんが帰ってくるまでもつかな?

 うーん。

 あれだな。何も初日から勉強しなくてもいいよね。 

 

「あのさ。せっかくの夏休みなんだから出かけようよ。美観地区も近いんだしさ」

「美観地区なんて行ったって何にもないよ」


 うわー。出た出た。地元民あるある。


「有名な観光地じゃん。僕は行ったことないから一度くらい見てみたいよ。あゆちゃんは他に行きたいところでもあるの?」

「え? ……」


 あれ? 何、その反応は?

 ちょっと考え込んだっていうことは、行きたいところがあるのかな?

 でも言おうかどうしようか迷っている?


「あゆちゃんに案内してもらうんだから、今日はあゆちゃんが行きたいところでいいよ?」

「私の行きたいところ?」

「そう」

「じゃあ……」


 やっぱり行きたいところがあったらしい。



   ◇◇◇   ◇◇◇



 あゆちゃんについて歩いていると、「鶴形山公園。頂上まで三百メートル」という案内板があった。

 まさか倉敷駅の近くに山があるとは思わなかった。でも三百メートル?


「公園に行きたかったの」

「神社。鶴形山の頂上にある」

「え? 神社?」

「うん」

 

 ……意外。

 小学生の女の子が神社に行きたいというのは普通なのかな?

 でも結構な人がその看板の矢印の方向へ歩いて行っている。

 もしかしたら美観地区内の観光地なのかもしれない。

 




 のんびり歩いて十五分ほどで頂上に到着した。

 あゆちゃんの言っていた神社は阿智神社というらしい。


「うわっ。最後の最後に石段かぁ」


 参道の石段は何段あるんだろう。

 普段運動なんてしないから、地味に足にきているんだけど。


「小学生でもあがれるのに?」


 ため息をついて石段を見上げているだけの僕に、あゆちゃんは愛想をつかして一人で上がって行った。


「はぁ」


 トボトボと何とか上がりきると、整然とした風景が広がった。

 結構ちゃんとした神社だった。

 それなりの広さもあって、本殿に大きなしめ縄まである。


 あ、あゆちゃん発見。

 彼女はお参りする気はないらしい。

 御神木(?)を一瞥(いちべつ)しただけで、街並みが見える方に歩いて行っている。

 あゆちゃんが目をやった大木には、その周囲を囲うように八本の柱が立っていて、柱と柱の間に細いロープが十段ずつ張られていた。

 ロープにはカラフルなおみくじみたいなものが隙間なくぎっしり結ばれている。


「美観地区はあっち」


 僕が後ろをついて来ていると思ったのにいなくて焦ったのか、あゆちゃんが僕の方に戻ってきて、大きな声で指差した。


「あ、そうなんだ」





 そこでは大勢が美観地区をバックに記念写真を撮っていた。

 たった三百メートル登っただけなのに、(ふもと)に広がる街並みがよく見えた。

 両側に柳がある川の横に白壁の建物が見える。

 あそこが美観地区だな。

 エリア一帯が全部白壁だと思っていたけれど、白壁の建物は思ったほど多くなかった。ほんの一角にしかない。

 まあ、観光地なんてそんなものか。

 プロのカメラマンが撮った写真が良過ぎるんだよね。


「あゆちゃんはここから見える景色が好きなの?」


 参拝に来たんじゃないならそっちだよね?


「前にお父さんと来た」


 ……うっ! その答えは想定外だった。

 離婚する前ってことは、小学校に上がる前だよね。

 四、五歳の記憶がそこまで鮮明に残っているんだ。

 ええと。えぇぇ? 何て言えばいい?


「そうだったんだ。よく来るの」

「……」


 えぇぇ。聞いちゃいけなかった?

 そんなには来ていないってことでいいのかな?


「久しぶりに来たのなら、記念に写真を撮ろうよ」

「写真?」

「そう」


 ……あ。

 信じられないことにスマホに充電するのを忘れていた。

 まあ、充電を忘れてしまうくらいの信じられないことが起きたんだけど。

 あんなに肌身離さず持っていたモバイルバッテリーも今日は持ってきていない!

 スマホを取り出して見ると、電池はまだ半分ほど残っていた。


「何それ?」

「ん? スマホ――」


 うわっ。どうしよう。こんなのこの時代にはないはず!


「スマホ?」

「ええとね。東京にしか売っていない携帯――バッテリーなんだ」

「バッテリー? 何それ?」

「ええとね。カメラに充電する機械みたいなものかな?」

「ふうん」


 よかった。分からないけど別にいいやと興味をなくしてくれたみたい。


「えっと。あ――肝心のカメラを持ってきてなかった。あははは」


 自分でも分かる。ちっとも上手く誤魔化せていない。

 あゆちゃんが、「は?」って怪訝な顔で僕を見ている。

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