状況を整理しよう
まったく好きではないと気付いてしまった相手の手を取っている状況に頭が混乱する。
ウィリアムに触れている指先から冷気が伝わってくるような感覚がして、徐々に思考がクリアになっていく。
ウィリアムとの愛を育んだ(と思っていた)記憶の数々にどんどん違和感が生じてきた。
出会い方に間違いはない。庭園の片隅で今にも死んでしまいそうな顔色のウィリアムが寝転んでいた。あまりにもひどい顔色をしていたので、王子って大変だなと思った記憶がある。ウィリアムは私に気付き大変焦っていた。
「いや、あ、グレイ伯爵令嬢だね。見苦しい姿を見せてしまったな。これは、その、いい天気だったからな。空を見ていたんだよ。1人ゆっくり休む時間も必要だろう?いや、休むというのは違うな。気分転換だよ。ほら、君も、」
「失礼いたしました。私はすぐに行きますので。たまには気を抜いていいと思います。」
すごい勢いで言い訳をするウィリアムが不憫に思えて、すぐにその場を離れようとした。その際にゆっくり休めるようにと周りから見えないようにと魔法でガゼボを作ったのだ。
しかし、ポプリを渡したうんぬんについては全く覚えがない。
いや、確かに同じ匂いのポプリは作ったことがある。しかしそれは家業を継ぐために夜遅くまで勉強している婚約者のライアンにあげようとしていたはずだ。学園に持ってきたがなくしてしまったため、同じものを作ってプレゼントしたのだ。
公爵令嬢にいじめられた件についても、ウィリアムはほとんど関係ない。
まずいじめられてすらいない。
チェルシー・ルイヴィス公爵令嬢は燃えるような赤い髪にエメラルドグリーンの瞳、淑女の鏡のような品行方正な人である。そんな彼女と私はクラスメイトでよき友人でもある。完璧主義のチェルシーは薬師としての勉強優先で身だしなみに無頓着な私が信じられないらしく、文句を言いながら髪を整えたり、化粧品を貸してくれる。そんなじゃれあいのような言い合いを、たまたまその場に居合わせたウィリアムが窘めるというのはよくあることだった。
次々と浮かんでくる違和感だらけの記憶に困惑しているとぐっと手を引かれ、ウィリアムと密着する。
全身に鳥肌が立ち、反射的に離れようとするが腰を抱かれており逃げられない。
腕から逃れようとした私に驚き、ウィリアムがこちらを見る。
目が合った瞬間にまた冷気が身体を包み込んだ。
この冷気はなんなのか、どうして今になってウィリアムとの思い出が虚構ばかりだと気付いたのかはわからないがとにかくウィリアムから離れなければ。
ライアンの姿を探す。
彼は私が離した手を見つめながら、入り口近くに立っていた。
あれ、私さっきまでライアンのこと「好きじゃない」って思ってた?
噓でしょ!?
あんなに見た目も性格もドタイプの人を好きじゃないって思ってた!?!?
ライアン!こっち見て!!そんな喪失感あふれる顔もかっこいいけど!!
普段無表情なあなたが私が手を離したことでそこまで感情が揺れていることに対する感慨深さはあるけれども!!!
好きなので!ライアンが大好きなので!!今すぐ私を助けて!!!
私の心の叫びなど知る由もなくライアンは私とウィリアムの姿が見えないようにと目を背けてしまっている。
近くに立っている生徒たちもにこにこと張り付けたような笑顔でこちらを見るばかりで、ひきつっている私の表情には気付かない。
そのとき耳元でウィリアムがささやいた。
「逃がさないよ。君は僕のものだろう?」
、、、は?
僕のもの?
ふざけるな。
お前のものなわけあるかぁぁぁぁ!!
おしとやかな令嬢とは程遠い、お父様にもさんざんため息をつかせてきた気の強さが顔を出す。
私は理不尽な命令や自分が正しいと思い込んでいる人間が大嫌いだ。
つまり人を者扱いするような俺様タイプな人間とはめっぽう相性が悪いのである。
怒りに任せて腰の腕をはたき落としそうになるが、残った理性でぐっとこらえた。
ここは実家の治療院ではなく学園のパーティー会場で、相手は患者のおじいさんではなくこの国の王子である。感情に任せて行動すれば不敬罪に問われかねない。
なぜかはわからないが目の前の王子に関する記憶や感情が現実のものとは異なっている。それはきっと周囲の人間も同じなのだろう。
この状況を打破するためには、まずこの洗脳を解く必要がある。
洗脳さえ解けてしまえば不貞カップルなんて祝福されるわけがないのだ。
こんな俺様王子と結婚しても幸せな未来なんてやってこない!
絶対に愛しの婚約者様と結婚して幸せな未来を手に入れる!




