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坑道の龍退治

作者: Ono
掲載日:2026/01/25

 西の果て、赤茶けた大地にへばりつくようにして存在するその王国は、銅の都と呼ばれていた。

 無尽蔵とも思われる鉱脈から良質な銅が掘り出され、貨幣となり武具となり、隣国へ売られて豊かな麦へと姿を変える。

 銅はまさに王国の血肉であった。

 しかし今の都に響くのは鶴嘴の軽快な音ではない。絶望と恐怖に震える民の嘆き、そして地底から響く不気味な咀嚼音であった。


 ことの起こりは三ヵ月前、ある坑道の最深部で鉱夫が巨大な空洞を掘り当てた事件に端を発する。

 そこは永き眠りについていたドラゴンの寝所であった。

 目覚めたドラゴンは肉や家畜には目もくれず、この国そのもの――すなわち「銅」を貪り始めた。

 ドラゴンは精錬所を襲い、インゴットを飴細工のように噛み砕き、銅貨の詰まった金庫を丸呑みにする。王国のすべての鉱山が動きを止めた。

 満足げに棲み処へと帰ってゆくドラゴンの鱗は、食べた銅の色素を取り込み、不気味な赤褐色に輝いていた。


 国王はすぐさま討伐隊を編成した。

 しかしドラゴンの鱗は鋼よりも硬く、吐き出す息は高熱の金属蒸気となって騎士団員たちの肺腑を焼いた。名を馳せた剣士でさえも切っ先をドラゴンの硬い皮膚に弾かれ、為す術なく敗走する。

 宮廷魔道士たちが後列に控えて炎や雷の魔法で打ち据えたが、金属を食らうドラゴンにとってその熱はむしろ糧にしかならない。雷撃はドラゴンの体を伝って地面へと逃げ、傷一つ与えることはなかった。


 銅を食い尽くされれば国は滅びる。備蓄が底を尽きかけ、王が頭を抱えていたある日のこと。

 一人の男が城門を叩いた。

「東方より参りました。わたくしは旅のしがない奇術師にございますが、かの龍を退治してみせましょう」

 男は名を()(チェン)といった。奇妙な帽子を目深にかぶり、身形は質素だが、瞳には油断ならない光を宿している。

 背中には彼自身の背丈ほどもある巨大な円盤状の物体を、分厚い布に包んで背負っていた。


「ドラゴンを退治できると申すか。剣も持たず、杖も持たぬその身で」

 玉座から王は疑わしげに李騁を見下ろした。李騁は恭しく一礼し、薄い唇を吊り上げて笑う。

「我が故郷に伝わる秘術を用いれば、龍など石ころも同然でございます」

「秘術だと?」

「はい。こちらは名を『八咫の鏡』と申します」

 李騁が背中の荷を解くと謁見の間にどよめきが走った。そこに現れたのは確かに巨大な鏡のような形をしていたが、人々が想像する銀色に輝く美しい鏡面ではなかった。

 鈍く濁り、黒ずんだ表面は光をほとんど反射しない。まるでただの巨大な鉄屑か、岩盤の一部を切り出したかのごとき無骨な代物だ。


「これが鏡だと。自分の顔すら映らぬではないか」

 側に控えた兵士や文官たちは嘲笑を隠さない。しかし李騁は平然としていた。

「これなるは魂の真実を映す鏡。魔性の存在を前にした時のみ、その真価を発揮するのです」

「ううむ……」

 胡散臭さは拭えなかったが、所詮は旅の男、ドラゴンに食われたとて失うものもない。

 藁にもすがる思いの王は、成功の暁には望むだけの報酬を与えることを約束して李騁を鉱山へと送り出した。


 ドラゴンが棲みついた鉱山には熱気と硫黄の臭いが充満していた。

 案内役の兵士たちが恐怖で足を止める中、李騁は一人、悠々と巨大な鏡を抱えて奥へ突き進む。

 最深部の空洞、かつてドラゴンが眠り、今はその食料庫と化した場所に辿り着くと、そこには赤褐色の巨体が鎮座していた。

 ドラゴンは李騁に気づくと顎を開き、金属のこすれるような音を立てて威嚇した。体の内外から、これまでの戦いによって蓄えられた熱が発せられている。


「やあ、たらふく(かね)を食ったようだな」

 李騁は軽口を叩きながら、背負っていた八咫の鏡を地面に突き立てた。

 すぐにドラゴンが咆哮をあげて突進してくる。李騁は逃げなかった。

 彼は懐から小瓶を取り出し、中に入っていた怪しげな液体を鏡の表面にぶちまけた。そして短い掛け声をかけた瞬間、鏡の裏側から激しい炎が上がり、分厚い金属板が急速に熱を帯びる。


 李騁は手にした杖の先から目くらましの閃光を放った。

「さあさあ東方の秘術、変容の理、皆様とくと御覧じろ!」

 高熱のブレスを吐きながらドラゴンが鏡に突撃する。李騁は道化じみた仕草でよろけてみせつつも、決して鏡を離さなかった。

 瞬間、坑道内が目も眩むような黄金色の光に包まれる。


 瞼の明滅が落ち着き、兵士たちが恐る恐る目を開けた時、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 李騁にかぶりつく寸前でドラゴンは時を止めていた。赤褐色だったドラゴンの体は頭から尾の先まで神々しいばかりの黄金色に輝き、目を見開いたまま凝固していたのだ。

「おお……なんということだ!」

 王国を貪り続けたドラゴンが李騁の手によって巨大な黄金の像へと変わり果てた。兵士たちの歓喜の声が響く。

 李騁は煤けた顔を拭いもせず、像の前で芝居がかってお辞儀をした。

「わたくしの『八咫の鏡』は魔を封じ、その邪心を浄化して富へと変じる。これぞ我が故郷に伝わる錬金の秘術でございます」


 王国は喜びに沸き立った。ドラゴンの脅威が去っただけでなく、死体が巨大な黄金の塊となったのだから無理もない。国庫は潤い、王の権威は回復することだろう。

 王は李騁の手を取り、熱っぽく語りかけた。

「素晴らしい。そなたを我が国の筆頭宮廷魔道士として迎え入れよう。大臣の地位も用意する。どうかこの国に留まってくれ」

 しかし李騁はさも誠実そうに首を横に振った。

「勿体なきお言葉。ですが、私は一介の旅の奇術師。一箇所に留まれば、術の冴えも曇りましょう」

「ならばせめて馬車一台分の金貨を与えよう。そなたの旅に幸いのあるように」

「ありがとう存じます」

 そう言って李騁は、役目を終えてぼろぼろになったあの黒ずんだ八咫の鏡を抱え直した。


 王国の者たちは名残惜しそうにしながらも英雄の旅立ちを盛大に見送った。

 李騁が去った後、王は黄金の龍像を坑道から運び出させて都の広場に移設し、国の繁栄の象徴として祀ることにした。

 民衆は黄金の輝きに酔いしれ、東方の奇術師の伝説を語り継いだ。


 それから一週間後。

 国境を越え、遠く離れた街道をゆく馬車の上で、李騁は鼻歌まじりにリンゴを齧る。

 荷台には約束通りの金貨の山。

「さてさて、もうじき色が褪せてくる頃か」

 李騁は傍らの金属板を愛おしげに撫でた。八咫の鏡などという仰々しい名をつけたその正体は、ただの巨大な亜鉛の塊だった。


 李騁が使ったのは奇跡(ミラクル)ではない。

 あの鉱山のドラゴンは致死量に近いほどの銅を体内に取り込んで高熱を発していた。すなわち全身が溶けた銅の塊。彼はそこに、加熱して反応性を高めた亜鉛の塊(八咫の鏡)をぶつけたのだ。

 銅と亜鉛を混ぜ合わせ、熱を加える。東方の鋳造職人なら誰でも知っている合金の製法。

 ごく基礎的な錬金術、つまりはタネも仕掛けもある奇術(マジック)である。


 ――真鍮。別名は、黄銅。

 磨き上げれば黄金と見紛うばかりの輝きを放つが、その価値は金には遠く及ばない、ありふれた合金である。

 ドラゴンを組成していた高純度の銅は、亜鉛と激しく反応して瞬時に真鍮へと変化した。その際の急激な化学変化と合金化による硬化がドラゴンの動きを封じ、像として固めてしまった。

 あれは黄金になったのではなく、ただ巨大な真鍮の置物になっただけであった。


「真鍮は錆びやすいからな。手入れを怠れば、すぐに緑青が生じる」

 今頃かの王国の広場では、輝きを失ったドラゴンの前で皆が顔を青くしていることだろう。

 絶望は如何許りか。それを怒りに変じようにも、文句を言おうにも、奇術師はもう国境の遥か彼方だった。

「銅食らいの龍は亜鉛の鏡で照らされ真鍮に姿を変えてしまいましたとさ」

 李騁は金貨を一枚、親指で弾いた。

 空に舞った「本物の金貨」は太陽の光を受けて眩い輝きを放ち、小気味よい音を立てて彼の手のひらに収まった。


 偽物の黄金にて本物の報酬を得た奇術師(ペテン師)の馬車は、軽やかな車輪の音を響かせながら荒野の彼方へと消えていった。


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