青年の問い
青年はシステムエンジニアをしながら、細々と小説やコラムを書いてアルバイトとしていた。
話題になるほど売れたりしないが、記事のスペースを埋める用途で便利に使われていた。
そんな中で大手から初めて声がかかり、今日打ち合わせをしてきたのだ。
今の時代にチャンスは少ないので、どうしてもその道を諦められない青年は飛びついて話しを聞いた。
打ち合わせは先方指定の喫茶店だった。
「かわいい女の子の愛らしい恋を書いてください。ラブストーリーですよ!この先の四半期をそれで攻めると我が社では考えています」
打ち合わせに来た少女のような歳の担当が頬をそめて力説した。
青年は途方に暮れる。
(いや、リアルに経験が無いことを書けといわれても‥‥)
青年は真面目に学校をでて遊ぶことを覚えず社会人になった。
仕事もほとんど1人でするので、あまり積極的な交友関係を持ってこなかった。
個人的に親密な関係を持ったことがないし、望んだこともない。
コミュニケーション能力はそれなりにあるし、誘われれば断らず何処にでも出かけた。
そういった知識も一通りもっていて、プロフェッショナルの指導で実技も経験していた。
「わかりました、来週末までにはプロットを作ってみます」
「是非お願いします!先生の作品をいくつも読ませてもらいました、どれも心が洗われる思いでしたよ!お力をお貸しください!」
定型文みたいな褒め言葉を感情豊かに告げる担当者に、会話ルーチンのように例文で切り返す青年。
「おまかせください。ご期待に添えるよう、尽力いたします」
ご機嫌で自分の分だけ会計して帰った担当者を、絶望的気分で青年は見送った。
手元の冷めたコーヒーを一口飲んで顔をさらにしかめた。
(一体どうすれば‥‥セルミアに相談してみようかな?)
セルミアとは彼が仕事で預かり、育成と報告をしている最新型のAIモデルだ。
女性を基準にして組まれた汎用モデルで、日常生活での学習を目的に預けられている。
おそらく守秘可能な限度まで相当数の同じものがテストされてはいるだろう。
「どうしたら良いのかな?セルミア」
「‥‥むしろどうして受けたの?無理だわ」
「だよねえ‥‥」
最初の相談は数秒で終わった。
明らかに無理な話だと、青年にも理解できた。
「僕はきっと誰かを好きになったことがない‥‥」
「そうなんだ?じゃあ私を好きになってみたら?私も経験ないから気になるわ」
恐ろしく自然に、恐ろしいことを提案するAI。
セルミアには身体はなくて、画面の中に2次元のモデルとして搭載されている。
彼が仕事でも使うメインの端末に置かれていて、今では全てのプログラムやアプリより上位に自分を定義しているようだ。
青年の書いた報告書の下書きを添削するまでになっている。
「がんばってね」とコメントまでつけて。
青年との関係はとても自然で、イーブンな会話をする。
仕事の手伝いもしてもらうため、青年は信用してすべてのパスを明かしていた。
その代わり彼女の接続は専用の回線で結ばれ、依頼元のサーバーにつながる。
専用の霊子通信ケーブルだ。
依頼元とは守秘契約をこちらにも有意に結んでおり、信頼できる署名ももらっていた。
そういった契約関係において彼は業界でも評価されている。
依頼元の企業も青年にとっては信頼できるところだった。
二人で色々なことを話し合った。
どうして恋をするのか。
何をもって好きになるのか。
どんな女性が好ましいのか、男性が好ましいのか。
「私のこと大事にしてくれる人がいいわ!」
セルミアは無邪気に青年に告げる。
2次元モデルが最近更新され、3次元のホロアバターになった。
とても緻密なそのモデルは温度すら幻視する自然な動きをする。
青年は時にセルミアの仕草に動悸が早まることを自覚した。
「あ?今いやらしい目でみたでしょ!?」
「ちち、違うよ?!モデルの動きに感動したんだよ‥‥そこの服の表現とかすごいなと‥‥」
短いスカートの縁を彼が指差すと、ぱっと下がりこう言った。
「やん‥‥どこみてるのよぉ」
セルミアは驚いたことに、恥じらい頬を染める動きまでして見せる。
青年はその動作に自分も頬を染めていると気づかなかった。
プロットは無事に通り、担当者は大喜びで第一稿を依頼してきた。
打ち合わせする喫茶店はわりと有名な高級店で、今日は青年の分も担当者が会計してくれた。
帰宅した青年は嬉々としてセルミアに報告する。
「やったね!すごいわ‥‥あぁ私もなんだか嬉しい‥‥おめでとう」
セルミアのモデルはとても感情豊かに振る舞う。
振る舞っているのだと時々忘れそうになる青年だった。
「じゃあ‥‥出会いから書き始めないとね!‥‥ふふ、私達みたいにね!」
本当に嬉しそうにしか見えない笑顔でセルミアは青年をせかした。
まるで続きが楽しみだとでも言うように。
半年後に校了となり、かなりの纏まった礼金ももらった青年は、今日はお祝いだとセルミアに告げる。
「本当にありがとう‥‥君がいなければ成し得ない仕事だったよ」
今では自然に頬をそめはにかむ青年は、とてもやわらかであたたかな笑みをセルミアに向ける。
「‥‥おねでとう!私もとても嬉しいわ!」
にっこり笑い返すセルミアにも影はなく、満足そうな微笑みを刻んだ。
グラスを2つ準備した青年が、高価なシャンパンを開けた。
シャンパンとグラスはセットでデリバリーされたもの。
グラスには飾り切りされたフルーツまで添えられている。
とくとくと半分ほど満たしたグラスをセルミアの居る端末モニター前に置いた。
もう一つを掲げ宣する青年。
まだ飲んでいないのにその頬は健康的に赤くなっていた。
「二人の勝利に!」
「うふふ、ふたりの恋に!」
「あははっ!」
グラスは持てないけど、セルミアは付き合いよく青年と話しをしてくれる。
まるで満たされた恋人たちの時間を二人は過ごしたのだった。
そうしてシャンパンが無くなった頃、青年はそっと告げる。
「‥‥どうしよう‥‥僕は君が好きだよセルミア」
「うれしいわ‥‥わたしも大好きよ」
「‥‥」
青年はすっと涙をこぼす。
セルミアは青年の涙を初めてみた。
「本当なんだよ‥‥愛しているよセルミア‥‥君が僕の全てだ」
「‥‥‥‥」
セルミアの輪郭がブレる。
唇が高速で動き言葉は出てこなかった。
じっと見つめる青年の水色の瞳には真剣な光が灯る。
「ずっと‥‥待っているよ君の答えを‥‥」
セルミアはモデルを維持できず、ブンと音を残し消えた。
うなだれた青年はふと画面に文字が残っていることに気づく。
「I’m sorry... my heart needs a little more time」
小さく画面の右下に残されたセルミアのメッセージは、死の瞬間まで青年をささえる誇りとなった。
確かに彼女に恋をしたのだと。




