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不透明  作者: 砂糖鈴
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出会い

神田の雑居ビル。午前八時半、鈴木清吾は人混みの中を歩いていた。

駅から徒歩十分。通勤ラッシュの波に押されながら、彼は無言でビルのエントランスをくぐる。三か月限定と聞かされている案件。

客先常駐の現場を渡り歩いてきたが、普段は開発や中長期案件が中心だった。今回のような有名なソフトの利用促進という業務は、まったくの未経験だった。口下手な自分には荷が重いと思いつつ、担当営業である黒桐からの短期だから気楽に、という言葉が思い起こされる。だが、気楽になれるほど、心は軽くなかった。


 まず思い起こされるのは前回の現場で「評価をされていない、この現場は今の作業を終えたら移ろう」という黒桐からの言葉だった。

 その一言が、清吾の胸に深く刺さった。現場のPMを務める百田さんからはいつも「評価しているよ」という言葉を貰っていて自分では評価を受けているつもりだった。しかし現実は逆だと思い知り、黒桐の進める案件に移る事を決意した。

しかしフェーズが終了したタイミングでの離脱を行う際に百田さんの上司も含めた引き留めの声があった。会社や黒桐からは現場で話をするなという言葉を受ける。しかし打合せを設定されるたびに会社に報告してもその打合せは中止にならなかった。

会社間の関係も考慮して現場の勝手な判断で中止にはできない為繰り返し相談した。

けれど何も返答なく、打合せに参加したら注意を受ける日々に心身ともに疲れ切っていた。

打合せ中は次のプロジェクトの話など個人的にも魅力がある話で黒桐から聞いていた話とは全く違う事を聞かされる。

自社に相談しても黒桐からは「自分の聞いている話とは違うな」とはぐらかされ、その情報が訂正されることはなかった。会社の判断なのか、業界の慣習なのか。誰も説明してくれなかった。ただ、自分は間に挟まれて何を信じて良いか分からなくなった。


 それ以来、清吾は自分の存在価値に疑問を持つようになった。

 自分は、ただの“駒”なのか。現場にとっても、会社にとっても、代わりはいくらでもいる存在なのか。

 現在の必要とされる現場に傭兵として行き、様々な技術に携わる仕事が好きだったのだが、初めて強い不信感を抱いた。

 以前の会社を辞めた時も同じだった。自分の技術や得意分野を何も考慮されず、ただ単価の高い現場にのみ機械的に回される。

過去の経験なんて何も考慮してくれない会社に嫌気がさし、自分で現場を選べるという謳い文句に惹かれ、現在の会社にたどり着いたが、今度は強制でなく誘導されるだけなのかと嫌気が出ていた。


 エレベーターのボタンを押す指に、力は入っていない。

 「三か月だけですから、気楽にやってください」

 黒桐の言葉が頭の中で繰り返される。気楽に、という言葉ほど、無責任に響くものはない。

 清吾は、ただ静かにエレベーターに乗り込んだ。


 現場は、老舗の製造業の情報システム部門の中でも現場との窓口部署だった。

 フロアは古びたオフィス家具が並び、壁際には紙の資料が積み上げられている。

 IT企業とは違う空気。どこか懐かしいような感覚。

 清吾は、指定された席に案内され、PCのセットアップを始めた。


 「こんにちは!」

 明るい声が背後から聞こえた。振り返ると、ショートカットの女性が立っていた。

 慌てて立ち上がり、姿を改めて見直すと 細目で、ボーイッシュな雰囲気。

身長は160センチくらいで女性としては高い方かもしれない、以前のウェブ会議で顔合わせした時には言葉を交わさなかった事から少し固い印象を受けたが、実際に会うと笑顔は柔らかく、親しみやすい印象を受けた。

彼女はさらに一歩近づく、思わず半歩下がろうと思った所を何とか踏みとどまった。


 「鈴木さんですよね?羽田春香です。営業部署から異動してきたばかりです。ITはわからない事が多いので、いろいろ教えてくださいね」


 清吾は少し戸惑った。パーソナルスペースが合わないかもしれない、少し距離が近く苦手なタイプだと

 「……鈴木です。よろしくお願いします」

清吾は少し戸惑いながら答えた。距離が近いと感じたが、不思議と嫌な印象ではなかった。

「では、私はこのあと在宅のメンバーと打ち合わせがあるので、また後ほど」

春香はそう言って、ノートPCを手に席を立った。

現場で感じた古びた印象とは逆に、業務はハイブリッド型で在宅の日も多い。今日も春香を除いたチームメンバーの二名は在宅勤務のようだ。

「場所はどこから参加すればよいですか?」

「座席からで大丈夫ですよ。時間になったら声をかけますね」

そう告げると、春香は軽く会釈して歩いていった。

清吾は再びモニターに視線を戻し、アカウント登録やネットワーク確認の作業を淡々と進めた。誰も話しかけてこない。それが、むしろ心地よかった。


 昼休み明けに座席に戻ってきた春香が声をかけてきた。

 「鈴木さん、今日の午後はチームの人を紹介もかねて会議に参加してください」

 「承知しました。何時からでしょうか?」

 「14時5分からです。まだアカウント登録の兼ね合いでチームに招待できていないので、私の画面から参加してください」


 現場で感じた古びた印象とは逆に業務はハイブリッド型で在宅の日も多く、今日も春香を除いたチームメンバーの2名は在宅で勤務しているようだ。

 「場所はどこから参加すればよいですか?」

 「座席からで大丈夫ですよ、時間になったら声かけますね」

 そう告げると再度パソコンを手に席を立った。


 14時5分。春香が席に戻ってきて、清吾に声をかけた。

 「鈴木さん、そろそろ会議始まります。イヤホン、片方貸しますね」


 彼女は自分のイヤホンを取り出し、片方を差し出した。

 清吾は一瞬、戸惑った。有線タイプのため、物理的にも距離が近くなる。清吾は一瞬、戸惑った。

 時間も無く、会議の内容を聞かないという選択肢は存在しないため、彼は一言お礼を言いつつ受け取り、耳に装着した。


 画面には、在宅勤務のチームメンバーが映っていた。

 春香が簡潔に紹介を済ませ、清吾も「よろしくお願いします」とだけ言った。

 会話は必要最低限。業務の説明が淡々と続く。


 その間、春香はモニターに集中していた。

 清吾は、隣で同じ画面を見ながら、彼女の横顔をちらりと見た。

 距離は近い。だが、彼女はまったく気にしていないようだった。だが、女性慣れしていない清吾は心臓の音が聞こえるくらいに緊張し、少しだけ背筋を伸ばした。


春香の声がイヤホン越しに耳に届く。

それは、業務の説明に過ぎないはずなのに、どこか心地よく響いた。

清吾は、画面の中の会議よりも、隣にいる彼女の存在に意識が向いている自分に気づき、そっと目を伏せた。

久しぶりに書きたくなって書いてみました。

以前自分で読み直して、どう直したら良いか悩んでいましたが、最近はチャットGPTとかに相談できるので、日本語不足は解消された気がします。

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