お母さんは名探偵
「ただいま」
僕は大きな声で言った。
「おかえりー」
キッチンの方からお母さんの声が聞こえた。
ぼくは、扉を開けてリビングに着くと、キッチンでお母さんが晩ご飯の準備をしていた。
「手、洗っちゃいなさい」
お母さんと目が合った。ぼくは、「うん」と頷くとキッチンに行った。
キッチンの近くにあるイスを持ってきて、シンクの前に置くと座るところに乗り、高さを調整する。
ハンドソープで手をしっかり洗うとイスから降りて、シンク下の扉に掛けたタオルで両手をしっかりと拭いた。
そしてイスを元あった場所に戻す。この動きは、いつもやっているので手慣れていた。
「今日、学校どうだった?」
お母さんは白い大きなボウルと、ぼくを交互に見ながら言った。
「ふつう」
「ふつうか……何かなかったの?跳び箱で何段跳べた〜とか、テストで満点取れたよ〜とか」
「ううん。今日は鉄棒だったし、テストはあした」
今日の体育は鉄棒だった。ぼくは逆上がりができない。早く終わらないかなってずっと思っていた。
「今週末、お母さんと公園に行って逆上がりできるようになろうね」
お母さんはぼくの心を読むように言った。
「うん」
嫌な気持ちがこもった返事をした。
その返事を聞いて母は、ふふふと笑うと、
「そういえばさ、今日はジュンの大好きな餃子なんだけど、一緒に皮に包むの手伝ってくれる?」
「えー」
めんどくさいという言葉を飲み込んで、再び嫌な気持ちがこもった返事をした。
「それじゃあさ、お母さんと勝負しよう。ジュンが勝ったら晩ご飯の時間までゲームしてて良いから」
ぼくは、前にこの勝負を受けて負けている。ゲームしてて良いからっていう甘い誘惑よりもお母さんに勝ちたいという気持ちが強かった。
「いいよ」
ぼくは、受けて立った。
勝負は簡単。夕方にやる刑事ドラマの犯人を先に当てるという勝負。
お母さんは、晩ご飯の準備があるので、テレビの画面を見ない。刑事さんや、出てくる人の声しか聞こえない状態で前回は、犯人を当てた。
ぼくは、リビングに戻って、テレビ台からリモコンを取るとソファに座り、電源ボタンを押した。ちょうど夕方のドラマが始まったばかりだった。
「音、上げてくれる?お母さんにも聞こえるように」
「わかった」
ぼくは音量を5つ上げて「大丈夫?」と聞くと、「OK」とキッチンから返事がきた。
この時間にいつもやっているのは主人公が女の人で刑事をやっているドラマだ。冒頭から事件発生まで見て、事件現場に刑事たちがやってくる。
『うーん。この部屋は内側から鍵が掛かっていた。これは、完全な密室殺人ね。第1発見者は殺害された友人の◯◯さん。
連絡が取れないことを不審に思った◯◯さんが、大家さんに連絡をして一緒に中に入ると遺体があった。
部屋は荒らされてない、背中の刺し傷からして顔見知りの犯行ね。貴重品も盗まれていないから物取りでもない。とりあえず周辺の聞き込みと、ご遺体の女性の人間関係あらうわよ』
ドラマはCMに入った。ぼくはまだ犯人はわからなかった。
「おかあさーん」ぼくは、キッチンの方を見て言った。「犯人わかった?」
「ううん。わかんなーい」
考えているのか、気持ちがこもっていない返事だった。
『殺された女性には恋人がいた。痴情のもつれかも』
ドラマが再会した。
「ちじょうのもつれって何?」
「うーん。男の人と、女の人がケンカしちゃう……ことかな」
「へー」
『恋人の✕✕、裏が取れました、白です。じゃあ、誰が犯行を。女性の仕事は?』
『事務員です』
『会社に行きましょう』
死んだ女性の働いているビルに場面が変わって、上司と名乗る男の人が主人公の刑事と話をしている。
主人公の刑事の視線が上司の首に下げている名札に行ったあとに、左手の薬指に移った。
『ご結婚、されてるんですね』
『えっえぇぇ』
上司は慌てて返事をしている。
「はい、わかった」
キッチンの方からお母さんの自信たっぷりの声が聞こえた。
「えぇ」
ぼくは、思わず大きな声が出た。「誰?」
「犯人は、第1発見者で友人の◯◯さん。亡くなった女性は上司と浮気をしていて、
その上司と結婚してたのが友人の◯◯さん。浮気がバレちゃって、自分の旦那じゃなくて浮気相手の女の方を殺っちゃった。刑事さんも最初に言ってたでしょ犯人は顔見知りだってね。三角関係になってたのよ」
お母さんの言う通り、犯人は友人の◯◯さんだった。主人公の刑事よりも早く事件を解決した。
密室は、殺された女性はいつも玄関のドアの近くにある鉢植えの下に鍵を隠していた。それを知っているのは友人である◯◯だけなんです。とお母さんの推理を補足するように主人公の刑事が言った。
「負けた」
完敗だった。ぼくは、全然わからなかった。
「それじゃ、手伝ってね〜」
キッチンから勝ち誇った声が聞こえる。
「はぁーい」
ぼくは、テレビの音量を少し下げるとキッチンに行った。
「勝てる気しないよ。なんでわかったの?」
お母さんは、テレビの画面を見ずに、登場人物の声の感じを読み取って犯人を当てた。
刑事の視線が上司の名札に行ったときは音楽だけが流れてた。結婚していたことはわかっても、名前を見ないと浮気をしていたという推理はできないはずなのに。
「お母さんはね、名探偵なのよ。はい」
お母さんはボウルにいっぱい入った餃子のタネと皮をぼくの方へ持ってきて、ぼくはイスを持ってきた。
「それじゃ、スプーンと皮を持って」お母さんはぼくにそれらを持たせてくれた。
「そう、出来た。ジュン、上手じゃない。はいもう一個頑張って!」
お母さんは、ドラマの犯人当てができずに不貞腐れているぼくを褒めながら一緒に餃子を包んだ。
これは後でわかったことだけど、見たドラマは再放送で、お母さんはぼくが寝静まった夜に一度見ていた。新聞のテレビ欄の“再”という読み方と意味を知るまでぼくは、お母さんの勝負を受けるのであった。
こんにちは、aoiです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。