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第1話

誰も私のことなど知らない。

それが当たり前だった。

名前とか年齢。そういう個人を形作るものすべてを誰も彼もが知らなかった。

「───────!」

だから泣かないで欲しい。怒らないでほしい。

これがこの世界の当たり前なのだ。

あなたが私の名前を呼んでいたら、きっと私は人間になってしまっていた。

私は人間になってはいけなかった。

人間ではない化け物なのに、恋をしてしまった。

この気持ちだけでも知られてよかった。

だから、だから、あなたにも私の死を、どうか喜んで欲しいのです。

祝福を、福音を、良き訪れを。たくさんの光をあなたに。

私、あなたのおかげで笑えるようになったんですから。

燃え盛る輪の中で、焼け焦げる体の匂いを感じながら────最愛の人をずっと見つめていた。




「こんにちは!今日も大好きです!」

「あーはいはい帰れ」

とある平和な国の城下町。

のどかな街のこれまた隅にある、非常にとてつもなく怪しい見た目の薬屋で、一組の男女が言い争いをしていた。

「ナユタ様の異国情緒溢れるお顔立ち、麗しい夜の色をした御髪、すらっとした長身に意外と少し高めで柔らかい聞き取りやすい声、何もかも全てが大好きです!」

「うるせえ」

否、言い争いというのは正確な表現ではないだろう。

少女が一方的に男を口説き、それを男が鬱陶しがっているだけなのだ。

深くフードをかぶり、この辺りでは見当たらない異国情緒な顔立ちと、珍しい黒髪を持った男────ナユタは、自分よりはるか背の低い少女を見下ろした。

そして、その額に指をぐりぐり押し付けた。

真っ白な髪と同じように色素のない雪のような目が「ふぎゃ」と言いながら閉じられる。

指を退ければ、額を抑えながら白ちびはやはりにこにことこちらを見てくる。

それがどことなく癪に障り、ナユタは声を荒げて言った。

「いいか白ちび。俺が好きなのは分かった。だがな……俺は興味ねえんだよお前に」

「知っております!」

「知ってるなら日毎訪れるな!好意を伝えるな!俺はマリナ様一筋なんだ!」

白ちびは男から少女への呼び名だった。女はそれを否定しないどころか受け入れ、呼ばれる度に嬉しそうな顔をするものだから男は困り果てていた。

男は少女の名を聞いたこともない。そもそも聞くつもりは欠片もなかった。

ずっと心を捧げ、忠誠を誓っている人がいるためだ。


その人の名前はマリナ・ベネット。この国の第二王女である。

品行方正で誰にでも優しく聖女のようと評判の姫であり、実は腹黒……なんてこともない。

貧しい者には手を差し伸べ、迫害される者が居れば姫としての権力をもってして根本から国を正そうと努力する。

上に立つ者として必要な素質を持ちながら努力も欠かさない。

そんな欠点のない人物だ。

「マリナ様には大恩があり、今後すべてをかけて俺の心を捧げるつもりだ。結ばれたいなどという欲はこれっぽっちも持ち合わせていないし崇拝に近い自覚もあるが、この気持ちは一生変わらない」

「はい!そんな愛情深く真っ直ぐで、お優しいナユタ様が大好きです!」

「話聞いてた?」

深く溜息をつき、ナユタはカウンターに突っ伏した。

白ちびはいつもこうだった。もう通い詰めて数ヶ月になる。

出会った時少し助けただけで一目惚れしただのなんだの言ってきたが、最近はその熱がエスカレートし始めている。

いくら断っても白ちびは「好きです」だの「素敵です」だの言ってくるのだ。ここのところ断ることは無理だと諦め始めており、ナユタはスルーするべきかと考え始めていた。

ただ、それが出来ない理由がひとつ。

「ナユタ様」

「なんだよ」

「いつも私の告白を飽きもせず聞いて下さりありがとうございます。私、毎日こうしてお伝えできて幸せです」

「…………はあ」

これだ。これなのだ。

白ちびは伝えるだけでこんなに嬉しそうにわらってきやがるのだ。

こちとら心から告白をお断りしているというのに、聞くだけで少女は幸せだという。

絆されてはいない。断じて。ナユタ自身はそう頭の中で考えているものの、日に日に出て行けと言えるようになる回数は少なくなってきている。

恋でないにしろ、小さくころころしたこの少女に愛着が湧いてしまっているのは事実だった。

「……で。納品の品は作れたんか」

「はい、こちらに!」

背中から下げた大きな鞄から白ちびはいくつものガラス瓶を取り出す。

その中にはこの店に卸してもらうための魔法薬が入っているのだ。

「へえ。毎度思うが丁寧な仕事してくれるじゃねえか」

「ナユタ様のお役に立てていますか?嬉しいです」

ナユタは薬屋を営む店主である。普段商品は彼が作っており本来なら他者の作ったものは必要としないのだが、白ちびだけは事情が違った。

ここに通いつめて数週間経ったある日「私に手伝えることはありませんか」と突然言ってきたのだ。

この街には薬師が少ない。そして、魔法使いが使うことが出来る魔法薬を作れる者はさらに少ない。

魔法使いはこの世界でかなり稀少であるため自然と魔法薬が作れる人間が少なくなるのも仕方がない。

だが、国はそんな魔法使いを重宝しており、魔法薬を作れる人間がいれば定期的に大量に注文してくるのだ。

その注文が入ったのが昨日。つまり繁忙期が訪れていた。

白ちびはわかっているのか来たのみで仕事を邪魔することはなかったが、毎日隈を作り作業に取り掛かるナユタを見かねたらしい。手伝いを申し出てきた。

「……お前が?」

「はい!ナユタ様、体調が悪いようにお見受けします。少しでも手伝えれば、ナユタ様も休むことが出来るのではないかと……」

この時、ナユタは疲れていた。疲れ切っていた。

薬作りは単調な作業。魔草を混ぜ、煮詰め、そこに魔力を注入する。

限られた人間にしか出来ないというが、それは注入する魔力が大量に必要となるからである。

さらに魔力が大量にあり魔法が上手く扱える者は魔法使いとなるが、ナユタはその適性がなかった。ナユタのような人間はだいたい薬師となるが、魔力があるおおよその人間は魔法使いになるため稀少……もとい、なりたがる人間がいないのである。

話は戻るが、薬を作るための条件が難しいだけで内容は酷く単調なのである。

繰り返し同じ作業ばかりしていたナユタは飽きていた。そして狂いそうな程に頭が疲れていた。

結果、狂気に犯されたナユタは白ちびにすら縋りたい気持ちになってしまっていた。

「魔法薬の作り方教える」

「え?」

「作れるかどうかはわからねえが、もうこの際何でもいい良い。少しでも別のことがしたい。人に教えるだけでも気分転換になる」

「な、ナユタ様?」

「どうせ秘伝のレシピみたいなものもねえんだ。魔力がなけりゃ作れることもない。うん、いいはずだ」

「わ……わかりました!魔法薬を作ってみれば良いのですね。作り方、教えてください!」

白ちびはナユタのためなら何でもしたかった。魔法薬など作ったことはなかったが、もし出来たらナユタが少しでも救われるのだ。

その気持ちだけでナユタを手伝うことを決める。

魔草をすり潰し、調合通りに混ぜ合わせ、煮詰め、魔力を込め……。

「……、出来上がってしまいました」

「嘘だろ!?」

結果、彼女には適性があったらしい。今まで白ちび自身にも自覚がなかったようで、完成した魔法薬を見て驚いたように目を瞬かせていた。

しかもナユタのものより高品質なものが出来上がっている。

そのまま使うと通常の人間には毒にもなりかねないので少し薄めて瓶に詰めないといけないが、その分納品する商品の数も増える。

ナユタにとっては何もかも万々歳だった。白ちびが魔法使いかもしれないとかそういう考えも一瞬よぎったが、ナユタはそれより仕事が早く終わるという事実が嬉しかった。

「これは……白ちび、お前使える人材かもしれないぞ」

「良かった!これをたくさん作れば良いのですよね?ナユタ様もゆっくり休むことが出来ますか?」

男が体を休められる。ただそれだけである。

だというのに少女は心から嬉しそうに明るく笑う。

「……」

だからなのか、ナユタは一瞬白ちびの頭に手が伸びかけてしまった。

「ナユタ様、作り方は覚えましたので少し眠ってきてください!」

「あ、ああ。そうするか」

その手は振り向いた拍子に我に返ったナユタによって引っ込められてしまったが。

「危ない危ない……俺はマリナ様一筋なんだ!この仕事だって王家のため、ひいてはマリナ様のためになるんだ!」

「そうなんですね!ならますます頑張らなくては!」

ナユタの言葉に白ちびはさらにやる気を出したらしい。手際よく作業を進めていく。

何故他の女のためと喚くこんな男がいいのかナユタにはわからないが、それより睡魔に見舞われ考える余裕がなくなってしまった。

考えることは諦め、眠気に抗わずにソファに横になることにしたのだ。


そんな出来事があったのがだいぶ前のこと。

あれから白ちびは魔草を採取する術も自ら学んできて、毎回在庫が足りなくなる色々な魔法薬を調合して納品してくれるようになっていた。

確認作業を終えたナユタは顔を上げ、白ちびに納品の対価を渡す。

「今回も問題ない。ご苦労さん」

「ありがとうございます!あの、本当にお金を頂いてもよろしいのですか?」

「このやり取り何回目だよ……いいの。労働に対する正当な報酬だ」

「……わかりました。頂きます」

実際、かなり助かっているのは事実なのだ。前より隈を作ることも少なくなったし、何より金はたくさん入ってくるが物欲が少なくて貯まる一方。

白ちびが申し訳ない気持ちを感じるような巨額の大金を渡している訳でもないのだから受け取っておけばいいのだ。

「あの、ナユタ様」

「ん?」

「私、ナユタ様に渡したい物が────」

白ちびが懐から何かを取り出そうとした時だった。

ナユタは突然がたっと立ち上がり、扉の方へと駆け出していく。

「マリナ様!」

ナユタが嬉しそうに呼んだのは、扉を開けた所にいた美しい金髪の少女だった。

ふんわりとウェーブがかった長い髪、すらりとした体型、そしてつぶらな青い瞳。

人形のように可愛らしいとも、女神のように美しいとも言えそうな整った顔立ちをしている少女は、ナユタによって開けられた扉に驚きながらもくすくすと密やかな笑みを浮かべた。

「こんにちは、ナユタ。よく私が来たとわかったわね」

「窓から美しい金髪が見えましたので……マリナ様、今日も麗しいですね」

「あら、お上手なこと」

穏やかに笑い合うふたりを、後ろで白ちびが眺めている。

「……思い上がらなくて良かった」

彼女は変わらぬ笑みを浮かべながらも小さく呟き、取り出そうとした何かを握りつぶすように自分の懐にしまい直した。

それをナユタは気づく様子もなく振り返る。

「白ちび、こちらは前に話したマリナ様だ。仕事の打ち合わせのため来てくださった。茶を入れてくる間相手をしてやってくれ」

「はい!わかりました」

白ちびは正式なものではないものの、既にナユタに半分店員のような扱いをされている。

彼女は日当たりの良い打ち合わせスペースへ椅子を持ってくると「どうぞ」とマリナに座ることを勧めた。

「白ちび……様?不思議な呼ばれ方なのね」

「望んでそう呼ばれております。どうぞマリナ様もそうお呼びください」

マリナは首を傾げながらも腰掛ける。所作の整った動きはさすが王族といったところか。

「あなたもどうぞ向かいにお掛けになって」

「では……失礼いたします」

もう一つ椅子を持ってきて腰かければ、マリナは穏やかに笑いかけてくる。

この時、心の底からどうしよう、と白ちびは考えていた。


とある男が大好きな少女と、その男が心のすべてを捧げているお姫様。

雑談をするにはおかしなふたりが揃ってしまったのだから。



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