楓の事故
楓さんが車椅子生活になった原因を柾さんが話したいと言う。
「私たちがお聞きしても良いんですか?」と紫雨ちゃん。「お二人に聞いて頂きたいんです。ご迷惑でなければ」
「是非聞かせて下さい」
「楓が8才の時、自転車ごと畑に転落して、その為脊髄を傷めた事はご存じと思いますが、そうさせたのは僕なんです」「どういうことかしら」と紫雨ちゃんが尋ねる。
「楓はいつも僕の後を仔犬みたいに追い掛けて来た。その時も自転車でついて来ました。けれど、僕は友達とサッカーがしたくて自転車のスピードを上げて楓に帰るように言ったんです。でも楓は嫌だと言って付いてくる。その時でした。大きな音がして振り返ると……。だから僕の責任なんです。もっと、ちゃんと見てやれば良かった……。後悔しても仕切れない」柾さんは遠くを見るような目で話し続ける。
私たちはなんて言えば良いのか分からず黙っていた。
紫雨ちゃんはそっと彼の背中をさすっている。
「僕を育ててくれた両親にも恩を痣で返すようなことをしたんです」
「そんなことはありませんよ。これは事故です。誰も悪くありません。不運な事故だったんです」私はきっぱりと言った。
「そうです。美雨の言う通りです。事故だったんです。だからもうご自分を責めないで」泣き出す紫雨ちゃんを柾さんは慰めている。
「お二人にも悲しい思いをさせてしまった。誰か信頼出来る人に話したかったんです」
「良く話してくださったわ」私は少しでも柾さんの心が軽くなれば良いと思った。
「楓は私がお兄さんの言うことを聞かなかったからだと僕を庇ってくれるけど、それが却って辛くて……」
「本当のことだもの。お兄さんの所為じゃない。だからもう苦しまないで」廊下で話を聞いていたらしく、楓さんが入って来る。
「お兄さんはあれから自分のことはいつも後回しで私のことを優先して、いつもやりたいことを我慢してきたの。もう、私も18だから、自分のことは自分で出来るし、出来ないことは助けてって言うから。そんなに心配しないで」
私と紫雨ちゃんは血の繋がっている兄妹よりお互いを思いやっている、お二人が素晴らしいと思った。
「でも、自転車で転ぶぐらいで、段差のある下の畑まで落ちるかしら?」私は疑問を持つ。
「それは、僕も疑問でした。楓を助けることに夢中で考える余裕はなかったけど、後で現場を見に行ったら、転ぶような、石の類いもない。舗装はされてないけど子供たちの通学路なので、怪我のないようにと、大人たちがいつも、掃除をしてくれていたし」
「楓さんは何か変だとか思ったことはない?」
「あれから、思い出してはいますけど、気が付いたら落ちていたので……。唯、何かに遮られたみたいに前に進めなくて、バランスを崩した感じでした」
「僕もその事を聞いて、見に行ったけれど、やっぱり何も見つかりませんでした」
私はこの件にも偶然ではなく、作為的な人為的なものが潜むような、嫌なものを感じる。紫雨ちゃんも同じだと言う。その嫌なものとは何なんだろうか……。
日照りの原因は優美子さんだと私たちは確信している。生来の晴れ女にその力を増大させるものが、嫉妬心なら柾さんが愛して止まない人に対して抱いているはず。柾さんが愛している人。紫雨ちゃんではない。昨日、会ったばかりだから、二人が思い合っていることを知るはずはない。
となると、それは、楓さんだ。それも血の繋がらない妹。もしかしたら、優美子さんの嫉妬の対象は、今に始まったものではなく、もっと前からのものかも知れない。 もしかしたら、楓さんの事故も優美子さんの仕組んだものだったとしたら……。
私は考えれば考えるほど怖くなってくる。彼女の無表情な顔が鬼面のように見えてくる。
この推理を紫雨ちゃんに打ち明けた。