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雨女(紫雨と美雨)の行方  作者: 悠木 泉
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生けにえ

 日照りが続き村人の死活にも繋がるため、楓さんをこともあろうに生け贄にする話があると聞き私たちは力を貸すことを決める。自分たちの娘を犠牲にしたくないために、元庄屋と言う立場にかこつけて、一人娘の楓さんを犠牲にと結託する村の人々にも憤りを憶える。そこまで追い詰められている証だろうが。

 その夜、村人たちが佐久田家にやって来た。田植えが近いから、稲や麦の種を蒔く二十四節気のひとつである「芒種」までに雨を降らせたいから、楓さんの件を何とかして欲しいと言う。

「分かっていますが、私の辛い気持ちも察して下さい。お願いします」人の良い、優しいお父さんは頭を下げている。「皆さんの気持ちは理解しますが、ご自分の娘さんをそう簡単に犠牲に出来ますか?自分勝手だとは思われませんか?」いつも穏やかな柾さんが振り絞るように言う。

「私らだってことが重大だと言うのはよくわかっている。でも、何とかしないと。雨が、それも沢山降らないと生きていけない」一番年かさの村人が反論する。

「しかし、かといって妹を犠牲には出来ません。元庄屋だからとの理由でその娘にしろだなんて言わないで頂きたい」柾さんは、はっきり言った。

「あんたに何が分かる。よそ者の、しかもどこの馬の骨か分からない者にそんなこと言われたくない」別の村人が吐き捨てるように続ける。

「それは聞きづてなりませんね。柾はれっきとした私の大事な息子です」

「そうでしょうか」と先の村人。

「やめて下さい。お父さん、もうい良いですから」柾さんは一礼すると足早に部屋を出て行った。

「お兄さん!」呼びながら楓さんが追っかけようとする。

とっさに紫雨ちゃんが車椅子を押す。私も二人の後を追う。

 奥の部屋に逃げるように入った柾さんは、私たちに背を向けて、夜も更けた広い庭を見ている。

「お兄さん、あの人たちの言うことなんか気にしないで。お父さんだけじゃなくて、私にも大事なお兄さんなんだから」楓さんは言う。

「有り難う。別に気にしている訳じゃない。本当のことだから。唯、身勝手な事を言うあの人たちに感情的になってしまっただけ。心配しなくて良いよ」彼は楓さんに微笑む。

「紫雨さん、美雨さんにも不愉快な思いをさせてすみません。もう、落ち着きましたから」

「私たちのことはお気になさらないで」と紫雨ちゃん。

「そうですよ。自分が人に言われていやなことは言うべきではありません」と私。

 そう口にして、私はずっと昔、まだ、人であった頃、亡き父がよく言っていた言葉を思い出した。父に癌が見つかったときは、既に手遅れで手術も繰り返したが、たったひと月で逝ってしまった。その為、遺言らしき言葉もお互い有り難うの言葉もないまま永遠の別れをした。

 だから、折につけ口にしていた、「人にされて嫌な事はするな。人に言われて嫌な事は言うな」を父の遺言と思って、日々生きて来た。いつもその言葉が守られていたかと問われたら、完璧にとは言い難いが、頭の隅には常に置いて気は付けている。

 私たちが落ち着いた頃、お父さんが冷たい麦茶を入れたコップを5つ運んで来た。縁側に置いた籐椅子に座るとお父さんは話し始める。

「私たち夫婦は長い間子宝に恵まれず、毎朝、近くの神社に神頼みをしていました。5年程経った春の朝、賽銭箱の前に綺麗な金糸、銀糸が織り込まれた紫の地の錦織の布にくるまれた赤ん坊を見つけたのです。手紙が1通あり、事情があり育てられないと書かれていて、私たちはこの子は神様が願いを叶えて下さった、有難い授かりものだと思いました。我が家の大切な息子としました。その後、柾を育てた事が報われたのか、楓を授かりました。残念なことに妻は一昨年病で天国へ召されましたが、いつも幸せだと言ってくれてました」

 「そうでしたか。そんな大事なお話を私たちが聞いてよかったんでしょうか」

「紫雨さん、美雨さんには知っておいて欲しかったんです」「僕は小学校に上がる時にその事を両親から聞きました。勿論、驚きましたが父も母も実の子同然に、良いときは心から誉め、間違っている時は心から叱ってくれるので、気持ちが折れないまま大人になれました」

「本当に良かったですね。良いご両親に恵まれて」余り、感情を表に出さない紫雨ちゃんが涙を拭っている。

「有り難う」柾さんの瞳は優しく紫雨ちゃんに向けられている。

 何とか、この困難な一件を解決して、佐久田家の皆さんに元の穏やかな暮らしを取り戻させてあげたい私たちは心からそう思った。

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