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雨女(紫雨と美雨)の行方  作者: 悠木 泉
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優美子の哀しみ

 日照りが続くのも楓さんの幼いときの大怪我の原因も優美子さんの仕業だと、私と紫雨ちゃんは確信している。人ではない分、私たちは勘が鋭い。信じたくはないが、その勘が間違いではないことを証明しなければならない。

 勿論、物的な証拠はない。あるとすれば、それは優美子さんの心の中に潜んでいる。心の中を暴くのは容易ではなく、彼女自らに心を開いてもらうしかない。

 早速、私たちは優美子さんを訪ねた。お裾分けしたいからと皆で朝から作った牡丹餅を持って。

お手伝いさんの絹さんは「わざわざ、有り難うございます。優美子さんも私も大好物なんですよ。亡くなられた優美子さんのお母様もお好きでしたから、ご仏前にお供えさせて頂きます」

 応接間に通され、新茶を頂いていると、優美子さんが入ってきた。

「牡丹餅ね。久し振りだわ」そう言うと一口召し上がるが、「有り難う。でも、もういい。ご馳走さま」と箸を置いてしまう。

「お口に合わなかったですか?」

「そうじゃないけど」と口ごもる。訳がありそうだ。

「母の好物だと絹から聞いているから、嫌なことを思い出すから」

「ごめんなさいね。悪気はなかったの」と私。

「いいのよ。もう、関係ないひとだから」

「関係ないひとって、どういうこと?あなたのお母様でしょう」紫雨ちゃんは珍しく、感情を表に出している。

「そうよ。だから、関係ないの。母親と言っても名ばかりの人。私は母に、何かしてもらった覚えはありません」

「あなたをこの世に産み落として下さったのはお母様だわ。命を賭けて」と紫雨ちゃん。

「だから、身体が弱いのに、命を賭けて私を産んだから、自分の命を縮めたのよ。あなた方に何が分かるの」優美子さんは一気に捲し立てる。

「それは、違います」お茶のお代わりを運んできた絹さんが見かねて言う。

 「お母様は、最期の最後まで優美子さんのことを、慈しみ、大切に愛しておられました。一分、一秒でも一緒にいたい、抱いていたいと」

「母親なら当然のことだわ」

「当然のことだから尊いのだと絹は思います」

「でも、私は母から、何ももらっていない。愛されていたといわれても実感がないもの」

「いいえ。お母様はかけがえのないものを残されています。お名前です」

「名前?」

「はい。お母様は、お父様にこの子の名前は私に付けさせて下さいと御願いされたんです。お具合が良くない中で、姓名判断の本を読まれたり、いくつかお名前を上げて、どれが一番良いかをお考えになったり。結局、優しくて、美しい人にと願いを込められて優美子とされたのです」

「私は自分の名前が大嫌いだった。勿論今もよ」

「どうして?とても素敵なお名前だと思うけど」と私。

「私は優しくもないし、おまけに、この醜い顔。お世辞にも綺麗とも可愛いとも言えない。はっきりいって、不細工な顔よ。名前負けも良いところ」

「そんなことはありません。人にとって一番大事なのは見た目の美しさではなく、心の美しさです。心の美しさは必ず、外見に表れます。どうか、心優しい優美子さんになってください」

「優等生の言い様だわ。心より外見が綺麗じゃないと、特に女は生き辛いのよ。不細工では好きな男性に振り向いて貰えないし告白も出来ないのよ」泣くのを堪えながら優美子さんは部屋を出ていった。

 「申し訳ございません。折角、おいでくださったのに。身内のもめ事をお見せして」絹さんは謝り続ける。

「気になさらないで下さい。私も感情的になってしまいました。優美子さんに謝っておいて下さい。でも、かなり、お悩みのようですね」

「優美子さんにすればご自分の所為でお母様が早逝されたと責めておられる所がおありなんです。そして、更にお父様も独りにしたと思われて、その怒りの行き場がなくて、誤解されるような物言いとか、憎まれ口を叩かれたりとかされるんです」

「ずっと、優美子さんのお世話をお母様代わりにしてこられた絹さんだから、お聞きしたいんですが、優美子さんは柾さんがお好きなのではないですか?」私が尋ねる。

「お気付きでしたか。優美子さんはお小さいときから柾さんのことがお好きでした」

「やはり、そうですか」

「優美子さんと柾さんは小学校からのクラスメイトで、他の男の子たちから、いじめに合われて、その度に助けてくれたのが、柾さんだったんです。正義感が強く、お優しいので柾さんにだけは心を開かれていたようです。それに、ご覧の通り男前でいらっしゃるし」

「本当にそうですね」照れながら紫雨ちゃんは同意している。

「それと、もう一つ、柾さんは、つまり佐久田さんの実の息子さんではなく、本当の御両親のことはご存知ない。優美子さんもお母様のご記憶がなく、どこか合い通じるものがおありだったのかもしれません」

「その後、お二人はどうされたんですか?」紫雨ちゃんの気になるところだ。

「お二人が7才の時に楓さんがお産まれになり、柾さんは楓さんが可愛くてならなかったようで、こちらに遊びに来られるのも減り、優美子さんはいつも、お淋しそうでした」

 私たちは帰り道、優美子さんの気持ちを思った。絹さんの言うように、楓さんの誕生が淋しさを募らせたのだろう。しかも、実の兄妹ではないだけに、楓さんにいつしか嫉妬心を持ってもおかしくはない。

 でも、どうやって楓さんに大怪我を負わせたのか。あの時、優美子さんは15才、頭が回って当然の年齢だ。

楓さんは何かに遮られてバランスを崩したと言っている。

その何かとは?

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