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5 あらたな日々

 召喚術は成功だった、彼女は間違いなく聖女で、美しい歌声をもって魔物を駆逐したのだ。

 その一報は瞬く間に王都を駆け抜け、聖職者達は沸き立ち、王都の民は安堵してむせび泣いた。召喚成功の手柄を独り占めしたがる教会と貴族の間でまた一悶着あったのだが、王がそれらを一喝して聖職者と騎士をほどよく混ぜた討伐隊を編成し、聖女を伴って辺境に向けて進軍することがその日のうちに決まった。

 討伐の旅に出ればすぐには帰って来られない。その前に顔を売っておこうと貴族や豪商は、我も我もとドレスや宝飾品を手に聖女の元へ押しかけたが、聖女は困ったように微笑んで何も受け取らず、巫女服か異国の服しか着ないので、欲のない聖女だとさらに人気が上がったのだった。


 やがて国王と聖女率いる討伐隊は、国中を周って魔物を狩った

 始めのうちは戸惑い怯えた様子を見せていた聖女も、行く先々で歓声をあげる人々を何度も見るうちに、堂々と胸を張って歌うようになり、その声と音楽は広く届くようになった。


 すべての魔物の討伐が終わると、再び辺境伯が置かれた。3代前でイーデオ辺境伯から入り婿を迎えていたガロ家の次男マティアスは、オクタヴィアンから新たなイーデオ辺境伯として叙爵され、辺境へと戻ることになった。全滅したかに思えた辺境の民や騎士も、深い森に隠れ生き延びたものが多くいて、ゆっくりとではあるが復興していった。

 ヴァレリーとリシャールもどこか森の奥で生きているのではないか。マティアスは仕事の合間を縫って探した。

 かつて死闘を繰り広げた街道。そこからずっと奥まった森に住む木こりの夫婦は、マティアスの来訪に怯えながら、身なりの良い少年と赤ん坊の死体を見つけたので埋葬したと言って、一振りの剣と野の花が供えられた粗末な墓を1つ見せた。その剣は、間違いなくヴァレリ―のものだった。

 そして、夫婦の自宅裏からは、好奇心いっぱいの目をキラキラ輝かせた子供が、マティアスを覗き見ていた。その髪と瞳は、かつてのイーデオ辺境伯一家と同じ、金髪に翠色。

「あの子は誰の子だ?」

 マティアスの問いに、夫婦は顔を強張らせた。

「私の子で子でございます!私の大事な一人息子です!」

 祈るように跪いて女は泣き崩れた。

「たった一人の、私の大切な子なんです」

「私らの可愛い息子でございます」

 地べたに額をこすりつけて泣く女をかばうようにして、男は深々と頭をさげた。

 2人の赤い頭と、心配そうにこちらを伺う金色の子供を見て、マティアスは少しの間逡巡した。

「もしあの子が騎士になりたいと言ったら、あの剣を持たせてイーデオに寄越せ。必ずだ」

 そういうと、女はオイオイと声を上げて泣いた。

 男はありがとうございますと繰り返し呟いて、マティアスを拝んだ。


 22で、マティアスは結婚することになった。相手はなんとあの聖女である。しかも聖女直々のご指名で、断る選択肢は無かった。

 すっかり言葉を憶えた聖女から聞いた話によれば、ここ数年夫の座を狙う大貴族達と、王妃になるべきだと主張する宰相達の一派、そして聖女は聖女らしく神の花嫁になるべきだと言って譲らない教会に挟まれて、随分苦労していたらしい。辟易した聖女は、「私は好きな人と結婚する!!」と宣言し、マティアスが呼び出されたというわけだ。

「なぜ私を選ばれたんです?もう何年もお会いしていなかったのに」

 不思議に思って聞いてみると、聖女は切れ長の目を細めて笑う。

「初めから優しかったからかな。それに」

 す、と頭の上に手を伸ばす。

「私より大きくてイケメン」

 出会った時聖女と同じくらいの身長だった少年のマティアスは、193センチのド迫力マッチョに成長していた。

 いたずらな少年の様に笑って聖女は言う。

「普通サイズってのも味わいたいじゃない」




 聖女の結婚となれば地味に済ませるわけにいかない。再婚する気などさらさらなかったオクタヴィアンは、サクラコとマティアスの結婚に大喜びして、渋るサクラコを説得し王都で盛大な結婚式を上げさせた。

 結婚式に先立って、マティアスが魔物と戦いつつ辺境から王都へ辿り着き聖女と出会う、やたら誇張され美化された演劇が上映されたので、民衆は英雄と聖女の結婚だと言って大いに盛り上がったのである。

 派手に着飾って華々しく王都から辺境へ送り出されたが、辺境に戻った2人の生活は極めて質素で堅実なものだった。しかも、傅かれて当たり前の領主婦人サクラコは、騎士服を着て領都を歩き回り、涼し気な顔立ちと美声で領都の娘達を夢中にさせ、川で領民の子らに泳ぎを教え、馬の世話をし、見習い騎士とともに剣を習った。魔物の討伐に出れば研究だと言って何体もの魔物を持ち帰って領民を恐れおののかせた。

 ドレスに刺繍、茶会にダンスが貴婦人の嗜み。馬に跨るなどあり得ない世界線で、である。サクラコの破天荒ぶりは辺境一帯を大いにざわつかせた。

 さらに貴婦人にあるまじき運動神経を見せるサクラコは、弓を習わせればすぐに百発百中、剣でも熟練の騎士に引けを取らず、馬も巧みに乗りこなすようになってしまった。貴婦人のお遊び、などと侮れない強さである。聖女の歌があれば魔物など恐るるに足らず、と少々気の緩んでいた騎士達は、領主婦人に負けては騎士の名折れと躍起になって鍛錬しまくり、あっという間にテヌマーレ最強の騎士団を作り上げてしまったのだ。


「奥様はドレスや宝石はお好きでいらっしゃらないのですか?」

 ドレスも宝飾品も一切欲しがらないサクラコに侍女が尋ねると、サクラコはう~んと唸ってこう答えた。

「だって、この世界のドレスってばどれもこれもヒラヒラのフワフワなんだよ」

 肩の辺りで手をわさわさと動かしてみせる。

「私みたいに厳つい女、あんなドレスが似合うと思う?あ~いうのはね、もっと背が低くて華奢な肩幅じゃないと似合わないの。それにコルセットなんて窮屈すぎて嫌よ」

「なるほど。だから貴族や商人たちの贈り物を受け取らなかったのか」

 討伐に出る前の贈り物合戦の話だ。貴婦人はみなドレスや宝飾品を山の様に持つもの、と思っていたマティアスは、サクラコの行動が不思議でたまらなかったのである。

「しかし宝石くらいは受け取っても良かったのではないか?」

 ずいっと身を乗り出したサクラコは、真剣な表情でマティアスを見据えた。

「タダより高いものはない!知らない人から不用意に物を貰っちゃダメなんだからね」

 一瞬の間を置いて食堂にマティアスの笑い声が響いた。侍女たちも口を押えてクスクスと笑っている。

「何がおかしいのよ~!」

「いやすまない」

 ひとしきり笑ったマティアスは、優しくサクラコに微笑んだ。

「それじゃあ今度、サクラコの国のドレスを誂えよう。君に似合うドレスがあるのだろう?」

「え、そりゃあまぁ・・・あるけど」

「ドレスに合わせて宝飾品も誂えよう。私からの贈り物は受け取ってくれるだろう?」

 やたらと男前で体の大きな領主婦人が、夫の甘い笑みを前に耳まで真っ赤に染めてモゴモゴと口ごもる様を見て、侍女達は密かに(ウチの奥様ってばほんと可愛い)と思ったのだった。


 妊娠してからもサクラコの快進撃は続いた。激しい運動を控えるように夫と侍女から懇願されたサクラコは、領地管理の手伝いをすると言いだし、読み書きは無理でも計算は出来る!と言って経理の仕事を始めたのだ。

 ココとココを足して、などと説明を受けるとすぐさま計算を終え、さらには処理済みの書類から計算間違いや横領が疑われるような不審なものを見つけ出し「ここの数字がおかしいのはどういうことか」などと問い詰めて文官を震え上がらせ、歌って闘って不正まで炙り出すトンでも聖女だと奇妙な伝説を作り上げてしまったのだった。




 月が満ちて生まれたのは女の子だった。強い男の子が望まれる辺境だったが、なにしろ破天荒辺境夫人、もとい聖女の産んだ女児である。「あら女の子なの?じゃあ次は男の子ね」などと無神経な発言を繰り出す者は一人もいなかった。

 実際この子はおそろしくお転婆だったが、婦人は止めるどころか一緒になって遊びまわったのだから世話係の侍女達はたまらない。男の子の服を着てしょっちゅうズボンを破り、泥まみれになって、捕まえた虫やカエルを持ち帰っては侍女が悲鳴をあげた。次に生まれたのもやはり女の子だったが、この子もまたお転婆だった。

 3人目を妊娠した時、侍女達は「男の子でも女の子でもいい、大人しい性格の子をお願い!!」と心の底から神に祈ったのだが、やっぱりお転婆娘が生まれて、男勝りのイーデオ3姉妹として辺境にその名を轟かすことになってしまったのである。


 男の服を着て皮鎧を身に着け、馬に跨って剣を振るう3姉妹と領主婦人。これでは嫁の貰い手なんぞどこにもないとやきもちする侍女達だったが、次女モモカには、早々に隣の辺境伯から縁談が来た。

「今の時代、刺繍とダンスばかりしているようでは辺境伯婦人など務まりません!」

 面会に訪れたお隣の辺境伯婦人カロリーヌが熱弁を振るう。

「先の戦いで思い知ったのです!男が外で戦う間、領都を守るのは我ら女です!子を守り領民を守る!それがわたくしたちの使命なのです!!」

「その通りですわ!!」

 カロリーヌの演説に、モモカは興奮して立ち上がる。

「これからは女も魔術を習い、弓を引き、馬を乗りこなさなくては領地を守ることなどできません!」

 がっちりと手を握り合うカロリーヌとモモカ。

「ですがわたくし、自分より弱い男はお断りですわ」

「あなたのお眼鏡に叶うよう、ばっちり鍛えておりましてよ。お入りなさい!」

 入室してきたのは父マティアスに負けずとも劣らない筋骨隆々のゴリマッチョ子息レイモンである。

「まぁよく鍛えていらっしゃること。でも手合わせしてみないと何とも言えませんわ」

 などと言って訓練所に誘い出し、木剣でレイモンと接戦を繰り広げた。

「ウチの娘はそこいらの騎士より強いわよ」

「あらウチの息子をそこいらの騎士と同じにしないで頂きたいわ」

「お嬢そこだー!!」

「レイモン様いけー!!」

 なぜか火花を散らす母親達と、盛り上がる騎士達。

 持久力と柔軟性、速度で翻弄するモモカと圧倒的な剛力のレイモン。

 剣で互角の2人は、

「やるじゃない、でも弓ならどうかしら」

「さすがに槍などご令嬢には難しいのでは」

 などとお互い挑発しあっていずれも決着が付かず、息も絶え絶えになりながら

「あなた中々やるわね」

「続きは我が領地でいかがか。あなたのために訓練所を1つ新設しましょう」

「あら素敵な口説き文句ね」

 とかんなんとか言って意気投合するという少年漫画的展開で嫁入りが決まった。




 三女モミジにも、立て続けに別の辺境伯から縁談が持ち上がった。

「これからは辺境伯同士、交流を深め切磋琢磨して守りを固める必要があると思うのです。その為にも、武勇で名高いイーデオと是非ご縁を頂きたいのですわ」

 レースの美しいドレスをまとい、髪を高く結い上げいくつも簪をさし、おっとりと話す辺境伯婦人セリーヌは、王都の社交界にいてもおかしくない正真正銘の貴婦人である。

「わたくしご覧の通り、流行のドレスにもお茶会にも興味はございませんの。毎日ズボンを履いて馬に跨るような女でしてよ?」

 あなたのようなお上品な方と上手くやれる自信はない、とモミジなりにオブラートに包むが、セリーヌは動じない。

「もちろん存じ上げておりますわ。そういった社交はわたくしにお任せいただければ結構ですのよ。皆それぞれ得意なことを生かせばよろしいのですわ」

 フワフワと優雅に扇を動かして微笑む。

「イーデオの女は自分より弱い男とは結婚しませんの」

「そのように伺いましたので、息子もずいぶんと努力して鍛えましたのよ。お入りなさい」

 品よく扉を開けてやってきたのは、背丈は母サクラコと同じくらい。優し気な面立ちにすらりとした細身の体をロープで包んだ、一見学者のような子息フランシスだった。

「軟弱な方は好みませんの」

 ズバリと辛辣に切って捨てるモミジに

「一度だけで結構です。私とお手合わせ願えませんか」

 と言ってそっと木剣を差し出してきた。

「ケガしても知らないわよ」

 と言ったモミジの剣をあっさり弾き飛ばした子息は、眼鏡とローブを外してみせた。騎士服の上からでも明らかな細マッチョ子息フランシスは、剣の腕もさることながら、、かなりの策略家であった。

「油断しましたね。私剣は得意なんですよ」

 と意地悪そうに笑うフランシス。

「クッ、騙したわね」

 と地団太踏んで悔しがって見せたモミジの頬は赤く染まっていた。




 長女のカエデにも他の辺境伯の次男三男、王都の貴族からも次々に縁談が持ち込まれたが、一切首を縦に振らず、妹たちの嫁入りから3年後、結婚相手を自分の手で掴み取ってきた。イーデオ騎士団所属のジャンである。

「お父様、私この人と結婚するわ!」

 そう言ってジャンをマティアスの前に引っ張り出した時、マティアスは片手で口元を覆って、感極まったように言葉を詰まらせた。

「ジャン、カエデで良いのか?」

「はい、いえあの、自分は木こりの息子です。自分のような者が領主令嬢との結婚を許していただけるのであれば・・・大切にします」

「ジャン、お前婿に入れ」

「お父様!!ほんとに?いいの?後でやっぱりダメなんてナシだからね!やったー!!」

 ぴょんぴょんと跳ね回ってジャンに飛びつくと、ジャンは愛しそうにカエデを抱きしめて、マティアスに深々と頭をさげた。

 マティアスは懐かしい金髪と翠の瞳を見つめた。

「ジャン、頼んだぞ」


 カエデの結婚式で、珍しく深酒したマティアスは、

「こんな日が来るとは夢にも思わなかった」

 と言いながら男泣きしてジャンと娘婿達に絡みまくりサクラコに怒られたのだった。




 娘達が全員結婚して少し寂しくなった領主婦人は、さっさと仕事を覚えろとジャンの尻を叩きまくって鍛え上げると、大半の仕事を娘夫婦に押し付けて、夫と2人遠乗りや旅行を楽しんだ。時々は王都にも出かけて、煌びやかに装飾した騎士服や珍しい作りのドレスを優雅に着こなしてふらりと劇場に現れては、劇場をジャックして好きな歌を好きなだけ歌って、観客からやんやの喝采を浴び機嫌良く帰って行ったのだと言う。




 魔物を殲滅する奇跡の歌声を持つ聖女ヒノ・サクラコ。

 テヌマーレを救い、辺境の英雄マティアス・ガロと結婚した彼女は、辺境の戦力を強化し盤石の物にしたのち、86歳で大往生したという。

 彼女の肖像画は、歴代の王とともに、今も王宮に並べられている。





■登場人物■

●日野桜子

拝啓母上様。私異世界でのびのび生きてます。


●マティアス

193センチド迫力マッチョに成長。

前イーデオ辺境伯と血の繋がりがあったので、新たなイーデオ領主になる。


●オクタヴィアン

妻子を犠牲にしたことを心のどこかで悔やみ続けて再婚を拒否。


●カエデ

桜子の長女。めっちゃお転婆。


●モモカ

桜子の侍女。すっごいお転婆。


●モミジ

桜子の三女。やったらお転婆。


●カロリーヌ

お隣の辺境伯婦人。桜子に感化されている。レイモンの母。


●レイモン

お隣の次期辺境伯。剛腕ゴリマッチョ。母同様桜子に感化され、イーデオ騎士団に負けない最強の騎士団を作りたいと思っている。


●セリーヌ

正真正銘の貴婦人だが、これからは闘う女も必要よね、とやっぱり桜子に感化されている1人。

魔物の襲来にそなえて武力以外でももっと対策すべきだと思っている。


●フランシス

モミジに求婚しにきた辺境子息。しなやかな細マッチョ。知略に長けている。

一見優し気なイケメンだが意外とS。


●ジャン

木こりの夫婦に拾われ出自を知らぬまま育つ。騎士になりたいとイーデオ騎士団に入団。カエデと恋仲に。



第一部完結です。

誰にも読まれてくてもいいと思って投稿しましたが、読んで下さる方がいらっしゃって手が震えております。

読んでいただけただけでもうれしいのに、評価ポイント下さった方、誠にありがとうございます。

第二部も書き終わり次第投稿します。

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