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2 辺境の騎士たち

 

 スーサリマ大陸はその中央で長大なイサナダ山脈によって分かたれている。

 その頂は高く、低いところでも7千。高い所では8千を優に超え1万に届くとも言われる高山の連なりは、太古の昔から東西を分断し、動物も植物も全く別々の進化を遂げた。

 東には人が栄え国を作ったが、西では魔物が跋扈した。

 この2つはイサナダ山脈を越えられないのだが、山脈の中には隧道がいくつか通っており、時折そこから魔物が溢れる。

 人はその隧道の出口に結界を張り、騎士を常駐させて国を守るようになった。

 テヌマーレ国イサナダ5辺境伯の興りである。

 そのうちの1つ、イーデオ辺境伯イヴォンは、結界の向こうに魔物が現れたとの報告を受けると、後継の長男ヴィクトルを城の守りに残し、次男ヴァレールと12になったばかりの三男ヴァレリーを連れ討伐に赴いた。辺境の男達は皆12になると魔物の討伐に出る。そのために幼い頃から鍛錬を積むのだ。それは辺境伯の子も変わらない。

 三男ヴァレリーの初陣である。



 イーデオ辺境伯イヴォンは丘から隧道の結界を望むと息を飲んだ。

「なんだこれは」

「父上・・・」

 隣に立つ次男ヴァレールが上擦った声をあげる。

 魔物発見。その数8。

 最初の報告ではそう聞いたのだ。

 だがどうだ。空飛ぶ魔物に地を這う魔物。ヘビのようにうねる魔物に火を吐く魔物。おびただしい数の魔物が結界に張り付いて食い破ろうとしているではないか。

「父上、これはまさか」

「あぁ」

 記録によれば今から2千年前、万を超える魔物が現れた。東の大地を蹂躙した魔物は、古代王国ナ・ケーウを滅ぼしかけたという。

 目の前の魔物は、その時以来の数である。

「ヴァレリー、伝令を務めよ。すぐさま民を避難させると同時に、王都へ早馬を出せ」

「はい」

「マティアス、頼んだぞ」


「第1魔術隊!結界強化!!第2魔術隊!騎士隊身体強化!!」

 イヴォンの号令に、魔術師たちが詠唱を開始する。

「イヴォン様、魔物の数が多すぎます。持ちません」

 魔術師長が額に脂汗を浮かせて訴える。

「わかっておる。しかし、何としてもここで時間を稼がねば、領都の民を逃がすこともできん」

 ガキン、と不吉な音を響かせて、結界にヒビが入る。

「みな死力を尽くせ!騎士の誇りにかけて、最期まで剣を離すな!親を!妻を!子を!好いた娘を!お前たちの剣が生かすのだ!我ら死すともイーデオは死なぬ!」

 抜き身の剣を天へ掲げて、イヴォンが鼓舞する。騎士達も剣を掲げて雄たけびを上げた。

「弓兵!前へ!」

 バリバリと音を立てて、結界が崩壊していく。

「放て!!」




 マティアスは代々イーデオ辺境伯に仕える騎士の一族に生まれた。武勇に優れ、辺境伯を守り鍛え、時には結婚相手としても支えてきた誉れ高いガロ家。

 14になるマティアスは、イーデオ辺境伯三男ヴァレリーが生まれると同時に側近となるべく文武ともに鍛え上げられた少年である。

 伝令を命じられたヴァレリーと共に少数の騎士を引き連れて城に駆け戻ったマティアスは、すぐさまヴィクトルに面会して報告をあげると、城に残った騎士達は大慌てで避難誘導を始めた。


 しかし避難は難航した。民の多くは家財を置いて避難することに難色を示したのだ。

 なにしろ結界を破って魔物が溢れたのは2千年も前のこと。昔話も通り越して神話の時代のことなのだから、危機感を持てないのも致し方ない。

 ようやく民が動き出したのは、虫のような小型の魔物が城下に姿を見せてからだった。


 辺境伯一家の避難もまた困難を極めた。王都から嫁いできたヴィクトルの妻は、ドレスや装飾品どころかお気に入りの絵画や家具まで持ち出そうとして執事と揉め、イヴォンの妻は、夫が必ず魔物を殲滅するはずだ、と言って避難を拒否。

 使用人たちは城の食糧庫から残らず食糧を持ち出そうとし、武器を積み込もうとする騎士達と荷馬車を取り合って喧嘩になった。

「ヴァレリー、先に王都へ行ってくれ。私に代わってリシャールを守るんだ」

 化粧台を持ち出そうと執事相手に金切声をあげる妻はもはや諦め、ヴィクトルは今年生まれたばかりの息子を乳母と共に馬車に詰め込むと、ヴァレリーに護衛を言いつけた。

「王に増援を頼め。辺境の血を絶やすな」

「兄上」

 声を震わせるヴァレリーの肩を掴んで力強く頷くと、後ろに控えていたマティアスの目をじっと見つめた。

「マティアス、頼む」




 街道は酷く渋滞していた。

 余計なものは持ち出さず、当座の食糧と貴重品だけ持って速やかに避難せよとの指示を守る者は少なく、 多くの者がありったけの家財を荷馬車に詰め込んだ。

 重量オーバーの荷馬車は遅い上、そこかしこで故障して立ち往生し街道を塞いでいたからだ。

 その様子を確認したマティアスは城の裏手から延びる道を選んだ。その先は険しい山につながっているが、城を出てすぐの分岐を曲がれば王都へ向かう裏道が存在するのである。

 ヴァレリーと赤ん坊のリシャール、乳母とマティアス。騎士見習いの少年3人、とっくに騎士を引退していた老人ロドリグ。馬車が1台に騎馬6騎の一行は森に隠された道を進み続けて半日、森を抜けて山の中腹に辿り着いた時、イーデオの城と城下町から幾筋もの煙が上がっているのを目撃した。その上空を、巨大な何かが舞っている。

「ドラゴン・・・」

 その日、伝説と思われていた魔物が、イーデオを焼き尽くし滅ぼしたのだった。




 山道は険しかったが、渋滞する街道を行くよりもはるかに早く進んだ。辺境伯の馬車は頑強で悪路によく耐えたが、乗っている人間はそうもいかない。3日経つ頃には旅慣れない乳母とリシャールは限界を迎えた。

 ロドリグと相談し街道に降りると、血相を変えて走る辺境の騎士と出くわした。返り血にまみれた騎士は、ヴァレリーを見つけると顔を歪めて「よくぞご無事で」と声を詰まらせた。

「お前はどこの隊だ?」

「第4守備隊です。街道で民の誘導を」

 言いながらロドリグの差し出す水を一気に煽る。

「魔物が何十匹も飛んできて、避難民は全滅です。死体を食い尽くしたら、あいつらすぐこっちに来るでしょう。ヴァレリー様、もっと遠くに逃げて下さい。王都にも知らせないと、国が滅びます」




 伝令の騎士を見送ると、一行は再び街道を走り始めた。どこかで数日宿を取って乳母とリシャールを休ませたかったが、いつ魔物に追いつかれるか分からない。昼は街道をひた走り、夜になると見つけた民家に頼み込んでヴァレリーとリシャール、乳母には寝床を借り、マティアス達は床で眠った。民家が無ければ野営するしかないのだが、これはマティアス達の神経を酷く削った。焚火を焚き見張りを立てて交代で眠ろうとするが、どんなに疲れていても中々寝付けず、暗闇からこちらを狙う魔物を想像して皆が怯えた。


 やがて街道はまた混み始めた。各地の領主から避難命令が出たことに加え、マティアスとロドリグは宿を借りる度に避難をすすめたので、辺境伯が家族を逃がすほどの緊急事態らしいと噂が広まり、多くの住民が東を目指して動き出したのだ。

 家財を満載しノロノロと進む荷馬車。これまた荷物を山と積んだロバをひいて歩く民。荷馬車もロバも持たず背中に荷物を背負って子供の手を引きとぼとぼと王都を目指す者もいる。その合間を縫って、どこかの領地の騎士が馬を疾走させていく。

 それらを見て危機感を煽られた街道沿いの住人達が慌てて避難を開始し、街道には長く避難民の列が伸びて行った。

 避難民に囲まれ思うように進めなくなったので再び山道を行きたかったが、辺境を出てから7日。リシャールと乳母には山の悪路を耐える力は残っていなかった。

 東を目指して歩く民に交じるマティアス達を、魔物が襲ったのは9日目のこと。小麦畑の上空に、ブンブンと羽音を立てて現れた魔物達は、マティアス達の先を行く商人の一団を押しつぶし、馬を空高く放り投げた。どさりと重い音を立てて地面に叩きつけられ絶命した馬。これに驚いた他の馬が恐慌状態に陥り暴れ出すと、逃げ惑う人と激しく嘶き暴れる馬、容赦なく襲い掛かる魔物とで、あっという間に街道は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだ。辺境で鍛えたマティアス達の馬は比較的落ち着いていたものの、周囲がこの状況では馬車は動かせない。


「抜剣!!」

 ロドリグの野太い声が響く。

 少年達は弾かれたように剣を抜いた。

「怯むな!!羽と足を狙え!!」

 先頭に立つ老騎士が、少年達を鼓舞する。

「ヴァレリー様はリシャール様を!」

 マティアスはヴァレリーと馬車を背にかばうと、剣を構えた。




 街道の戦いは、あまりにも冷酷で、残酷だった。戦い、ではなく一方的な殺戮と言っても差し支えない。正騎士達を全滅させた魔物を相手にして、騎士見習いの少年達と、老騎士が1人、時間を稼ぐ以外の何ができただろうか。

 ロドリグが魔物の爪に引き裂かれたとみるや、マティアスは乳母から引きはがしたリシャールをヴァレリーに抱かせて逃がすと、彼らを狙った魔物の前に踊り出す。

 カブトムシのような見た目の魔物に体を掴まれ、なすすべなく空高く攫われた。

(あぁ、これで死ぬんだな)

 とそう思ったのを最後に、マティアスは意識を失った。


(寒い)

 ぼんやりと目を開けたマティアスは、しばらくの間状況を把握できずにいた。川のせせらぎと、体を濡らす冷たい水の感触で、かろうじて自分が水辺にいるのだと分かる。

 ゆっくりと体を起こそうとして、顔にかかる草を振り払う。

(生きているのか)

 魔物に攫われた後、マティアスは長い草に覆われた川岸に取り落とされたらしかった。

 体中が酷く痛み、擦り傷まみれになっているものの、大きな怪我はない。

(ヴァレリー様はご無事だろうか)

 慎重に起き上がって、草の合間から周囲を伺う。

 人も馬も鳥すら居ない。

 ただ遠く街道があると思しき方角の空を、魔物が飛び回っているだけだった。

 川岸を草に紛れて森の方向へ歩き、川が森の中へと入ると同時に水から上がって王都目指して歩く。剣も水も食糧もなく、身一つで、マティアスは深い森の中をただただ歩いた。




「おい、大丈夫か」

 丸2日飲まず食わずで歩くマティアスを見つけたのは、王都からやってきた斥候の騎士だった。

「ひどいな」

「お前、イーデオの騎士か?」

 斥候の騎士達は、ズタボロになったマティアスに水を飲ませ食糧を分け与えると、街道の戦闘の話を聞き出して顔色を変えた。

 そしてマティアスを連れて王都へとって返した。

 辿り着いた王都で、マティアスは驚愕する。魔物に襲われたのはイーデオだけではなかった。イサナダ5辺境伯すべてが襲われ、イーデオ含む3辺境が陥落、2辺境とは連絡が取れず安否不明となっており、情報が錯綜してだれも正確な状況がわからないという前代未聞の状況に陥っていたのだ。

 結局イーデオから王都へ辿り着いたのは、最初の伝令と、いち早く避難を決断した身軽で敏い住民、マティアス達と出会った第4守備隊の生き残りの騎士、そしてマティアスで最後。ヴァレリーとリシャールの行方は杳として知れなかった。


 こうしてマティアスは、守るべき故郷も、使えるべき主も、愛する家族や友人も、何もかもを失った。



■登場人物■

●イヴォン

イーデオ辺境伯。立派な武人。


●ヴィクトル

イヴォンの長男。21歳。


●ヴァレール

イヴォンの次男。17歳。


●ヴァレリー

イヴォンの三男。12歳。


●リシャール

ヴィクトルの長男。8か月。


●ロドリグ

イヴォンに剣を教えた老騎士。


●マティアス

14歳。ヴァレリーの側近。ガロ家次男。兄はヴァレールの側近として従軍。

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