透けブラ明け透け助平
どこの高校もおんなじだと思うけど、芳日高校も六月を過ぎた辺りから衣替えが始まり、ブレザーは秋までお役御免となる。女子は真っ白なブラウスしか着なくなり、男子はテンションが上がる。涼しい格好をしていないとやってられないのはわかるが、どうしてブラウスってあんなに白くて薄いんだろう? メッチャ見える。申し訳ないけれど、夏の男子はブラウスしか見てない。正直、山の緑を眺めるよりもブラウスを眺めていた方が目にいいし視力も回復すると思う。バカでごめん。
だけど、俺には理解できないことがある。
休み時間に、俺達はまたブラウスの話をしている。別に毎回ブラウスの話をしているわけではないけど、ときどきブラウスの話になる。
「なあ、やばい。隣のクラスの飯草さん、今日はキャミソール着てないぞ。ブラ見えてる」
ブラウスっていうか、透けたブラウスから窺える中身の話だ。これも芳日高校に限ったことじゃないと思うが、基本、女子はブラウスの下にキャミソールを着て、透けるリスクを抑えている。だけどときどき着ていなかったり着忘れたりする子がいて、ご愁傷さまなんだけど、その子はその日一日、穴が開くほど男子から視線を浴びる羽目になる。
男子は節操がない。「何色だった? ブラ何色だった?」
「黒だった」
「俺も見た。マジ黒」
「シンプルめな黒だったな」
「マジでか? 飯草さん黒なの?」
「意外すぎる。エロ」
「キャミ着け忘れたのかな」
「拝めるチャンスは今日だけだぞ」
「俺ちょっと見に行ってくるわ」
「おい、あんまり悟られないようにしろよ」
「迷惑かけずに見てこいよ」
「飯草さんが黒を着けてるってのはやばいな」
「エロすぎだった」
「普通白とか水色だと思うよな?飯草さんの場合」
「それな。ホントにそう。黒はやばい」
「なあ、俺、飯草さんに告白しようかな」
これだ。俺が理解できないのは、この発言だ。なんでブラウスが透けてブラジャーが見えたからって告白するんだ? もともと好きだったなら告白すればいいけど、告白する理由がブラジャーを見れたからって、どういう思考回路してんだよ。ブラジャーの色が黒だったから恋に落ちたとでもいうんだろうか? んなわけない。ただただ興奮していて、エロい気分にブーストされているのに他ならない。ブラジャーが透けて見えるだけで居ても立ってもいられなくなるって、自制心が終わりすぎてるだろ。
と、軽蔑していたのに、翌日、前の席の雨宮憂依がキャミソールを着けていなくて、ブラジャーで、俺は雨宮に告白しようと決意する。いや、すまんが俺はわかったのだ。ブラジャーが透けているから告白したくなるわけじゃなくて、キャミソールを忘れているという無防備なうっかり加減をまず可愛らしく感じるし、それからブラジャーのデザインだ。水色と黄色のストライプで、優しい色合いのブラジャー。雨宮はそんなの着けなさそうだけど着けていて、俺はそのギャップにときめく。普段からけっこうポップな感じのものを着用しているのかもしれない。想像が広がるし、雨宮の人間性に関しても俺にはまだ計り知れない部分があるんだと思い知らされる。そして、俺は雨宮のブラジャーが他の男子の慰み物に成り下がることが許せない。我慢ならない。雨宮を守りたい!と強く思わされてしまう。告白するしかない。
俺は授業中、ノートの切れ端に『好きです』と書いて、畳んで、前の座席の雨宮の正面に投げ落とす。雨宮はそれを広げて読み、丸めて、教室の床へ投げ捨てる。
「おいバカ!」と俺は思わず言う。誰かが拾ったらどうするんだよ。
雨宮が俺を振り返り「直接言ってこいよ」と皮肉っぽく笑う。
「じゃあ次の休み時間、別棟の三階で待ち合わせな?」
俺と雨宮は、ずっと座席が前後同士だ。俺が井口隆宏で、雨宮が雨宮憂依で、『あ』と『い』だから進級直後の座席が前後同士になるのはほぼ確実なのだが、二年三組は今日までに二回席替えをおこなっており、それで二回とも俺と雨宮が前後同士になるなんて奇跡的すぎじゃないか? そんな小さな奇跡に気がついていない者も多いが、気付いているクラスメイトからは『あいコンビ』などとごくたまに冷やかされる。
次の休み時間、チャイムが鳴ると同時に俺は走って別棟へ移動して待機していたが雨宮は来なかった。授業開始ギリギリまで待ったから俺はまた走って二年三組の教室まで戻らなくちゃならなかった。
俺がハアハア言いながら座席に着くと、雨宮はブラウスを透かしながら普通にもう着席して前を向いている。
「お前、なんで来ないの?」
俺は悲しいやらムカつくやら拍子抜けするやらで声色が安定しない。
雨宮がやんわり振り返る。「わたし? 何が?」
「別棟で待ち合わせるって言っただろ……」
「え、なんで?」
「いや、告白するから」
「あれマジだったの?」驚かれる。「冗談だと思ってた」
「お前……ひど」
「ごめんごめん」
「じゃ、次の休み時間は絶対な?」
あれ? これって俺、もうほぼほぼ告白し終えてないか? いや、まあノートの切れ端に『好きです』って書いた時点で告白してるわけだけど。わざわざ待ち合わせる必要ある? もう今、返事くれてもよくないか? あ、いや、雨宮が『直接言え』って言ったから俺は律儀にも直接言うために雨宮を呼び出したいんだった。なんか、雨宮がすっぽかしたせいでわけがわからなくなっている。
「絶対、なに?」と雨宮が確認してくる。
「絶対に別棟三階に来て」と俺は力んで頼む。
「次、昼休みだよ」
「じゃあごはん食べてからでいいから」
「ごはん食べたら歯磨きしとかないとダメだよ?」
「はあ? 歯磨き?」
「じゃないとチュウできないよ」
「チュウする??」俺はもう、授業が始まっていて先生が何か喋っているけどそんなの聞いている暇なんてなく雨宮に食い入る。「チュウする?」
「告白に成功したらチュウするかもしれないじゃん?」
「あ? まあ、それはそうかもしれないけど」
いや、その告白が成功するかどうかは雨宮が決めることだから、今、雨宮にそんなことを言われても、うん?、俺はどういうリアクションを取ればいいんだ? オッケーしてくれるってこと? 俺の告白にオッケーしてくれるってことを前もって知らせてくれているってこと? いや、だったらもうこの場で『オッケー』にしてほしいし……見ると雨宮はにやにや笑っていて、完璧に俺をからかっている。「……とにかく、別棟に来いよ」
「わかったよ」
って言いながらまた来ないのかと思っていたが、昼休み開始から十五分後くらいに雨宮は別棟に姿を現す。来ない確率も高そうだったし、なんならもう来なくてもいいやと半ば投げやりだったので、来られると来られたで俺はテンパる。「うわー、来たのか」と口走ってしまう。
「なに? 告白前にもう冷めたの?」雨宮はジト目で蔑んでくる。
「冷めてないけど」テンポをズラされて気持ちの上げどころを見失ってしまっただけだ。だけど俺はそれすらも味方につけ、シリアスな空気を回避しつつ気楽な感じで「雨宮と付き合いたい」と告げる。
「なんでわたし?」と問われる。告白の予告はしてあったというのに、けっきょくそこから入るのか。
「好きだから」と俺はぶっきらぼうな感じで答える。
「そんな感じに見えないけど。どこが好きなの?」
「可愛いし」
今日はブラウスの方にしか目が行ってないが、雨宮は目も大きいし頬もぷりぷりしていて可愛らしい。ショートヘアも、空気を含んだみたいな髪の毛がふんわりとボリューミーで健康的だ。身長はそんなに高くなく、体つきもどちらかというと細い感じだけど、そのわりに胸がある。
「別に可愛い子ぐらいいっぱいいるじゃん」と返される。これって、雨宮を納得させるまで延々と雨宮の好きなところを発表していかないといけないやつじゃないだろうな?まさか。
面倒臭い……と率直に思うけれど、この試練を乗り越えた先には花園が待つかもしれない。「気も合いそう」
「え、そう……?」
「……雨宮、面白い子だし」
「ふうん」
「あと、なんだ……健康的だし」
「あはは」と笑われる。「無理矢理しぼり出さなくてもいいよ。やりたいだけなんでしょ?」
「え、やり……」
なんか、雨宮の口から『やりたい』って言葉が出てくるのがショックだったのか、俺は硬直してしまう。びっくりした。雨宮が俺をそんなふうに見ていたなんて。
「とりあえずやりたいから手近な子にコクるんじゃないの?男子って」
「…………」
まあそうかもしれないけど……そうなのか? 俺の雨宮へ告白する理由の中にはそんなような類いの因子はなかったはずだ。「……別にそんなんじゃないよ」
「じゃあやらないよ?付き合っても」
え、それはそれで、付き合ってる意味あるの?ってなる。いや、意味はあるんだろうけど、それだとどうやって愛情を確かめればいいんだろう? まあ確かめ方ぐらいいろいろあるのかもしれないが、なんか、そういうふうに条件付けされるのは息苦しいというか、逆に不純じゃないか?
「そういうことしないんだったら付き合ってくれるってこと?」
「我慢できる?」
「……っていうか雨宮は俺のこと好きなの?」
そこさえ確認できれば突破口はある、と思ったのだが「わかんない」と言われる。それを言われるとどうしようもなくなる。わからないってなんだよ?とは立場上言えない。ズルい回避方法だ。
「…………」
なんだか段々と本当に雨宮攻略が面倒臭くなってくる。この問答の先に果たして花園は存在し得るのか? 存在しないような気もする。俺は自棄になって「体育とかで汗掻いたりするじゃん?」と言う。
「へ?」さすがの雨宮も意表を衝かれたのか、気の抜けた声を漏らし、それから「うん」と曖昧に頷く。
「そんなときに着替えるための下着とかって持ってきてる?」
「え、なになに? 恐い。なに?」
「いや、キャミソールの替えが学校にあるんだったら今すぐ着て」と俺は雨宮の胸部を指差す。「透けまくってるから」
「あ? あ、ああ……ホントだ」雨宮はブラウスの上から自分の体を触って、そう言う。触らなくても見れば丸わかりなのだが、ともあれ雨宮はやっぱりキャミソールを着忘れていたみたいだった。「え、もしかしてずっとそれを教えようとしてくれてたとか? ……なわけないよね?」
「いや……なんだろう。もうなんかよくわかんなくなってきたよ」俺は何がしたかったんだ。もともとは告白したかったんだけど、なんだかどうでもよくなってきた。「もう戻るか」
「え、ひどい。中途半端に告白して、戻るの?」
「いや、俺は中途半端も何も、告白し終えてるし……」
「あ、わたしがはぐらかしてるからか」
意図的じゃなかったのか?と疑問に思いつつも俺はもうわりと冷めていた。
「ブラジャーが透けてたから発情して告白しちゃった。ごめん」
「はあ? マジで言ってる?」
「うん」
「バカにしてる?わたしのこと」
俺の方も蔑ろにしたわけだからおあいこだと思うがそんなことは言わず「キャミソール忘れてくるの可愛いなと思っちゃったんだよ」と馬鹿正直になる。「あと、ブラの柄も予想外に可愛らしいし。他の奴に見せたくないと思ったんだ」
雨宮は自分の上半身を抱きしめて守るようにする。
「え、気持ち悪っ。気持ち悪いけど……いや、気持ち悪いな」
「気持ち悪いだろ?」
「うん、気持ち悪い。それで、やりたくなったわけ?」
そんなことは一言も、俺の口からは発していないのだが、まあやりたいかやりたくないかで言うなら「やりたい」よな。
「正直すぎる……」と雨宮は引く。
「あきらめた俺は正直だぜ」
「で、勝手にあきらめてるし。わたしってからかわれただけ?」
「先にからかったのはそっちだろ」
「やられたらやり返すわけだ」
「まあそういうことだな」俺は少し笑い「解散」を宣言する。
「ちょっと、本当に解散?」
「俺の用事は終わったし」
本当に解散しようとしていると、「やりたいと思うことって、別に悪いことじゃなくない?」と雨宮に言われる。「なんで男子ってそれを隠すんだろうね。そこだけ隠そうとするんだろうね。わたしはそう思われても全然嫌じゃないよ。男子って誰とでもやりたいんだろうとかって言われるけど、そんなわけないじゃん? やっぱりやりたい相手はそれなりに決まってて、誰でもいいってわけじゃないでしょ? わたしはやりたいと思われたとしても、別に嫌じゃないよ。それって可愛いって言ってもらえてるのとあんま変わらないじゃん? そう思わせる魅力があるってことじゃん」
「ん? まあね」可愛いからそういうことをしたくなるわけだからな。イコールと言っても過言じゃない。「雨宮って、エロい?」
「エロくないよ。そう思われるだけなら嬉しいって話をしてるんだよ。だからって実際に無理矢理されたら警察呼ぶよ?」
「しないよ」
「わかってるよ」雨宮はちょっと笑う。「で、井口はどうなの?」
俺は依然として馬鹿正直。「雨宮とはもちろんやりたいけど、付き合ってもっと仲良くなってからしか手は出さないよ」
「井口がもっとイケメンだったらなあ」
「あ、お前、なんだよ。ひでぇ」
「そっちだってわたしの顔とか下着とかしか見てないじゃん。『女はイケメンにしか目がない』って言うけど、男子だっていっしょでしょ」
「いや、俺は」性格とかも見てるよ!っつっても、雨宮がまずもって可愛いから告白したことに間違いがないため強気にはなれない。「まあな。可愛い子にコクる前に鏡を見ろってか。至言だな。解散!」
「だ、すぐ解散しようとすんなよ」とあきれられる。「わたしは別に面食いじゃないから」
「俺がもっとイケメンだったらっつったじゃん」
「イケメンだったら台詞も映えるのになあと思っただけだよ」
「なんだよ」もう。疲れたよ。「で、どうなるの?」
「チュウする?」
「しないよ。俺、歯ブラシ学校に持ってきてないし」
「……じゃ、付き合う?」
「……付き合う」
雨宮って普段喋っているときの印象以上に面倒臭そうな女子だなとわかったけれど、だからって付き合わない選択肢はなく、付き合うかと訊かれたら付き合うし、やっぱり可愛いなとは思ってしまうのだ。もちろんこのあとすぐに替えのキャミソールを着てもらう。雨宮の無防備なブラウスを他人にガン見させてはならない。