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大学卒業~ミスズとの別れ~


 康弘は介護タクシーの社長に辞表を叩きつけた。


「こんな人を物としか扱わない会社に未来はありません」


 約1年間バイトとして働いてきたが、康弘は我慢の限界だった。丁度よく、大学卒業の日がやってきた。都合6年間。長いようで短かった。ミスズはあれから、パチンコ屋での打ち子のバイトを辞めて、臨床心理士の資格を目指すことになった。康弘はミスズに1年生のころからお世話になったと感じていた。


「彼女がいなければ、俺は卒業できなかった」


 そう思うと彼は、ミスズの元へ会いに行った。ミスズはきょとんと大学院の研究室で心理学の勉強をしていた。

 

 康弘はミスズに絞るような声でいった。


「ちょっとお茶でもしない?」

「いいわよ。少しお話しましょ」


 二人で構内の喫茶店で話をする。6年間なんだかんだいいながら、彼女への敬服の念は忘れられない。英語、その他の勉強、彼女なしで学生生活は成り立たなかった。


「いろいろ思い出があったな。英語の授業。水泳のこと。サークルのこと。全部お前がいなければうまくいかなかったよ。ありがとう。」


「そうだな。なんかいろいろあったけど、お前のこと気になってたんだよ。結構楽しかった」

 

 ミスズはそういうと、うっすらと涙を流して言った。


「いつかこの日が来ると思っていたんだ。お前が前世に帰る日が来ることを。もうすぐなんだな」


 ミスズは感慨深げに康弘に向かって声を震わせながら言う。


「いや、そうだな。この際はっきり言うよ。お前のこと好きだったよ」

 康弘は恥ずかしながら、言い切った。


「ありがとう。でも、もう二度と会えないんだ。お前は別の世界の人間。『神』に連れ戻されてしまう」

 ミスズは、涙をぬぐうと、康弘に抱きついた。


「お、おい。やめろよ。人前で、恥ずかしいじゃないか」

「いいんだよ。もう最後だろ。最後らしく恥かこうぜ」


 一瞬抱き合った後、お互いの温かい抱擁の後が残る。最後の瞬間だった。


「ありがとう。ミスズ。お前のおかげでやりたいことが見つかったよ。現世に戻っても頑張るわ」


 康弘は、介護のアルバイトを通じて、社会福祉士という資格を取得し、ソーシャルワーカーを目指そうと考えていた。『人を物として扱うのではなく、人として見る福祉』を夢見ていた。大学6年間は無駄でなかった。無職のニートが社会で活躍するきっかけを与えてくれたことになる。



 一瞬大きな風が吹き、『神』がやってきた。


「お前の大学生活、しかと見届けた。大学卒業後、現世に戻してやる。きっとよい未来が待っているぞ」


『神』はそう言い残し去っていった。

 

 大学卒業式まであと数日。康弘はミスズと軽く握手したあと、お互いの絆を強く確かめ合い。その場を交差するように立ち去って行った。



 大学の卒業式がやってきた。黒ガウンを纏うといっそう気持ちが高ぶってくる。


「ついにこの日が来たな。思い残すことはない」


 康弘は多くの学生が感慨にふけっている中、ポツンと学校の中庭にいた。すると、同じく黒ガウンを纏った、ミスズがやってきた。


「ここにいると思ったよ。バカヤスヒロ。今日で最後だな」


「ああ、そうだ。俺はお前のことが好きだった。だけど、この恋は必ず別れを迎えるのも知ってた。この心境がとても苦しい」


「あたしも、お前のこと好きだったよ。バカだったけど、ちょっと変わったところがあって面白かった。まぁ恋人っていうところまではいってないけどな」


 卒業生が一斉に中庭へあつまり、上空から記念撮影をする。俺とミスズは中央に陣取り、仲良く肩を寄せ合い、最後の学生生活にピリオドを打った。


「じゃあな。バカヤスヒロ。向こうに帰っても頑張るんだぞ」

「おう、お前もしっかり心理士として活躍してくれ」


 お互いに握手し、最後の別れを惜しんだ。


 康弘がバスのロータリーへ向かい、バスに乗り込むと、ミスズも手を振って送ってくれた。


 その瞬間なにか異様な空間がバス全体を覆い、一瞬だが、景色が変わったように見えた。

 康弘は、現実世界に戻ったことを悟り、いつものように自宅へと帰宅するのであった。

 そこには、いつもの自宅があった。しかし、少し古びている。6年間たったかのようだった。康弘は意を決し、自宅へと入ると、そこにはいつもの家庭があった。そして、母がいた。


「あんた、社会福祉の専門学校へ行くんでしょ。早く用意しないと、遅れるわよ」


「わかった。ありがとう。すぐ準備するよ」


 康弘はこの6年間が異世界と現実が実は繋がった世界なのではないかと考えた。そうでなければ俺の6年間はいったいどこへいったのか。引きこもり生活をしていたのならば、福祉の専門学校なぞ通っているはずはない。


 いずれにせよ、康弘は安堵の気持ちを浮かべた。無駄ではなかった6年間。出会った皆には感謝しなければならない。そう思いながら、康弘は次なる人生のステップへと歩みだすのだった。

 

 

最後まで、読んでいただきありがとうございました。

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