5年生に進級
康弘は5年生に進級した。といっても休学手続きをしたため、実質的には丸々休みだ。執筆中の卒業論文と保健の単位を残すのみとなっていた。康弘には少し興味のある分野があった。福祉の世界である。弟が病気のため足を悪くしていたため、なにか手伝い的な仕事をしたいと思っていたのだ。『介護タクシー』移動困難な人を運ぶ福祉事業だ。
康弘はその前に経験積むためボランティアをすることを決めた。元来、ボランティアなんて性に合わないのだが、彼は30年以上生きてきて初めて人生について深く考えるようになったのである。彼ができることは麻雀。高齢のお年寄りと一緒に麻雀を興じることである。
康弘が引きこもりになった原因の1つはネット麻雀によるものだった。毎日パソコンにかじりつき、麻雀をしていた。この経験が生かせると考えたのである。残された、大学生活は短い。いやむしろ延長戦に突入している。康弘は早く人生のきっかけを欲していたのだ。
数日後、康弘は市役所の福祉事務所を訪れた。まだ若い女性担当者が介護施設でのボランティアの募集を探してきてくれる。
「ありました。市内のデイサービスに麻雀の打てる人を募集しています」
康弘は喜んで。
「わかりました。やります。お願いします」
「では、来週の月曜日にのお昼過ぎに連絡をとりました。よろしくお願いいたします」
女性の職員は丁寧に答えた。
週末をなにごともなかったように過ごし、月曜日を迎えた。少し緊張した面持ちでデイサービスに向かうと、優しそうな職員が出迎えてくれた。
「長沼康弘さんですね。お待ちしていました。準備もできています」
四角いテーブルに4つの椅子が並んでいる。その1つに高齢の爺さんがひとりぽつんと座っていた。麻雀牌をジャラジャラさせながら、子供のようにはしゃいでいた。優しそうな職員が言った。
「これから、我々職員二人と、長沼さんとで卓を囲みます」
お互い麻雀牌をジャラジャラさせ、手積みで牌を積み上げる。なにか一瞬心地よい気がした。対戦相手のお年寄りは待ちわびていたかのように気合十分だ。しかし、その手はプルプルと震え、もういつ倒れてもおかしくない状態だ。
「爺さん、始めるよ」
康弘はサイコロを振ると、配牌をとりだした。一見してすぐに上がれる安い手が入ってきた。ネット麻雀ならば、すぐに上がるのが定石。康弘はここぞばかりに仕掛け、爺さんから上がった。
「すいません。ロンです。1000点」
爺さんは、つまんなそうに牌を卓上に投げつけ、怒り出した。このような、介護施設ではタブーである高齢者からの早上がり。康弘は初めてだったため、勝手がわからず、ついネット麻雀同じ行為をしてしまったのだった。その場で爺さんは席をたち、介護職員に言った。
「もう二度とこない。こんな施設」
職員は慌てふためき、爺さんをなだめたが、時すでに遅し。爺さんの退所が決まった。職員の怒りは康弘へ向かった。
「大事な利用者を一人失ったじゃないか! もう二度と来ないでくれ!」
康弘は施設からすぐに追い出され、すぐに途方にくれた。
「ただ、麻雀をするだけではだめだったのか……」
とぼとぼと家路につくと、ボランティアといいながら、結局は人間のエゴで成り立っていることを肌で感じた。それ以来康弘はボランティアを今後一切しないと心に決めたのであった。
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