001話
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俺は、杠葉 焔だ。
フレアが俺のアバター名だ。プレイヤーネームとも呼ばれるが、この世界ではそれがほぼ本名と同じ扱いになる。
大学に入ってすぐ、幼馴染に勧められてこのゲームを始めた。最初はただの趣味の延長だった。アウトドアギアの試用体験ができるらしい、それくらいの軽い動機だった。
月額1000円という価格も、最初は妙に引っかかった。無料や基本無料が当たり前の時代に、固定料金制は逆に強気だと思ったからだ。
だが、そこには理由があった。
このゲーム、│ANYTHINGは企業提携型の仮想経済圏になっている。ゲーム内で試した装備やアイテムは現実の商品とリンクし、気に入ればそのまま購入できる。さらに割引やポイント還元まで付く。体験と購買が直結している以上、単なる遊びの料金とは別物だった。
そう考えると、むしろ安い部類だったのかもしれない。だけど、俺がこのゲームに本気で引き込まれたのは別の理由だ。
ある日、友人に誘われて観戦したコロシアムの決勝戦……制限ありルールのトーナメントの決勝戦だった。
そこで戦っていたのは、姫騎士と黒騎士と呼ばれるロールプレイヤーだった。
武器や防具の見た目は性能に影響しない。それでも2人はロールに恥じない装備を身に着け、戦いはまるで現実の剣戟とアニメの演出が融合したような密度を持っていた。
剣と盾がぶつかり合い、衝撃で距離が開く。
再び踏み込み、盾を使って押し合い、隙を突いて刃を滑り込ませる。
単純な動作の繰り返しに見えて、実際は違った。
相手のリズムを崩し、次の一手へ誘導するための駆け引き。攻撃の連続ではなく、勝利のための構築だった。
そして終盤。
それまでの攻防が前座だったと理解させられる瞬間が来た。速度が上がったわけではない。互いの動きの中に、明確な意図が重なり始めた。勝つための最適解へ相手を押し込む心理戦。
その瞬間、ただのゲームではなく競技として成立していることを理解した。
この世界では魔法も銃も存在する。ただし、この試合は制限ありルールで、魔法と遠距離武器は禁止されていた。だからこそ、純粋な近接戦の技量が露骨に出る。
黒騎士の攻撃が姫騎士の右足を捉えた瞬間、流れが変わった。
姫騎士の動きが鈍る。
部位ダメージによる行動制限が存在するこのゲームでは、それは致命的だった。フィールドなら回復できる。しかし試合中は回復不可。
LP《Life Point》は残っていても、行動に制限がかかり、動きが鈍くなる。
黒騎士が決着を狙い、更に盾を使った体当たりで体勢を崩す。続けて黒騎士が剣を突き出し胸元へ吸い込まれていく。
勝負が決まるかと思われたその瞬間だった。
姫騎士の盾が、流れを切り裂いた。
攻撃を受け流した。剣の軌道が外れ、黒騎士の体勢が崩れる。
その一瞬の隙を逃さず、姫騎士は反撃に転じた。
首を刈り取るような一閃。
勝敗はそこで決した。演出は軽減され、グロテスクさは抑えられている。それでも結果は明確だった。
勝つべき瞬間を逃さなかった者が勝った。
「なぁ、ハジメ。今のはどういうことなんだ?」
俺は思わず聞き返した。あの一瞬の動き、ただの反射じゃ説明がつかない。
「フレア、お前さ、ゲームの中で本名呼ぶなよ。パーティーチャットで回りに聞こえなくなってるけど、うかつだぞ」
ハジメは呆れたように肩をすくめる。
「……悪い。久々で感覚がズレてたわ」
「気をつけろよ。で、どういうことかだっけ? 最後のあの攻防で使われたのは、アシストシステムを使った、パリィ……いわゆる防御スキルを使ったんだよ」
「パリィ……?」
「簡単に言うと、攻撃を弾いて主導権を奪い返す防御技だな。このゲームのパリィはただ防ぐだけじゃない。タイミングと角度が合えば、アシストが補正して強制的に相手の体勢を崩す」
「そんなチートみたいなもんがあるのか?」
「チートじゃねえよ。成功率は状況依存だし、スタミナも消費する。何より読まれたら終わりだ」
ハジメは、ちっちっちと言いながら、軽く指を振る。
「昔からよく言うだろ、最後の一撃はもっとも油断している……とな」
「……言わない言わない。どこの戦国時代の人間だよ」
即座に突っ込むと、ハジメは一瞬固まった。
「え? マジで?」
「マジでダサい。しかもドヤ顔だったしな」
俺はため息をつく。
「喋らなければ王子様って言われるタイプなのに、口開くと残念になるやつだわ。典型的な残念イケメン」
「えぇ!? そんなにダサかったか?」
その場で肩を落とすハジメ。
分かりやすく落ち込むな、こいつ。
「でさ、その防御スキルって結局どういう仕組みなんだ?」
話を戻すと、ハジメは軽く咳払いをした。
「ゲームを初めてしばらく経つのに、スキルも知らんのかね?」
「スキルって言えば必殺技みたいなもんだろ? そういうのはあると思ってたけど、実際どう動くのか分かんねえんだよ」
「半分正解で半分違うな」
ハジメは、また人差し指を立てる。
「このゲームのスキルは、固定演出の必殺技じゃない。武器と状況に紐づいた動作補助だ」
「動作補助?」
「例えば剣なら、振り抜きの角度、踏み込みの加速、盾なら受け流しの角度とかだな。プレイヤー自身がアシストシステムを登録し、スキルとして使うと動きを補正して、自分で動くより行動を強化する感じだな」
つまり、一時的に操り人形みたいになるということか。
「その中でパリィは特別だ。成功した瞬間に、相手の体勢を崩し主導権を奪う。上手い奴はそれを狙って試合全体を組み立てる」
「なるほど……」
さっき見た戦いが、ただの反射じゃなかった理由が少し見えてきた。
あれは偶然じゃなく、設計された崩し合いだったわけだ。
「ただし、万能じゃないぞ。スタミナも使うし、タイミングずれたら普通にダメージを食らう。むしろ上級者ほどフェイント混ぜて、パリィの失敗を誘ってくる。駆け引きを含めて考えると、一般的に言われている成功率は、およそ15%くらいらしいぞ」
パリィの成功率を聞いて、焔は目を見開いた。それを見たハジメは笑って言った。
「お前、昔ゲーム好きだったろ? あの頃の感覚、どこ逝った?」
「なんかニュアンスが変な気がするが……俺は、アウトドアに全振りしてたからな。リアルだとなかなか山登ったりキャンプしたりできないから、ゲーム内で満足してたんだよ」
ジト目で見られた後、ハジメは腕を組む。
「で、そのスキルの理解はそんなもんでいい。詳しくはチュートリアルやれ」
「結局それかよ」
「結局それだ。│ANYTHINGは、体験して覚えるゲームだぞ」
そう言って、ハジメは軽く肩を叩いた。
「まぁ、初心者のうちが一番楽しいからな。変に知識入れすぎるなよ」
その言葉だけは、妙に本気っぽかった。
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