防衛戦が終わって
何ということだろう!
私、シェラ・プラチナは、アルトズーハの町にある冒険者ギルドのギルドマスターを務めている。
元Aランク冒険者などと言われることもあるけれど、別に引退したつもりはない。……と、それはいい。
今回、アルトズーハを悪魔の軍勢が攻めてきた。ダンジョン・スタンピードかは定かではないが、グレーターデーモンという上位悪魔の目撃例に始まり、悪魔に率いられた魔物が大挙してきたのだ。
通報を受け、私はアルトズーハにいる冒険者に召集をかけた。私自身、久しぶりに装備をまとい、防衛戦に参加した。……私が出ないと危ういと予想したからだ。
相手は上位悪魔も加わった集団。精鋭を総動員しなければ、町を守れないと思った。
そしてその予想は半分正解、半分外れだった。敵はグレーターデーモンのほか、Sクラスの魔獣であるドラゴンをも投入してきたのだ。
グレーターデーモンは何とか倒せた。しかし、この巨大なデビルドラゴンを目の当たりにしては、誰もが死を覚悟したに違いない。アルトズーハの町はドラゴンに蹂躙され、悪魔たちに人々は皆殺しにされるだろう。
だが、奇跡は起きた。
いや、それは『彼』にとってはそうではなかったのかもしれない。
魔剣士ツグ――
最近、アルトズーハの町に拠点を移した冒険者。かの邪竜デビルドラゴンを討伐した男であり、この防衛戦でも空からの攻撃に苦戦する冒険者らを尻目に大威力の魔法を使って活躍していた。
ツグ君はデビルドラゴンを一度倒している。
しかし、いまアルトズーハに現れたのは、その個体よりひとまわり巨大だ。さすがの彼でも敵わない、そう私は思った。
いや、あの場にいた誰もがそう思ったに違いない。重圧が皆の心を縛り、戦意を挫かれるところだった。
『俺に任せろ』
彼はそう言うと、おもむろに手にした槍を投げつけた。距離にして二百メートル近く、皆、そんな槍一本でドラゴンを倒せるなんて思っていなかった。
しかし、ほぼ一直線という有り得ない角度で飛んだそれは、分厚いドラゴンの鱗を打ち抜き、なんと! 一撃で沈めてしまったのだ!
何ということ!? これは正直、目を疑った。下級のワイバーンならまだしも、槍投げでドラゴンを仕留めるなど、私は聞いたことがない! 凄い! あれはいったい何なのか! 冒険者たちも驚いたが、歓声が上がった!
しかし、それを平然とやってのけた男は、剣に稲妻をまとわせると、皆に向かっていった。
『さあ、やっつけよう』
まるで散歩に行くかのように自然な口調だった。邪竜を倒し、さして興奮するでもなく、残るオークの集団に先頭きって突撃したのだ。
自分たちがやるべきことを理解し、ツグ君は率先して実行したのだ。彼の仲間たちもそれに続き、冒険者たちもそれに加わった。
私は、ギュッと胸を締めつけられた。
古の伝説にある大英雄ドルーグのようだ。如何なる敵をも打ち倒し、数々の冒険を繰り返してきた戦士――もし彼がこの時代に生きていたら、きっとツグ君のような戦士だったのだろう。
そんな勇者と一緒に冒険したい――そう秘めた私の思いが脳裏に蘇った。
ああ、認めよう。私は、ツグ君に憧れた。そして嫉妬した。
どうして私がギルマスになる前に現れなかったの?
どうして私と肩を並べて冒険してくれなかったの?
彼の仲間が羨ましかった。とてもとても……。
――君が強すぎて、自信がなくなるよ……。
――俺より強い女と、一緒にいられるか! こっちが惨めになるんだよ!
――あんた、暗いのよ。なにその黒い装備? 悪魔に魂でも売ったの?
――怖いので、ちょっと、これ以上は一緒にやるのは無理……。
かつての仲間だと思っていた者たちは、皆、私から離れていった。
胸の奥がうずいた。彼なら、ツグ君が私とパーティーを組んでくれてたら、私なんかの強さを否定したり、やっかんだりはしなかっただろう。
だって、私より強いし!
気づけば、皆が戦っている間、後ろでツグ君をずっと目で追っていた。
我に返った時、戦いは終わっていて、アルトズーハは守られていた。でも、それで終わりではなかった。
ギルドマスターとして後始末が残っている。それに、この戦いで出た死傷者の搬送や手当、その場所や薬品類の確保など、やることは山積みだ。
私はギルマスとしての職を全うすべく、指揮に戻った。しかし、爪痕は大きかった。防衛戦に参加した冒険者や防衛隊に多くの死傷者が出たのだ……。
・ ・ ・
「急げ! ポーションが足りない!」
「回復魔法が使えるやつ! 来てくれ!」
破壊された西門の裏。その空き地のスペースには、悪魔との戦いで傷ついた者たちが並べられ、苦悶の声を上げていた。
その仲間たちが必死に呼びかけ、救いの手が来るのを待ち、あるいは呼んでいる。
「ポーションはまだか!?」
「いま取りに行ってる! もう少し待て」
「待てるか! 早く! 仲間が死んじまう!」
悲鳴に怒号。混沌の中、俺は適当な木箱を取ると、異空間収納に突っ込み複製。さらにポーションを複製して木箱に突っ込むと、それをヘイレンさんとフラム・クリムに渡した。
「届けて」
「わかりました」
「おう!」
二人は、すぐにポーションを求めている声のもとに走った。俺は近くで倒れている冒険者のもとに膝をついた。
「大丈夫だ……すぐによくなるぞ」
ヒール――
か細かったその戦士の呼吸が穏やかなものに変わる。細目で俺を見てきたその戦士に頷くと、俺は立ち上がった。
「ポーションはこっちにあります!」
ネージュがヘイレンさんの持つ木箱からポーションをとって、集まってきた者に手渡ししていく。
「こっちにもくれー!」
倒れている仲間の手を握りながら呼びかける冒険者。だが遠くて、誰も反応しない。……うん、その子、ちょっと危ないな。
鑑定を活用。近くで、かつ死にかけている者のもとへ急いで駆けつける。
「待ってろ、いま回復魔法をかける」
「え、あんたが!?」
重傷の女戦士の手を握っていた男は疑うような目を向けた。戦士の格好をしていると、回復魔法を使えるようには見えないか?
「とっ……もう大丈夫」
「は? え、嘘だろ」
先ほどまで呻いていた女戦士が顔を上げ、自分の腹の傷口を確かめているさまを見やり、男もびっくりした。
「治った!? 本当かよ……! うわあぁぁ!」
駄目かと思った仲間が回復し、号泣する男。はいはい、お幸せに。
「ツグ様! ポーションが……」
「まだ在庫はある。それも持っていけ」
複製した箱ごと渡してやれば、一気にポーションの数が増えたおかげで、薬を求める声が聞こえなくなっていった。
だが、それで終わったわけではなかった。ポーションで間に合わない重傷者のもとに、治癒術士がついているのだが……。
「だめだ、もう魔力が……」
すでに治癒術士たちは、戦闘中から回復魔法を行使して負傷者を治療していた。魔力の限界に倒れてしまう者も少なくなかったのだ。
「そんな! 頑張ってくれよ!」
「俺が代わろう」
治癒術士にすがりつく冒険者の間に割って入る。ギルドで見かけた顔だ。俺は回復魔法を使う。下腹部と肩を治療し……これでよしと。
「血が足りないだろうから、無理はするな。傷はもう治った」
「ありがてぇ……。すまない、本当にありがとう、ツグ……いやツグさん!」
その冒険者は礼を言った。よかったな、仲間についててやれ。
冒険者の肩を叩いて、立ち上がると――
「ツグさん、あの、すみません……!」
これまた冒険者ギルドで見かけたことがある少女戦士が震える声を出した。
「まだ回復魔法は使えますか? ……キーラが寒いって。血が、止まらなくて」
「急ごう。早く、案内して!」
俺は促した。聞いた限りだとそのキーラって危なさそうだ。すぐに回復しないと!
この防衛戦は勝った。だが何人が死んだんだ、と思う。だから、まだ生きている奴を戦死者にさせてたまるかよ!
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