ネージュのお願い
「それで、実に勝手なお願いなのですが、聞いていただけますでしょうか……?」
ネージュはひざまずいて、俺を見上げる。
お願い……? お伺いを立てられると、何か嫌な予感がしないでもない。
「何でしょうか?」
「私は、自らの力量不足を痛感しています。……邪竜を倒せないのでは、故郷と家族、民たちの仇も討てません!」
あ、もう自分が姫だったことは隠さないんだ。ヘイレンが話していたのを途中から聞いていたのかもしれない。
「ツグ様、私は、あなたのように強くなりたい。どうか、私に剣を教えてくださいませ!」
ほぼ土下座である。お姫様にこのようなことをさせるのは気が咎める。別にこの人が、俺に何か悪いことをしたわけでもないからな。
「もちろん、タダでとは申しません! その引き換えに……、私のすべてをあなたに捧げますッ!」
「すべて……!?」
それは、どういう意味だ? ちなみにヘイレンはビックリしている。それに構わず、ネージュは言った。
「この身、所有するすべてをツグ様に捧げます。私を強くしてくださるなら、いかようにしていただいても構いません! どうか!」
要するに『何でも』していいということ、と解釈すればよいのか。煮るなり焼くなり、お好きにってやつか。
それほどの覚悟なんだろうけど……。覚悟はわかるけど、俺に言われてもなぁ。ネージュは美少女だし、『何でも』と言われたら、普通の男は性的なことを考えたりするんだろうが……。うーん。
「ヘイレンさん、あなたはどう思います?」
お姫様にお付きの人なら、こういう時、止めるものだろう。ちょっと冷静になりたい。
「普通なら『なりません』と止めるところなのですが」
「普通なら?」
「ツグ殿は、私どもの恩人。しかしお礼をしようにも、すでに金銭は底を尽きかけ……持ち物を売り払う以外に、もはや手はなく――」
借金の一歩手前状態?
「この上、ツグ殿におすがりするのであれば、他に差し出すものもなく……」
「え……?」
一番驚いたのは、俺ではなくネージュだった。
「そこまで困窮していたとは……。ヘイレン、苦労をかけました。では、なおのことツグ様。こ、この体で、お返しするほかなく――」
赤面しながらネージュは、俺を見上げた。自分が何を言っているのか理解しているようだ。恥ずかしがっている美少女に、なんかこうムラっとした。
邪な考えがよぎってしまうのは男のサガか。ちょっと冷静になるために、沈黙を守っているセアを見る。
「……」
うん、彼女はいつも通りだ。おかげで少し落ち着いた。
「お礼については、ネージュ様、あなたを強くすれば、という条件でよろしいのですね?」
「……! で、では!」
「いろいろお困りのようなので、できることはやっていこうと思います」
崖っぷちにいる人間を放置できない性分なんだろうな、俺。幸いなことに、俺たちはお金に余裕があるし、しばらく面倒を見るくらいどうってことあるまい。
自立できるようなら、その時お別れするって手もあるし。あそこまで覚悟を見せられると、聞いてあげないわけにもいかない。
好きにしてもいいって権利は、まあ、強くした時ということで先延ばし。あわよくば、うやむやにする方向で。
「とりあえず、こちらの言うことには概ね従ってもらうということでよろしいですか?」
「はい! 我が身、ツグ様に捧げます!」
ネージュは膝立ちになると、騎士が主君に仕えるような礼をとった。控えているヘイレンもまた同様だ。
「……いや、お姫様にそのようにされると、俺も困ってしまうのですが」
「元、です。国が滅びた今、私は姫でも何でもございません! ツグ様に仕え、奉仕いたします」
お願い、美少女から奉仕とか言われると思考がピンクになるからやめて……! せっかく冷静になったつもりだったのに。俺だって男なんだぜ……。
「ヘイレンさん」
「姫様あるところ、どこまでもお仕えするが使命。その姫様がお仕えするならば、ツグ殿、いえツグ様に誠心誠意、尽す所存です!」
「はい、よろしくお願いします」
ヘイレンさんがストッパーだ。俺が血迷わないように、そしてネージュ姫が変な方向に行かないよう手綱を締めてくれ。
俺は、セアに視線を向けた。
「たぶん、しばらくこの二人とも一緒になると思うが、いいか?」
「わかった」
セアはコクリと頷いた。もとから態度に出さない子だけど、感じたところでは特に不快に思ってはいなさそうだった。
・ ・ ・
川の近くでキャンプ。焚き火を囲んで、俺たちはお互いに情報交換。
「――ツグ様、わたしのことはネージュと呼び捨てでお願いします」
姫ではなく、配下の騎士として扱ってほしい、というネージュ姫のご希望。
「俺はただの冒険者なので、騎士を部下として使うってのはわからない。だから、ここから普通に接していくんでよろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
普通、と言ったら、うれしそうな顔をされた。
ヘイレンも、召使いのように使っていただければ、と言っていたが、こちらも普通で対応。妙に畏まるのは得意じゃないんだ。
でも年上だから、あなたには『さん』を付けていくよ。
それにしても元お姫様か……。書きたいって思ってる小説のネタにもなるし、取材もはかどるな……。しめしめ。
閑話休題。
さて、彼女たちの状況を整理すると、魔界の悪魔や邪竜討伐の旅を続けていたが、路銀が尽きかけている状況。
借金をしていないのが幸い……。借金していたら、負債を抱えるところだった。
ただネージュもヘイレンさんも、使っている剣はダンジョンで回収した再利用品。防具については、何とか維持していたが、食料や生活費のことを考えると、手放さないといけない寸前まできていた。
ネージュの装備はミスリル製のカイトシールドと鎧と、さすが元王族というところだ。売れば、当面の金の心配はなくなるが、そうなると今度は戦うための装備を別に用意しなくてはならなくなる。
それで稼げる目処がないなら、じり貧なのは想像がつく。
「で、バックパックの中身が……折れた魔法剣ですか」
荷物持ちもやっているヘイレンさんのバックパックに残っていたのが、一振りの魔法剣。鑑定によると、『スノーホワイト』。氷属性の魔法剣だった。
だが、折れている。
「その剣は、私の誕生日に送られたものです」
なるほど、思い出の品でもあるわけだ。……だが折れている。
「旅の途中、魔獣との戦いで酷使し過ぎたみたいで」
「酷使ね」
そうでもなきゃ、魔法金属製の剣が折れたりはしないよな……。
俺はスノーホワイトと、剣の折れたものを持った。なるほどね、綺麗に折れたもんだ……。
「これ、くっつかないかな……」
接続、いや、結合かな? 復元かもしれない。ピタリとはめ込み、魔力を流し込む。一瞬、目もとが暗くなったような気がしたが、まばたきした次の瞬間――
「くっついちゃったー」
「ええっ!?」
「何と――!?」
ネージュとヘイレンさんが驚愕した。わかるよ、俺もこんな上手くいくとは思わなくてビックリしたわ。
さすが、すべての魔法を使える能力。魔法ってこんなこともできるんだな。
「ツグ様、私、夢でも見ているのでしょうか……!」
呆然とした顔のまま、ネージュは俺から魔法剣スノーホワイトを受け取った。
「こんな……もう二度と戻らないって思ったのに……」
うっ、と泣き出すネージュ。ヘイレンさんは、祈りの仕草をとった。
「神よ……」
いや、そんな崇める態度とられても、俺は神様じゃないからね!
「あなたは神ですか! このような所業をいとも容易く――」
「だから、神じゃないってば!」
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